中庭の巨木 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

アメーバブログにて超短編小説を発表しています。
「目次(超短編)」から全作品を読んでいただけます。
短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 マンションの中庭には一本の巨大な樹木が植えられていて、枝葉の位置が建物よりもずっと高いので日除けになっている。私などはその様子が壮観であったので一目で気に入って数ヶ月前に入居を申し込んだ経緯があるのだが、中には部屋が日陰になる状況が我慢ならないと主張する住人もいるらしく、連日のように剪定作業が行われている。専門の業者に依頼すると高額の料金を要求されるので住人達が自主的に枝葉を刈り取っているのである。中庭を行き交う人々を落下物から守る為に常時防護ネットが幾重にも張られている。それは巨木から転落した人間を保護する役目も担っているわけだが、見通しが悪くなるので私としてはその存在に好意的な印象を抱いていない。そもそも剪定作業などは専門業者に依頼した方が短時間で済んで間違いが少ないはずなのである。そうすれば常時防護ネットを張っておく必要もなく、中庭での散歩も今以上に快適になるはずである。
 
 ただ、どうも古くからの住人から聞いた情報によると巨木はこの数年で急速に成長したので本来の共益費にはその管理費用が含まれていないらしい。つまり、新たに専門業者を雇うには共益費の上乗せが必要になるのだが、その支出に関して住人達の総意が得られていないのである。さらに、その古参の住人から聞いた情報によると巨木はまだ成長を続けていて、やがては中庭を埋め尽くしてマンションの建物を破壊する懸念があるのだった。それはまだ潜在的な可能性であって誰もその巨木がどこまで成長するのか見当が着いていないのだが、既に影響は出始めているようで、最近になって壁面に発見された幾つかの細かな亀裂は巨木の根が地面を押し上げたせいで建物が下部から圧迫された結果として生じたものではないか、という説が囁かれているのだった。
 
 そうした情報を聞いていて私は住人達がその巨木の種類を把握していないという事実に気付いて唖然とさせられた。しかし、もちろん私自身もその一員であり、彼等の態度を責める資格はないのだった。そこで私は欠落した知識を補完する為に図書館に出掛けて植物図鑑を調べた。あの巨木は切り倒されるべき植物だった。既に地下には大きな空洞が出来ているはずだった。根から吸い取った物質を自分の身体の一部として組成し直す効率が高いからこそ数年という短期間であれ程の急成長を遂げられたのだった。このまま事態が推移すると地面はクレーター状に陥没していき、マンションは早晩地下の空洞に沈み込んで巨木の養分になる運命にあるだった。今から切り倒したとしても既に地盤が穴だらけで脆弱になっているはずなので手遅れかもしれなかった。だとしたら実際に崩壊する前に退去する必要があった。私は全住人に招集を呼び掛け、自分が入手した情報を開示すると共に今後の対応について議論を始めたいと考えた。

目次(超短編小説)