検診 | 渡辺やよいの楽園

渡辺やよいの楽園

小説家であり漫画家の渡辺やよい。
小説とエッセイを書き、レディコミを描き、母であり、妻であり、社長でもある大忙しの著者の日常を描いた身辺雑記をお楽しみください。

 大腸癌検診に病院に行く。
 下剤をかけきって、腹が空っぽで寒空を歩いていくと全身が冷え切ってしまう(軽い鎮静剤を打つので、車や自転車は禁止されている)
 呼ばれて検査室にはいると、若くてほほがピンク色の看護婦さんがにこにこと、「薬、全部飲めました?」と、聞いてくる。
「身体が冷えてしまって」
「まあ、ほんと」
 看護婦さんが私の手を握ってびっくりする。彼女の手はほかほかと暖かい。それがありがたい。
 お尻が割れている紙のパンツをはいて、検査台に横になる。
 検査する先生がこの間の人より年輩だ。
 腕に軽い鎮静剤を注射される。麻酔のようなものはしない。
「入りますよー」
 いきなりずぶりと肛門にカメラが差し込まれるのだ。
 私は注射で少しぼんやりしながらモニターを見つめる。
 ピンク色の大腸の中をカメラが進んでいく。
 がりがりがり、痛い!
 あれ?
 今回はひどく痛い。
「うう」
 私がうめくと、さっきの看護婦さんが私に寄り添って手を握ってくれる。
「だいじょうぶですよ。力を抜いてー」
 がりがりがり。
 ど、どうも、今回の先生は、へただぞ。前回は、腸壁の曲がり角で引っかかる痛みだけだったのに、今回は進むたびに痛い。力を抜けと言われても、痛みでつい、全身がこわばってしまう。
 それでもモニターはしっかり見る。
 だいたい生きながら自分の腹の中をオンタイムで見られると言う機会もそうそうない。
 何度見ても、排泄物を出し切った大腸ってきれいなピンク色をしている。
「ここが前回ポリープを切ったところですね」
 先生の声に、どきりとして食い入るように見る。いちおう腫瘍らしきものは出てはいない。
 がりがりがり、ううう……
「まだ盲腸には来ませんか?(盲腸が終点なのだ)」
「もうちょっと、渡辺さんは大腸が長いねー、ちょっと、君、お腹押してくれる?」
 先生は看護婦さんに声をかける。
 看護婦さんが私にのしかかるようにして、下腹部をぎゅうと押す。
 苦しい。
「ここですか?」
「もっとこっち」
 先生の声はのんびりしている。
 く、苦しいぞ。前回は、こんなことしなかった。
 やっぱ、この先生少し下手かも。それでも、検査してもらっているので
「このへたくそ!」
 と、言うわけにもいかないぜ。
「はい終点」
 先生がその部位の説明をしてくれる。
「ここが盲腸ね、そしてここにちょっと空いている穴が小腸への入口、ちょこっとだけはいってみるね」
 小腸への入り口は、以外と小さい。
 する、っとカメラが小腸にはいって、出てくる。
「ではもどりまーす」
 ほっとする。出る方が楽なのだ。
 するするとバックしていくカメラ。
「先生、なにかありましたか?」
「今回は大丈夫、前回切ったところもきれいになってるし」
「よかったですね」
 ずっとついていてくれた手の温かい看護婦さんがまた、手を握ってくれる。
 はじめて全身から力が抜ける。
 カメラが抜けて、起きあがると、薬のせいで少しふらふらする上、下腹部がずきずき痛い。
 ベッドで少し横になる。
 ふらつきがおさまったあと、別の医者から説明を受ける。
「今回は、よかったですね、また半年後」
 ああ、これであと半年、生き延びた、と、思う。
 病院を出ると、すぐ彼にその旨をメールし、そのあと、お腹が空いているので、つい、八百屋の店先のうまそうなふかしいもを買ってしまう。
 帰り道、気を緩めるな春には人間ドッグも受けなきゃ、と、自分に言い聞かせる。
 大腸に出た癌が、また大腸に出るとは限らないのだ。
 一度出たものは、どこに顔を出すか分からない。
 早め、早め、に手を打っていく。あと半年、生き延びるんだ。そして、次の半年も生き延びていくんだ。そして次の半年も……
 
 帰宅して、大きなふかしいもをぺろりと平らげてしまい、うう、ちっともダイエットできんわ、と、嘆いてしまう。しかし、食べる喜びはダイレクトに生きる喜びに繋がり、ふかしいもひとつで、しみじみ生きているありがたさを感じてしまう。って、戦時中の人みたい。

 帰宅してきた息子が
「母ちゃん、どうだったの?」
 と、たまごっちをいじりながら何気なく聞くので
「今回はなにも出なかったよ」
 と、言うと、急に感情をむき出しで
「ああ、よかったー」
 と、肩をがっくり落とすので、息子も内心心配してくれていたんだな、と、ごしごし頭をなでてやると、うれしそうに見上げてくる。
「お腹すいたよー」
 と、わめきだした息子に、例によって好物のぎょうざを作ってやりながら、この先半年、自分にできること、したいことを考える。
 頭のリストをチェックしながら、今後一切自分と家族のこと以外のストレスはごめんだ、と、強く思う。逆に、自分と家族のことなら、どんなことでも耐えてみせる、と。
動物日記アニマルな日々も、どうぞ。