昨日は飲み会のトリプルヘッダー

どういうわけか、別々の世界でみんなすごい人たち

こういう偶然は信じられないが、ときにはそれでいいのだろう

ただ、体力の低下で酒が弱くなったことを痛感する

ところで、どこでもちょっとずつ説教される

偉い人からというより、好きな人とか尊敬する人から言われると素直になれる

もう一つ、昨日のブログは、別に素人が心の病について論じてはいけないとか、友達にアドバイスをしてはいけないという話ではない。

ただ、テレビのように不特定でかつ多数がみるメディアで、さも絶対に正しいという形で論じると、それによって二次被害がでる危険が大きいと言いたかっただけだ。

ヤンキーが教育を語るなとか、元不良は元不良とかいう書き方が『テレビの大罪』でされていて、世間の反感を買ったようだが、本文を読んでもらえばわかると思うが、それは本意でない。

ヤンキーが教育を語ろうが、元不良が更生しようが、それはむしろ望ましいことだ。

ただ、人をボコボコにした元不良がテレビに出るとフラッシュバックを起こす人がいるとか、ヤンキーが元ヤンキーのほうが、元優等生などよりいいという無責任な発言の影響が大きいから、テレビで公言するなと言いたいだけだ。

なんで、こんな話になったかというと、言いがかりにしか私には感じられないメッセージをいただいたからだ。

相続税の増税や累進課税は大した税収増にならないという説もある。

ただ、武富士の例でもわかるようにたった一人で取る気になれば1000億円以上の税金がとれる人間がかなりの数でいる。事業仕分けより手っとり早い。

相続税の場合は、確かに課税最低限を下げる、場合によってはそれをゼロにするくらいのことが必要なのも事実だ。ただ、毎年約80兆円の金および資産が相続されているのに、とれている税金はわずか1兆円やそこらである。せめて半分の40兆円が税金で取れれば、消費税16%分にあたる。つまり消費税21%と同じだけの税収になる。

どこから大した税収増にならないという計算がでてくるのかがわからない。

竹中氏について、どこが悪いのか具体的に論じろというリクエスト。

私の経済対策についての話はもちろん仮説である。

たとえば累進を強化して、経費を認めたところで、仮設の通り消費が増えるとは限らない。

しかし、間違ってることを証明するためには、それを実際にやる以外に方法はない。

私の提言するような政策を実行するような人が出てこない限り、間違っていると決めつけることはできない。もし奇跡的にそんな人がでてきて、結果的に私の予想がはずれたら、どんな形であれ責任はとる。少なくとも2度と経済を論じるつもりはない。10年先、20年先で、誰に迷惑をかけるわけではなくなってから、実行したいという政治家が現れて失敗したら、首をくくってもいいとも思っている。

それに対して、残念ながら竹中氏のほうは、すでに自分が責任者として実行されている。

株価が上がったからうまくいったという考えがあるが、株価があがっても庶民の生活は楽にならないし、地方などはほとんどメリットがない。

彼のやった後のほうがよい社会になったという人はともかくとして、結果的に景気はよくならない、格差はよけいに広がるということで考えたときに、少なくとも彼にもう一度経済政策をやらせようという話になるのだろうか?

2回もゆとり教育で失敗しても、もう一度ゆとり教育をやって、学力低下が決定的になるように、もう一度竹中改革をやって、どんなに経済が落ち込むかもしれないし、立ち直るかもしれないが、一度でも実行してダメだったということは大きい。

起きていることはすべて正しいと言った人がいるが、医学の世界でも同じようなことは多い。理屈の上ではやせたほうが健康にいいはずなのに、太っている人のほうが長生きするように、理屈が正しいより実際に起こったことのほうが意味がある。

自分がやってうまくいかなかった人は、まだ実際に試されていない仮説の人より落ちるというのが私の考え方だ。

逆にやってみないことには何が正解かも実は誰にもわからないということがほとんどだろう。

医療費が日本は高い。医者になるのが金がかかりすぎるという批判をどういうわけか受けた。

この人が理想化する竹中氏の大好きなアメリカの医療費は、たとえば通常の心臓手術で日本の10倍である。医学部の授業料も日本より高い。

人命を扱うのがトラックの運転手でも、医者でも同じというのなら、自分が無資格の医者から診療をうけたり、手術を受ければいいだろう。無資格で手術をする医者は罰せられるが、患者のほうは罰せられないのだから、それこそ自分について規制緩和をすればいい。

どんな発展途上国でも、現実には無資格の医者などいない。

よほどのマスコミの寵児でない限り、勉強をしていない人間が世の中を動かすことはない。

しかし、相手がそれなりに社会的地位があっても、勉強している人間でも、腹を立たせることはできる。

バカにバカと言われてもやはりバカといわれるとむかつく。

北朝鮮のようなゴミ国家を相手にしなければいいのにとときに思うが、やはりむかつくのだろう。

と、ここまでいろいろ書いてみて、感情というのは、いかに人間をバカにするのか、なんとくだらない文章を書かせるのかと素直に反省する。