第5話(10) | 若の好きずき

第5話(10)

小説「スパゲッティのお店」連載中。
またしても、ずいぶんお久しぶりの更新です。

未読の方、興味を持ってくださった方で、のんびり更新でも大丈夫な方は「はじめに 」からご覧くださいませ。

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 変わらないものなんてない。
 たとえば毎日同じことの繰り返しだと感じても、全く同じ1日なんて二度とやってこない。

 そんなこと、当たり前にわかっているつもりだったけど、最近、本当に、本当の意味ではわかっていなかったのかもしれない、なんて思ったりする。




 あの日、お店に入ってきた時点であいつの様子がおかしいことはわかってはいた。
 というかお店に現れることがまずおかしい。まだ就職活動がつづくから、亮二くんと一緒のあの部屋を拠点にした方が動きやすいから、しばらく帰ることはないとわざわざ自分から言ってきたのがつい数日前のことだった。


 せっかくしげくんがお店にきてるのに、しかも入ってきたときちょっと笑顔らしき表情までみせてくれたのに、あいつの様子はおかしくて…というよりむしろ明らかにいらいらしていて、普段は八つ当たりなんてするタイプでもないのに険悪な雰囲気で。

 ちょっと前に亮二くんからは連絡がきていて、あいつが帰ってきてないか聞かれていたから来たよと連絡した。で、けんかしたから迎えにいきます、と折り返しの連絡がきたころにはもうすでにあいつのいらいらはピークに達していた。
 迎えがくるまでもう少しおとなしくしててくれたらなあなんて願いもむなしく、俺に当たってきて、まあそんなのは流してていいんだけど、周りの空気が悪くなっていくのは勘弁してほしいなあと思って諫めるメールを送ったら逆効果だったらしくてますます荒れて、結局は荒れに荒れた挙げ句、しげくんまでも巻き添えにしていった。




 変わらない毎日の繰り返しがつづくと思っていた。
 それがつまらないような、寂しいような気がしていた。

 でも、気づけば、いつの間にかいろんなことが変わってしまっていた。
 美帆の彼は進学して引っ越し、伸宕は異動してお店に顔を出さなくなって、美帆は高校三年生になって。

 そしてしげくんは、あの日からお店にぱったり現れなくなった。



 変わらない毎日なんてなくて、それは前ぶれもなくて、気づいたときには遅くて、あのときどう思われたんだろうかとか、あのときどうすればよかっのかなんて、いくら考えてもどうしようもないことで。
 その時に時間を戻すことも、相手の本当の気持ちを知ることも、もうできない。

 それは頭ではわかっているつもりなのに、それがだんだん身にしみてくると、体は水をすって脱げなくなった服を着ているみたいに、おろせない重い荷物を背負っているみたいに、重くなって、動けなくなって、そうして何でもない日常までもがふつうにこなせなくなっていくみたいだ。
 一つ一つは大したことじゃなくて、たとえば買おうと思ってたトマト缶が売り切れてたとか、トイレに行こうと思ったら誰かに先に入られたとか、買い出しに行こうとしたのに車の鍵がみつからないとか、釣り銭が足りないとか、もうとにかく何でもないことで何もかもつまづいていくような気がする。


 季節が巡って、暑くなって寒くなって、花が咲いて散って、それでも繰り返す日常は変わらないと思っていたのに。
 来るお客さんの顔ぶれも、注文するメニューも、話す内容も、一つだって同じものはなくても、日常は日常として繰り返していくんだと思っていたのに。


 その毎日を、なんてつまらないんだろうって思っていたけど。でも、
 でも、全部違った。
 つまらなくなんてなかった。
 当たり前に当たり前の毎日を過ごすことができるってすごいことだった。

 でも、繰り返されるはずだと思っていた日常は、何の前触れもなく、あっけなくくつがえされて、もう二度と、戻ってこないんだ。
 
 どんなに願っても。


(11)につづく。