ゆっくりと滑らかに電車のドアが閉まった。もはや下車はできなくなったのだった。しかし、それでも私の覚悟はまだ定まったわけではなかった。私はなるべく平静を装おうと努めていたが、鼓動の高まりを無視できずにいた。いよいよ電車は出発するのだった。
恐怖心を和らげようと私は座席に深く寄り掛かった。やわらかなシートの感触を背中に密着させておけば安心を得られるかもしれないと期待したのだが、まるで効果はなかった。車内を見回したが、今のところ目立った異変は見当たらなかった。ただ、心中に動揺があるので一つずつの事物をしっかりと念入りに観察できたわけではなかった。
いよいよ電車が動き出した。車窓の外に見える景色が少しずつ流れ始めた。ゆっくりと駅から抜け出そうとしていた。既にドアが閉まった瞬間から下車するという選択肢は失われていたわけだが、私は今さらのように後悔の念を抱いた。結局は運ばれていくのだった。運命に抗えなかったのだった。
私は無力感に打ちのめされていた。座席に腰掛けたまま茫然としていた。自分への絶望を覚えていた。なぜ下車という選択をできなかったのかと考えると激しい後悔の念に苛まれた。しかし、結局のところ、最初から下車する可能性などなかったのだと思うしかなかった。現状が唯一の回答なのであり、是否もないのだと考えた。
電車は安定した速度で走り続けていた。駅との距離は遠退くばかりだった。私は静かにゆっくりと深呼吸を繰り返し、それらの事実を受け入れようと努めていた。
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