私も、今のご時世、アナウンサーの国家試験だけでなく、金持ちが相続するときの試験だとか、政治家の世襲だとか立候補試験とかあればいいと考える立場だが、親になる試験を用意したらどうかという過激なメッセージをいただいた。もちろん、私の答えはYESである。子供の数だけ増やせばいいと思っている人に頭を冷やしてほしい。まともに育てる気も能力もないのに避妊なしのセックスをするのは、むしろ犯罪と言っていい。私は、選挙権も含めて、大人になるのにも試験がいるというくらいの過激派である(知的障害者については、もちろん除外してよいが、傷害もないのに、自分の能力をきちんとはぐくもうとしない子供にも親にも、むしろそのくらいのムチを与えないとこの国は再生しないのではないかと考えるからだ)。

さて、このように、何にでも「がんばれ!」という立場は、精神科医としてどうかといわれることがある。

確かに頑張りすぎで心の病になる人は多い。

ここで、二つ私が言いたいことがある。

1.子供のこころは傷つきやすいというが、実際は大人のほうが傷つきやすいし、頑張りすぎで心が折れてしまう人が多い。

2.どこまでがんばれるかのキャパシティは個人差が大きいし、そのときの心の状態によっても違う

この二つを忘れて議論をするから、メンタルヘルスのために、「がんばれ」というのは悪いことのように思われ、学校から、いろいろな「強制」や「競争」が排除され、結果的に学力低下や生きる力のない子供たちという問題が起こっているとしか思えない。

一般的に、子供に過度な頑張りを要求して、子供の心が折れることはなくはないが、子供の場合、大人と比べて、神経伝達物質が豊かなために、うつ病になりにくいし、また大人と比べて環境適応能力に優れている。少なくとも急に強い負荷をかけるのはまずいだろうが、少しずつ負荷をかけていく限り、多くの場合、安全だ。万が一、心が折れるような場合も、早めにフォローをしてあげ、親の愛情があれば、リカバーできることが多い。子供のメンタルヘルスがおかしくなるのは、それまでの親子関係に問題があったり、ネグレクトや虐待があったり、あるいは、親の要求にこたえられないと、自分は親に捨てられるとか、自分は生きる価値がないという誤った信念をもってしまう場合にほとんど限られる。頑張らせたことだけが原因で心の病になることはほとんどない。頑張らせたら心の病に陥ったのであれば、負荷を緩めるだけでなく、親子関係の見直しを含めて、いろいろな原因を想定して解決しないといけない。

個人差の問題も大きい。弱い子供がいるからといってこれにあわせるのは、ほとんどの子供の発達のチャンスを奪うことになる。また少しずつ鍛えられることもある。また、その子なり、大人が普段の精神状態なら「がんばれ」ということが望ましいが、うつ病などになっている場合は、頑張りたくても頑張れない自分を責めてしまう危険があるので、がんばれと言いづらい。相手の状態を見る必要はある。

もちろん、これは子供に対してだけでなく大人に対しても言えることだ。

私が言いたいのは、適当なところであきらめて、がんばらなくても主観的に幸せだったらいいじゃないかという考え方は、確かにメンタルヘルスにはいいのかもしれないが、その時点で運命をあきらめることになってしまうということだ。たとえば、森永卓郎さんのいうように格差社会はラテン的に生きろというのは、メンタル面ではいいかもしれないが、その分格差が固定する危険がある。やはり闘うべき点は闘うべきではないか?

いろいろな意味で悪あがきといわれても闘ったほうがいい、頑張ったほうがいいと思うのはそのためだ。悪あがきと自分で思ってもいいことはないし、周囲が言うのも大きなお世話だ。頑張る自分をむしろほめてあげたほうがいい。

実はラテンアメリカが決して能天気なわけではない。政治が気に入らなければ闘うし、アメリカにも言いたいことをいう。キューバだけでなく、ベネズエラのチャベスにしても、ブラジルのルーラにしても貧困ともアメリカとも闘う第一人者だ。

だから、私はとくに、若い人には運命と闘うために勉強しろというし、親御さんにも子供の教育をあきらめるなと主張し続ける。メンタルヘルスに問題が生じたら、その解決をお手伝いするのが精神科の仕事だと思っている。最初からあきらめろというのは、精神科医の大きなお世話だ。

ただあきらめないといけないこともあるし、いけないときもくる。

勉強をやる限りやったけど、結局、いい大学にいけなかった、まともな就職につけなかった、このまま将来展望がなさそうだ。こういう場合にこそ、政治に要求すべきだろう。格差を減らし、再チャレンジの場を用意させる。自分の努力でなんともならないことの解決に政治はある。そういう点では、あきらめと同時に別の闘い方が必要だ。

あるいは、前述のように若いころと比べて歳をとると神経伝達物質が減ってうつになりやすいし、体力も落ちる。それを受け入れることができないと心身に悪い。

確かにアンチエイジングや鍛えることで老いと闘うべきなのも事実だが、限界もある。

70歳までは老いと闘えても、90なら無理だ。あるいは、個人差もある。

悔いがないように闘い、上手にあきらめるのが、人生の成功者といえるのかもしれない。

私は、まだしばらく悪あがきをしていたいが。