夜釣りの風景 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 十数年前、夏期休暇中に妻の実家に滞在していて義父から夜釣りに行こうと言われた。夕食後に酒を呑んで今夜はよく眠れそうだと考えていたところだったのだが、ようやく親しく付き合ってくれるようになってきていた義父の誘いを無碍に断るわけにはいかなかった。それで、私達は釣り道具一式を持って海岸まで歩いていった。

 防波堤に着くと既にそこには数人の釣り人がいた。近所の住民ばかりのようだったが、誰も話し掛けてこなかった。釣りを始めると義父も無口になった。それで、私も黙ったまま竿を握って防波堤の上に座り、暗い海面を見つめていた。絶えず波の音が聞こえてきていた。まだ酔いが醒めていないせいで半ば夢見心地になっていた。

 今でも時々あの夜に見た景色を思い出す。あれから十数年が経って私の身辺にも大小様々な変化が起きたのだが、あの夜釣りの風景だけは頭の中でまるで絵画のように記憶が凝固したままになっている。あの防波堤では今夜も人々が暗い海に釣り糸を垂らしているのだろうかと私は度々気になっている。

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