こんにちは かたつむり


最近の私は ”大乗仏教” の 問題点を いろいろと書いていますが(※)

その 反対側に存在している 

”小乗仏教(しょうじょうぶっきょう)” というものがあります。

これらは ブッダが亡くなったあとに

インドで 仏教が 2つの部派に分裂して 発生したものでした。




大乗 小乗の ”乗” とは 乗り物の意味であり 車 

大乗の部派が 一方の部派のことを ”さげすんで” つけた名称なのです。

大乗仏教が ”多くの民衆を 救う” 大きな乗り物 であるのに対し

小乗側は ”個人だけの救い” を 目的にした 小さな乗り物のようだから でした。




その分裂の 発端は・・・ 

ブッダの死後 仏教が インド広範囲に 広がったがゆえに

ブッダの示した ”戒律” を 守るのが 難しくなってしまったことでした。




代表的な例が 修行僧は 托鉢(たくはつ) といって 毎日の食料を おにぎり

世俗の人々からの 喜捨(きしゃ・施しのこと) を受けて 生きることが 修行であり

ブッダは それを ”午前中に済ませよ” と 決めていました。 

しかし インド北部では 生活習慣の違いで それができず

”昼過ぎ” に 食事をすることになり 戒律の “修正” が 望まれるようになります。




そこで 仏教は ブッダの戒律を 厳格に守る ”保守的” な部派と 

ブッダの戒律を 修正しようとする ”改革派” の部派の 2つに 大きく分かれて

上座部(保守派) と 大乗部(改革派)となり

上座部は 南部に伝わり 大乗部は 北部へと伝わってゆきます。




そして 上座部が スリランカや 東南アジア方面に 広まり

大乗部が ネパール 中国 朝鮮を経て やがて 日本にも 広まりました。

つまり ここでの 仏教の分裂が 日本の仏教にも 大きな影響を与えました。




大乗仏教は 必要とあれば ブッダの戒律を ”修正する” ことを 良しとして

やがて その姿勢が ブッダの教義そのものを ”変更する” ことも 良しとしたようです。

私が このブログで書いてきた ”大乗仏教の弱点” とは

本来のブッダの教えから ”かけ離れた” 教義になってしまったのが その理由なのです。





高校の教科書や テキストに載っている ブッダの思想とは

大乗仏教の経典には ほとんど 登場しておらず

それは 上座部の教義である ”小乗仏教” の 教えに 示されているものです。

つまり ”八正道” の教えなども 私たちに ”なじみがない” のは 

”小乗仏教” の 経典に 存在するからです。本

   


大乗仏教の僧侶たちは その修行の中で

”八正道” を 厳しい戒律の中に ”溶け込ませて” 実践してきたようでしたが

一般の信者たちは それよりも ”仏像を崇拝” したり

”仏教の儀式” を 重視するに とどまっており

それでは ブッダの説いた 重要な ”実践方法” は ほとんど 伝わりませんでしたね。

そこが 大乗仏教での ”重大な弱点” だったと思われます。




そして 大乗仏教では 多くの民衆を救うことを 目的にする などという

”崇高な目標” を ある意味 ”勝手に” 設定したがゆえに

一方の 上座部を ”小乗” などと ”見下した” わけであり

これは ”差別” を 完全に否定した ブッダの教えに 真っ向から 逆らうものであって

この時点で 大乗仏教こそが ”真理の道” を 外していたのかもしれません。






世の中には ”変えてよいもの”・・・と 

”変えてはならないもの”・・・が あります。目





ブッダの貴重な教えも 時代の変化によって 変わってしまい

いつしか 全く異なった教えが ”正統派” であると 信じられています。

それで 日本の これまでの仏教を いくら信じても

民衆は ”根源的” に 救われない状況に あり続けるようです。ガーン






次回は その 小乗仏教の 経典である

”法句経(ほっくぎょう)” について ご紹介します。ニコニコ










(※) ”大乗仏教の弱点” という記事は こちらです星