「あ~もう! ぜ~んぜん書けないよお兄ちゃん・・・。手伝ってよ~!」
夕凪の前には、1時間も前から真っ白なままの原稿用紙。
「そんなこと言ったって、それは夕凪の宿題だろ? ちゃんと自分でやらないと。
それに、夏休みの宿題だって夕凪はみんなに手伝ってもらっただろ? だから、今回お兄ちゃんは夕凪がちゃんと作文が書けるように見てるだけです。一切手伝いません」
先生モードで夕凪に話しかける。
「ひどいよお兄ちゃ~ん! 信じてたのに!」
「そんなこと言っても、ダメなものはダメです」
「ぶ~」
「まだ自分の机にへばりつかされて書かされなかっただけ、いいだろ」
夕凪の傍らに転がる、みかんの皮の山。
最初はもちろん自分の机の上でやらせようとしたのだが・・・霙姉さんもびっくりな混沌がそこには広がっていた。
片付けてから書かせるととても明日の提出には間に合いそうにもないので、他に作文が書けそうなこたつに移したのだけれど。
こたつの魔力と夕凪自身のモチベーションの低さで、筆は全く進んでいなかった。
「なんで魔法使いがダメなのかな~。未だに納得できないよ~」
「ここが日本じゃなくて、ヨーロッパだったら・・・まだなんとかなったかもしれないのにな」
同じ地球でも、ヨーロッパには本当に魔法使いがいるんじゃないかと思わせる何かがある。
「お兄ちゃんもそう思う?」
「でも夕凪、ここは日本だ」
「う~、やっぱりパティシエで書くしかないのかなあ・・・でも夕凪の本命はマホウツカイなのにな・・・」
「夕凪、宿題は進んでいるか?」
「あ、霙お姉ちゃん!」
「それが全く進んでなくて・・・」
「お兄ちゃん、言わないでよ~」
「だろうと思ってな、疲れた時には甘いものがいいと言う――休憩でもどうだ?」
「やったー!!」
「霙姉さん、そんなこと言ってたら夕凪のために・・・」
「疲れた頭で考えても同じことだ。それなら一度リフレッシュしたほうがよかろう」
そうやって、さも当然のように出てくるどら焼き。
「姉さん・・・いったい何個隠し持ってるんですか・・・」
「隠し持ってるだなんて人聞きの悪い、きちんと小遣いの中から買っているぞ」
「わ~い!!」
「・・・もう、ちょっとだけですよ」
「結局、オマエも兄だな。妹には甘い」
そりゃあ、あれだけ苦悶の表情を見せていた夕凪の顔が明るくなったのだから・・・まあいいかな、と思ったのだ。
「そういえば夕凪、なんで作文にまで『魔法使いになりたいです!』って書いたんだ?」
「なんでって言われても・・・夕凪が一番なりたいのは魔法使いだもん!」
「パティシエもいいと思うんだがな(もぐもぐ)・・・いやもっと言うと和菓子職人になってだな(もぐもぐ)」
「それは自分が食べたいからだけですよね姉さん」
「バレたか」
早くも3個目のどら焼きに手を伸ばす姉さん。
「じゃあ・・・質問を変えよう夕凪。『魔法使いになりたい』って思ったきっかけを教えてくれないかな?」
「あ・・・それは海晴お姉ちゃんがきっかけなんだあ」
「海晴姉さんが?」
「ふむ――意外だな。てっきりその頃にやっていた戦隊ものと再放送の魔法少女アニメと大ヒットした本の影響だと思っていたのだが。夢中になって見てただろう」
「マホウに憧れたきっかけはそれもあるんだけど・・・えへへ」
そうやって、夕凪は話し始めた。
「夕凪がちっちゃい時ね、すっご~く楽しみにしてたお祭りがあったんだけど・・・一日目に大雨が降って、ダメになっちゃったんだ。
それで夕凪がわーんわーんって大泣きしてたら、海晴お姉ちゃんが踊りながらね、『夕凪ちゃん、私がお天気になる魔法をかけたから、明日は絶対大丈夫よ、って」
「あの踊りって・・・あの時が始めてじゃなかったのか・・・」
「ああ、海晴姉ならやりかねんな・・・可愛い妹のためなら」
「そしたらね、前の日の雨はなんだったのかな~って思うぐらいに晴れて、お祭りがすっごい楽しくて・・・絶対に海晴お姉ちゃんは魔法使いだって思ったんだ! それで、夕凪もそんなことができたらなあ~、って」
「そうだったのか」
「それに、夕凪み~んな魔法使いじゃないかなって思うんだ。
霙お姉ちゃんの占いはよく当たるし!
春風お姉ちゃんや蛍お姉ちゃんはおいしいおいしいお料理を作ってくれるし!
ヒカルお姉ちゃんはスポーツなら何でも得意だし!
氷柱お姉ちゃんはとーっても頭が良くて頼りになるし!
立夏ちゃんは遠足も運動会も授業参観もみーんな晴れにするし!
小雨ちゃんはい~っぱい面白いお話を知ってるし!
麗ちゃんは電車のことすっごく詳しいし!
星花ちゃんにはいっつもお世話になってばっかりだし!
それにそれに――」
「まあ、海晴姉は魔法使いというよりは――恐ろしい魔女だがな」
「え? どんなときの?」
「私を怒っている時は、それはもう・・・」
「霙お姉ちゃんを怒ってる時の海晴お姉ちゃんは魔女っていうか・・・鬼だよね?」
「そうか、わかるか夕凪――良き理解者を得て私は嬉しいぞ」
がっちりと固い握手を交わす二人。
「氷柱ちゃんもそうだよね!」
「はは、夕凪からしたらそうだろうな。
――にしても、さっきからなぜオマエは黙っている? 何か顔が青ざめているようだが、体調でも悪いのか?
どれ、それなら私がそのどら焼きを――」
「あ・・・あわわわわ」
「どうした、本当に大丈夫か?」
「み・・・霙姉さん、う・・・後ろ」
「後ろがどうかしたのか?」
霙姉さんが振り返ると、そこには鬼神の如くオーラを漂わせた――海晴姉さんがいた。
「仕事終わってコタツで暖まりに来ようと思ったら声が聞こえて――さっきから聞いてれば、人のことを魔女だとか鬼だとか年増だとか・・・」
「ま・・・待て海晴姉・・・話せばわかる・・・。
それに、最後の年増とは私は言ってない――」
「いつもいつも、さんざん影で言ってるでしょう?」
「し・・・しかし・・・それに夕凪も鬼だと言っていたというのに、なぜ私だけ・・・」
「ゆ、夕凪はなんにも・・・」
この期に及んで道連れですか、霙姉さん。
で、夕凪。自分だけ逃げようとしても遅いぞ。
「問答無用!!」
コタツから引っ張り出され、断末魔の叫びを残してズルズルといずこかへ引き摺られていく霙姉さん。明日無事だといいけど・・・。
「い・・・いった~い!! 氷柱お姉ちゃんのよりすっごく、すっごく痛いよ~っ!! 夕凪おバカさんになっちゃう~!」
夕凪も、一発強烈なのを頭にもらっていた。それに、おバカさんになるって・・・もう手おk・・・いや止めておこう。
「・・・じゃあ書こうか、夕凪」
「頭が痛くて書けないよ~」
「でも・・・今日書かないと明日には間に合わないぞ?」
「そうなんだよね・・・」
「全く、そんなことだから下僕は甘いって言うのよ」
「?」
まあ、俺のことを下僕扱いするのはいくらこの家が広くても一人しかいない。
「あ・・・あわわ・・・氷柱お姉ちゃん・・・」
「何よ夕凪、そんな情けない声出して。海晴姉様から夕凪が困ってるって聞いて直々に私が来たのよ、文句ある?」
「な・・・なにもないよお姉ちゃん!」
明らかに顔が青ざめてるぞ、夕凪。
「ほら、下僕は出てった出てった!」
「え~っ!?」
明らかに、不満げな声をあげる夕凪。何といっても、氷柱を一番苦手にしてるだろうしなあ・・・。
「こういう時は、無理やりにでも書かせないと書けないのよ。それに下僕がいたって甘やかすだけで何にもならないでしょう?」
「今回、手伝う気はなかったんだけど」
「手伝うにしても手伝わないにしても今まで進んでないでしょう? 私が見るから下僕は出てくの!」
「つ、氷柱お姉ちゃ~ん!」
「知りません」
「あーん!!」
こうして、半ば無理やりに追い出されてしまった・・・氷柱のことだから悪いようにはしないだろうけど、夕凪は大丈夫かなあ・・・。
そうして。
昨日の影響なのか、朝に夕凪はなかなか起きてこなくて・・・会えないまま家を出てきた。
「氷柱・・・昨日夕凪は大丈夫だったのか?」
「今度は大丈夫よ、誰かさんと違って私が指導したんだから」
「無理やり何か書かせたとか、・・・まさかお前が書いたってことは無いんだろうな?」
「私がそんなことするはずないでしょう? どこまでも無能ね、下僕。
大丈夫、夕凪が心から思ってる事を書いた作文よ、私は夕凪がそれを文にする手助けをちょっとしただけ。必ず受け取ってもらえるわ」
「でも・・・」
「あーもう!! 私が信じられないなら夕凪を信じなさい!」
そう言って、氷柱は行ってしまった。
そうは言われたものの、日中も大丈夫か心配になって、ちょっとボーっとしたところに問題を当てられてあたふたして、ヒカルに「オマエ――本当に大丈夫か?」なんて声を掛けられる始末だった。
で、帰宅した俺を待ち構えていたのは――満面の笑みの夕凪だった。
ちょっと眠そうだったけど、それでも眩しい位の。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、今度はちゃんと先生に受け取ってもらえたよ!」
「お、良かったじゃないか夕凪! で、今度は何て書いたんだ?」
「夕凪の夢は魔法使いみたいなお姉ちゃんたちみたいに――自分も素敵なお姉ちゃんになることです! って」
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どもwibleです。
すっごく久しぶりにべびプリで書いた気が・・・なんか、全然浮かんでこなかったんです(苦笑)。
最初氷柱は登場させずに終わらせるつもりだったんですが、やっぱり予定通りにはいかないもんです。あと、みぞ姉の使いやすさは異常(笑)。
「将来の夢」ってことで「なりたい職業」とは取らなかったんですが、大丈夫だったかなあ?