空に鯨 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

アメーバブログにて超短編小説を発表しています。
「目次(超短編)」から全作品を読んでいただけます。
短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 まだ幼かった頃、私は空に一匹の魚が浮かんでいるのを発見した。生まれて初めて見たが、途方もなく巨大な図体なので私はその魚が鯨の一種に違いないと確信した。

 ただ、海中に棲息しているはずの動物が空に浮遊しているという事実に対しては子供心に違和感を覚えた。あり得ない出来事が現出していると直観した。私はよく目を凝らして鯨を観察した。飛行船の見間違いではないかと疑っていた。

 鯨はそれから何日経っても空に浮かんでいた。ゆっくりと移動していたが、それでいて街の上空から去る気配がなかった。晴れていれば空を見上げただけで簡単に発見できた。地表には近付いてこなかった。鯨は常に大きな口を開けながら雲を食べている様子だった。

 ある日、鯨の巨大な体が太陽を隠した。しかし、私の周囲は暗くならなかった。やはり影を作れない鯨は嘘の存在なのだ、と私は考えた。すると、それから鯨は現れなくなった。

 大人になってから大海原で船上から鯨を観察する機会を設けたが、少年時代に見ていた鯨よりも随分と小さかったので落胆した。それは私にとって本物の鯨ではなかった。

目次(超短編小説)