やまがみてるおブログ

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こんにちは!


やまがみてるおです。


ご訪問、ありがとうございます。


はじめてお越しの方は 最初に こちら  をお読みください。



(※ 旧ブログ 『誰でも「悟り」プロジェクト』 は こちら  )


NEW !
テーマ:

私の中に、


これからの時代に合致したビジネスの創造に


臨みたいという気持ちがでてきました。





おそらく、私と同じように感じられている方が


多数いらっしゃるのではないかと思います。





これからの社会は、


ますます、どんどんとゆるくなっていくだろうと


感じています。





ですから、


今後主になってくるビジネスは、


社会に「喜びの共有」「快の共有」を


提供するものになってくるでしょう。





より多くの「喜びの共有」「快の共有」を提供するアイデアが、


これからの社会の資源になってくるでしょう。





将来的には、多くの人が寄り集まり、


そこで出会った人のアイデアの複合体から、


社会に喜びや快を提供する商品を


開発するための出会いの場所を提供するビジネスを


創造できないだろうかとも考えています。




いま、新時代ビジネス創造コース開設(東京)の準備をしています。




いまのところは、まだ構想段階ですが、


これからますますゆるくなる時代の、


ゆるいゆるい、


楽しい、気持ちのいい商品のアイデアを、


私といっしょに考え、


あわよくばそれを社会に提案しませんか?





3ヶ月程度のコースで、


アイデアによっては


実際に商品化までできるものもあるといいなと考えています。





とはいえ、これも遊びの延長です。





アイデアをもちより、


いまの社会にはまだ存在しない


まったく新しい商品の開発遊びに興味をお持ちいただけましたら、


詳細決定まで、しばらく楽しみに、お待ちください(*^-^*)

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「無意識下の復讐スイッチ」が、

幸福と成功を拒絶しています。




さまざまな願望実現法があります。

限られた願望を実現することは簡単です。




起こる出来事はあるがままだからです。




さまざまな出来事が起こります。




願望実現法を活用します。




しばらくします。




出来事はあるがままに起こり続けます。




あるがままに起こった出来事の中から、

自分の願望に一致した出来事、

これは願望実現したと――、




自分の願望に一致しない出来事に、

これは願望実現しなかったと

レッテル張りをしているだけだからです。




このように、

起こる出来事にレッテルを貼るだけの作業は、

思考のお遊びにすぎません。




こういうと、

願望実現を信じている人には

不都合に感じられると思いますので、

私の感じている願望実現をお話します。




「生きること」「生きていること」は、

それだけで「喜び」です。




この「喜び」の中にあるときはつまり、

完全に満たされています。




この喜び以外を求める必要はありません。




つまり、願望実現を求める必要は起こりません。




とはいえ、

その「喜び」の中で

真剣に、全力生きます。




「何をやっても意味はない」

「二元は幻想」などといって

「がっかり」する必要はありません。




ただ「生きていること」「生きること」が

「喜び」になっているからです。




ただ「生きていること」、

ただ「生きること」に、

無条件の価値を感じているからです。




それで、何をするか、

何をしているかは、関係ありません。




「ただ生きていること」に

大きな価値を感じます。




では、どうして「生きること」が

喜びではなくなったのでしょうか?




幼いころの私たちから見ると、

教育は「ありのままの自分否定」

感じられたからです。




幼いころから私たちは、

親や教師などから

「そのままのあなたはOKではない」というメッセージを

ずっと受け取り続けてきたわけです。




この印象の強さは、

人によって違うことでしょう。




とはいえすべての人の無意識下に

少なからずこのメッセージと

それに対する反応が記憶されている

と私は考えています。




この印象を強く受けている人ほど、

ありのままの自分否定をした

外界に対する反発を蓄積しています。

(このころには、ありのままの自分否定をした

親や教師たちに対する気持ちを、

外界すべてに拡大しています)




この反発の強い人は、

ありのままの自分否定をした外界に対して、

無意識に復讐をしているのです。




どうやって?




「自分が幸せにならないこと」で――

(自分をみずから不幸にし、

不幸であり続けることによって)




「自分が成功しないこと」で――

(成功を遠ざけ、

みじめな人生を送り続けることによって)




「自分の才能を発揮しないこと」で――、

(それに強く抵抗することで、

それから逃避することによって)




つまり、願望実現法を

活用すること、

それを活用し続けることへの執着は、

無意識下の復讐心の存在に気づくことを

避ける目的でもあるのです。




願望実現法うんぬんよりも先に、

「無意識下の復讐スイッチ」の解消が先に必要なのです。




「無意識下の復讐スイッチ」の解除が起こることで、

ただ「生きることが喜び」に戻ります。




そのあとはただ、

真剣に、全力生きるだけ――




最初から、「喜び」しか存在しない人生を!




「真剣に、全力で生きる」とはいっても、

それが「喜び」であるがゆえ、

疲れることはありません。




それが「喜び」であるがゆえ、

ますます元気になることに気づくでしょう。




才能は自然に発揮され、

社会への貢献が

自然に起こります。




これが私の体験している

願望実現です。
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ジョイフル・ラヴィ主催、

ジョイフル・ハピネス・1ヶ月オンラインコース

無事終了しました。




今回も、ご参加くださいましたすべての方に、

一瞥体験を、お届けすることができました。




ご参加、本当にありがとうございました。




過去の活動と、今回の1ヶ月の体験から、

一瞥体験は、思考観察と感情解放によって、

誰にでも直接手渡すことができることを証明できた

と私は感じています。




とはいえ、一瞥体験は人により さまざまですし、

その後に、抑圧している感情の解放がはじまりますので、

安定的に一瞥体験が起こっている人も、

それがいずれは過ぎ去る可能性を意識し、

そのときにも気楽に感情解放に向き合われてください。




これまで、一瞥体験や

その後のプロセスへの向き合い方を、

実際にお伝えしてきた経験を通して、

私の確信になったことをまとめると、以下になります。




*****




・一定期間、思考観察を行うことによって、
 
 誰にでも一瞥体験が起こる




・一瞥体験の起こる期間は、人により違う

 (数日間から数年間。私の場合は3年近く起こった)




・一瞥体験は、

 思考観察という方法を行わなくても、

 偶然に起こる人もある




・前知識がなく、一瞥体験が起こると、
 
 一瞥体験を悟りやノンデュアリティと錯覚する場合がある

 (一瞥体験中の期間が長い人ほどこの傾向は高い)




・一瞥体験が偶然起こった人は、

 それを悟りと錯覚し、

 「悟りは偶然起こる」というメッセージを発信する




・一瞥体験中の人に、その後のプロセスの存在と、

 そのプロセスの注意点を伝えようとしても、
 
 非常に伝わりにくい




・一瞥体験が悟りと錯覚されると、その錯覚中の人に

 それが一瞥体験中であることを伝えようとするメッセージは、

 非常に届きにくい

 (この人の一瞥体験が去るまでは、ほとんど届かない)




・一瞥体験を悟りと錯覚すると、

 「私は悟った」という宣言や

 「悟った私からの教え」が可能になる

 (ことばでは「私はいない」と語っているのだが、

 それを語っているエゴイズムが強く残っていることが観察される)




・いま悟りやノンデュアリティを学んでいる人は、

 一瞥体験中の人の語ることばが伝えていることを、

 悟りやノンデュアリティと錯覚している傾向が高い




・一瞥体験中は意識が、真実

 ――「大いなる存在」ともいえる――と直接つながり、

 「個別性を維持する働き」とのつながりが希薄になる




・一瞥体験を悟りと錯覚中の人の場合、

 自分の悟りと思っているものの

 エゴイズムのつかみ取りが起こり、

 「悟った私」――エゴイズム――からの教えが強調される傾向が高い

 (この場合は、その人の言動から

 エゴイズムが強く残っていることが観察される。
 
 エゴイズムに対する執着を強く残しているのだが、
 
 本人はそれを自分の意識の届かないところに
 
 完全に隠すことに成功しているため、

 これが可能になる)




・やがてエゴイズムに対する執着が意識化されるようになり、

 一瞥体験は去る。

 (悟りでは「すべてはあるがままでOK」になる。

 一瞥体験中は、

 「悟った私が正しく、悟っていない誰かは間違い」と感じている。
 
 まだ「すべてはあるがままでOK」になっておらず、

 「あなたは間違い」と語ることで衝突が起こる。

 この衝突が意識化されることで

 自分のエゴイズムからの逃避ができなくなることで

 一瞥体験は終わる)




・「私は悟った」や「悟った私からの教え」

 ――「あなたたちは、

 あるがままではOKではない」
 (私だけOK)というメッセージ――

 ゆえの衝突が起こり、

 一瞥体験中に抑圧できていた感情が取り戻されはじめる

 (悟後の修行と呼ばれているもの)




・一瞥体験後に苦しい体験が起こる理由は、

 抑圧した感情が取り戻されはじめたときに、
 
 それに抵抗するために起こる




・思考観察、感情解放は、

 一瞥体験後に起こる悟後の修行にも効果がある




・抑圧した感情の解放(悟後の修行)によって、

 悟りが起こる




 ・思考観察によって、

 一瞥体験は起こるが、

 悟りはかならずしも起こらない




・感情解放によって、

 悟りは起こりえるが、

 一瞥体験はかならずしも起こらない




・悟りは、感情解放によって起こりえるが、

 感情解放によって、かならず起こるともいえない

 (感情解放は、自分が向き合うことを

 避けてきたものであるがゆえ、

 途中で停滞したり、やめてしまうため)




・感情解放を避けなければ、

 悟りは誰にでも起こる




・思考観察が、悟りを可能にする意識状態を準備し、

 感情解放が、悟りを可能にする




※思考観察、感情解放のやり方は、

「いまここ」にさとりを選択する生きかた―21世紀のさとり読本 (覚醒ブックス)/ナチュラルスピリット
¥価格不明
Amazon.co.jp


&過去記事(ブログ『誰でも「悟り」プロジェクト』内)などをご参照ください。

 

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大好評!

「やまがみてるお&えみ トークライブ&ワークショップ in 東京」

開催いたします!




*トークライブ
日時 2017527日(土)、14時~1630分(受付開始1330分)
参加代金 5,000
*ワークショップ
日時 2017528日(日)、10時~1630分(受付開始945分)
参加代金 20,000
悟りやノンデュアリティから、 願望実現、豊かさ成就までをテーマに お話しします。 悟りやノンデュアリティを 「何をしても意味はない」と解釈される方もいらっしゃいますが、 悟りやノンデュアリティは、実は私たちに 「より真剣に生きることを要求します。 「何をしても意味はない」という解釈は、 幼児期からの教育から起こっています。 教育は、当事者から見ると ありのままの自分否定に感じられるゆえに、 「ありのままの自分否定をした外界に対する憎しみ」が、 無意識下に蓄積されているがゆえの反応なのです。 まだあまり伝わってはいませんが、 悟り、ノンデュアリティの目覚めは、真実への気づき ――すべては一、すべてはあるがままの気づき――ですので、 ありのままの自分否定をした外界に対する憎しみの解消が起こります。 私たちは「完全なるもの」です。 「完全なるもの」が、「完全である限り」 その完全さを感じることはできません。 それがあたりまえだからです。 「完全なるもの」がその「完全性を味わう」ためには、 「完全ではない」という錯覚を一度つくり出す必要があったのです。 完全性の忘却は、誕生とともに起こりましたが、 教育がこの無力化にさらに貢献してくれていたのです。 このトリックからの目覚めによって、 教育から受け取っていた無力化への感謝が起こります。 そして、私たちはみずからがもともと 「完全なるもの」であったことを思い出します。 このとき、 みずからの「完全なる能力」が思い出されます。 「何をしても意味はない」はなくなり、 「何をしてもよい」ことを思い出し、 思い出した「完全なる能力」の活用がはじまります。 悟りやノンデュアリティの目覚めによって、 願望実現を最大限に楽しんだり、 その結果として豊かになることは当然のことなのです。 「二元には意味はない」 「何をやっても意味はない」は、 二元の幻想の側面を知ったことによって 起こった「がっかり感」が、 その宿主の乗っ取りに成功することによって起こっていることなのです。 これが、虚無主義です。 いま日本で ノンデュアリティを学んでいる人たちのあいだに起こっている この混乱を、 私は、ノンデュアリティの混乱と呼んでいます。 ノンデュアリティの混乱 ――「二元には意味はない」「何をしても意味はない」――をこえて、 いっしょに自分の可能性を最大限に発現させる遊びをはじめましょう!
*両日お申し込みの方で、ご希望の方は、
27日トークライブ後の懇親会へご招待!
(ご希望の方。懇親会ご飲食代金5,000円別。事前振込)。
お申し込み時に、ご希望ください。
懇親会ご招待、定員20名。先着順。
  場所 東京都内 (詳細はお申し込みいただいた方にご連絡いたします)
お申し込みは こちら
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ある人がノンデュアリティを語っているからといって、

それが、その人がノンデュアリティである、

という証明にはなりません。




ノンデュアリティを語りながら、

デュアルを生きることもできるからです。




私たちが、このことをしっかりと見ることによって、

日本にもノンデュアリティの時代が到来するでしょう。




「すぐれた私」対「劣った人々」、

「すぐれた私たち」対「それ以外の劣った人々」という

エゴイズムからの目覚めが

最後に起こるまで、

私のエゴイズムはつねにこの錯覚を

私につかみ取らせました。




私のエゴイズムは、

ノンデュアリティを語りながら、

この対立をつかみ取り続けました。




冷静になって観察をすると、

いまノンデュアリティを語りながら、

このつかみ取りの真っ最中である人は、

誰にでも容易に見分けることができるでしょう。




私たちは、最後にこのつかみ取りから目覚めます。




「すぐれた私」対「劣った人々」、

「すぐれた私たち」対「それ以外の劣った人々」もいない――




だからこそ、ノンデュアリティです。




この事実を見る勇気のある人が

――ノンデュアリティ・トラップから目覚める準備の整った人が――、

日本のノンデュアリティ時代をつくっていくといえるでしょう。
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