衣紋道とは、装束の着装方法のことです。
本来は装束も衣服ですので、平安時代摂関政治の頃までは装束は緩やかな
ゆったりしたもの(柔装束)を自分で着用していたと考えられています。
平安末期、院政を行った鳥羽上皇は装束に対して並々ならぬこだわりがあり、
生地を厚くし糊を利かせかっちりした姿を好みました。
衣紋道の祖と称される源有仁と共に装束のデザインに取り組み、威儀正しく美しい装束
を考案しました。これが強装束です。強装束はごわごわして着にくいため、特別な着付け
技術が必要となり、この技術が衣紋道となりました。
衣紋の技を体得した公家の中で徳大寺家、大炊御門家が有能な装束師を輩出し、
徳大寺家からは山科流、大炊御門家からは高倉流が生まれ、現在の宮中でも並立
して採用されています。

その高倉流東京道場であるたかくら会による、平安の雅な遊びに興じる会へ平安

投扇興(とうせんきょう)扇子
桐箱の台座上に立てられた「蝶」と呼ばれる的に向って扇を投げて、扇、蝶、枕(台座のこと)
によってつくられる形を判定することによって点数を算出し、高低を競う遊びです。
この形は銘と呼ばれ、源氏物語五十四帖からつけられています。
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思いっきり投げるというよりは、扇を風に上手く乗せるのがコツ。
扇は蝙蝠(かわほり)といわれる、夏用の檜扇の板を細くし片面のみに紙を貼付けたもの。
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飛ばしっぷりは悪くないと思ったのですが、思うような形を作るまでにはいきませんあせる
結果は「早蕨」4点でございました。このお遊び、中々面白いかも合格
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盤双六(ばんすごろく)
奈良時代から行われていたという和製バッグギャモンのこと。
賭博性が強く、日本書紀には禁止令がだされたと書かれています。
とはいっても、私はバッグギャモンのやり方がわかっておりません汗
可愛らしい女の子が行っている姿は雅やか~ラブラブ
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お香席
体験香ということで、組香ではなく伽羅と寸聞多羅の聞香(もんこう)です。
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