「下げ相場で生き残るために大事なこと」

 その17 世間の声に耳を傾けてみること

 下げ相場で生き残る智恵というのとすこし角度が異なりますが今回は暴落被害を受けな
い智恵といったほうが近いでしょう。ある日、突然(実はある日突然ではなくその前兆が
出ているけれども私から言わせると安心しきってそれに気がつかないだけなのですが)大
暴落に巻き込まれて資産を失うリスクは株自体、元本の保証がされていない流動資産で

すから誰にでもあるのですけども、被害にあわないために気をつけておきたいという観

点から述べます。
 株式市場のサイクルで私が座右の銘にしている好きな言葉があります。「相場は悲観の
中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観の中で天井を迎え、幸福とともに消える」です。こ
の幸福感のときの身近な体験談をご紹介します。
 ひとつは新興バブルのときの話。今から11年前の頃、マザーズやジャスダック、ヘラ
クレス(現在ジャスダック市場に吸収合併)市場で、毎日ストップ高が連続する銘柄が
ごろごろ転がっているバブル時代がありました。その頃の話です。私もその恩恵に預かり
トレードしているうちに「あれ、今日はカローラ1台分もうけちゃった」と驚くことが起きたりし

ました。
 そのうち、それが当たり前になり、「なんだ今日はカローラ」かになり、そうするうちに
「えっ!今日はベンツ1台分もうけちゃったよ」みたいなことが起き始めました。とにかく
ストップ高が連続するご時世で手持ち銘柄10のうち、ほとんどがS高という状況が続く
のですから。まあ、ここでその頃の私のバブル話をするのが趣旨じゃありませんから本題
に戻すのですが、その頃のネット空間での株式トレーダーの情報交換はヤフーファイナンス
の銘柄掲示板でした。そこにトレーダーがいろいろあることないこと書き込み、あおったり、
自分のトレード状況を紹介したりしていました。
 そのなかに記憶にあるのが、バブルでもうかっている人の「今度の夏この銘柄のもうけ
で家族でハワイ旅行を考えている」という書き込みでした。その後2ヶ月でバブル崩壊にな

りました。そのことが印象に強く残っています。
 ああ、そういうことか、あれがバブルのピークのひとつの現象だったんだなと振り返りまし
た。取らぬ狸の皮算用をし始めたら天井が近いという好例でした。
 もうひとつは村上ファンド全盛(逮捕される前)の頃、2006年の年初だったと記憶し
ています。買い相場で非常にいい地合いが長く続いていました。妻と喫茶店でコーヒーを
飲んでいると若いOL風の女性2人組の会話が何気なく聞こえてきました。最近母が株には
まっていて、けっこう儲けを出しているみたいなの、というような何の変哲もない会話だっ
たのですが、その後1,2ヵ月後に相場は天井を打ち、長い下降トレンドに向かいました。
後で振り返ってみて、ああ猫も杓子も相場に向かい始めるのはピークの現象だったんだ

と思いました(主婦の方、至らない表現でごめんなさい。主婦の方にも優秀なトレーダーが

存在することを承知しています。その場がそういう雰囲気だったとご理解ください)。
 自分の中だけで相場を見ないで、街に繰り出すと案外、相場のヒントが転がっています

(ただしそれに気づくか気づかないかは本人しだいなのですが)。街の声に耳を傾けると

現在の経済や株式市場の状況がつかめたりします。

 幸福サインには特に気をつけたいものです。


<コメント>


 先日バブルの頃の話を当塾テキスト紹介欄ですこしさせていただきました。その頃のエピソードをまじえて有料メルマガ「山の中の超相場観」で書き下ろし連載「下げ相場で生き残るために大事なこと」で、現在の相場が絶望から幸福の絶頂までのサイクルのどのへんの位置なのか自覚が大事という内容で書かせていただきました。


 さて私が自己紹介欄で投資顧問時代、3分の1に元金が減少していた人が「元通りになりました」と大感謝されたことが投資塾を始めたきっかけと書いていますが、2007年9月末から10月末までの1ヶ月と1-2週間程度の新興市場バブルのときのことです。私が経験した新興市場バブルが2001年の2月から4月いっぱい、約2ヵ月半。いずれも短期間です。たいがい無茶もやりましたが、2つの期間のブランクから新興市場バブルの到来が5年から6年間隔だとすると、そろそろ、やってこないかと内心ひそかに期待しています。先々週から新興市場についてのつぶやきが徐々に増え始めています。


※ 山の中の超相場観では、相場のためになる話を思いついたときに書いています。ときどき休みも入り  ますのでご注意ください