丸山タンク~金上繭倉庫~旧岡谷市役所庁舎~旧山一林組 / 岡谷近代化産業遺産群巡り その1 のつづき

糸の都と謳われた岡谷は製糸家といわれる、製糸業に携わった偉人を輩出しています。
ざっくりとですが、まとめてみましたφ(.. )

●片倉兼太郎●
富岡製糸場を「貸さない、売らない、壊さない」の方針を貫き、世界遺産登録にまでもっていった
片倉工業の前身である片倉組(片倉財閥)の創業者。

●武居代次郎●
フランス式とイタリア式を折衷した諏訪式繰糸機を開発。中山社を創業。

●尾澤金左衛門●
製糸結社の開明社を組織、共同揚返による品質管理を徹底させ海外市場に信頼を得えた功労者。
明治18年に尾澤金左衛門の住宅が火事になり貯蔵していた繭が焼失したことがきっかけとなり、
岡谷の街中には漆喰の壁の繭倉庫がつくられるようになりました。

●林國蔵●
一山力林製糸所を創業。
製糸技術の改良や時代に先駆けての中国産の繭の輸入、製糸工場の燃料不足の改良のために
石炭の採掘にも着手します。そして銃砲火薬店を経営し、こちらは現在もつづいています。
林國蔵が暮らしていた住居は国の重要文化財にも指定されている近代化産業遺産のひとつです。

さて、岡谷近代化産業遺産群巡りのつづきです(^-^)/

●旧林家住宅●
玄関へつづく石畳と塀には風情があります。紫陽花の咲く頃に再訪したい。

門は閉まっていますが、勝手口にあるインターフォンから見学の旨を伝えましょう。
休館だと思って帰ってしまう方、いるみたいですね…(^_^;)

1907年(明治40年)に建築された木造切り妻造り瓦葺きの2階建ての主屋。

玄関から入ると正面に大きな躑躅のある中庭が見えます。

精巧な欄間彫刻


主屋と離れを結ぶ回廊からの中庭の景観も見事


離れには、幻ともいわれる金唐紙の壁紙が貼り巡らされたお部屋があります。

金唐紙とは、唐草や花鳥などの文様を型をつかって革の表面に浮き上がらせて
金泥その他で彩色した金唐革紙の革を和紙をつかって代用したもの。

金唐紙は1873年(明治6年)ウィーン万国博覧会に出品され大好評を得ます。

複製品はさまざまなところで見られますが、当時の金唐紙が現存しているのは、
旧林家住宅のみ。日本では唯一だそうです。

金箔もつかわれていますが、決して派手ではなく重厚感のある品の良さですドキドキ

その復元品がこちら

和紙に金属箔を押し丸版木に巻き付けて刷毛で打ち込んで転写します。

こういった技術も面白い。オランダのヘットロー宮殿にも現存のものがあるそうです。



この離れは、座敷、茶室、土蔵、洋館とつながっています。

洋館にあった日本画には諏訪湖畔から見える富士山が描かれていました。

洋館の玄関は駅側にあり、通常のお客様はこちらから出入りしていたとのこと。


主屋の西側からは繭蔵がみえます。

糸車もそのまま残っているようですね。


日本の製糸業発展の基盤をつくりあげた林國蔵。
その住居は単なる住まいではなく、西洋人との社交の場であったことが今に伝わっています。

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