男と女 その十一
夕刻、カーテンの隙間からのぞく、うっすらオレンジの空。
女はベッドに身を横たえていた。
新年早々、ウイルスの攻撃を受け、まさかの入院である。
幸い、症状は重くない。
男はパイプ椅子に腰かけ漫画を読んでいる。
いつか読んでみたいリストの上位にあった『ソラニン』(浅野いにお/小学館)。
昨日、見舞いにちょうどよかろうと買ってきた。
今春、映画が公開されるらしい。
「宮崎あおいの配役、いいんやないかな」
「もうちょいキツめの顔でもいいかも」
「伊藤歩もよさそうやん」
「そーね」
やがて男が読み終わり、よか本やったねえと感想を言い合っているうちに、日が暮れた。
女は、今日差し入れられたサッカーダイジェストをめくり、ぶつぶつ言っている。
「おまえらが河野を・・・けしからん・・・叩っ切ってくれる」
「ちょっとほら、点滴の管が、危ない」
「で、ヴェルディはどうなってるの?」
「さあね。年が明けてから、まだランドに行ってない。そういや、さっきヤンキー先生がメールで教えてくれた。新聞に、新しい強化担当に誰がどうしたとか」
「知らなかったの?」
「うん」
「なんで」
「知らんもんは知らん。意外だった」
面会時間にはまだ猶予があったが、男は帰り支度を始める。
どうせ、明日か明後日には退院できる見込みだ。
「じゃ、そろそろ」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「キエーケッケッケッ、さみしかろうが」
「変な声出さないで」
「しょうがない。あと少し、いてやってもいい」
「帰っていいよ」
「ソラニンの歌詞に曲をつけて歌ってやろうか」
「それだけはやめて。聴きたくない」
「どうしても?」
「はい」
「歌ったら」
「絶交する」
女は断固たる口調ではねのけた。
この調子なら回復は近いだろう。
男は自転車に乗って、ぶらぶら家路につく。
もし10年前に『ソラニン』を読んだとしたらどんな気持ちになったかなァ。
だが、その想像にはどうしたって限界があるのだった。