京都の町を歩くと、至る處に有名な温泉を見受ける。
草津温泉、湯河原温泉、伊香保温泉、等。併し初めて其の名を知るものも多々ある。
曰く、紫野温泉、紫竹温泉、そして何處の温泉に飛び込んでも色も同じ香も同じであつて、入浴料金五銭也。それが最近までは、四銭五厘で五厘銭の無く成つた教に於ても尚、五厘の名残を風呂屋の入浴料に止めて居るのは京都らしい。
其の風呂も一般に上り湯がぬるく、「浪花節」が出たり「どど逸」が飛び出すと云ふ景気のよさは無く、商賣の話が盛んで流石に、角帯と衣の町である。
僕は或る夜のこと、十二時近く其の風呂に行つた處、意外な話を耳にしたのである。
夜の愛犬の運動は妻の役目であつて、時間は決つて居ない時もあるし拾壱時頃もあるが、兎に角、寝につく前に連れて行くのである。
場所は大概大徳寺の境内で、老樹は我が物顔で天に聳え、夜の獨り歩きは男でも少し心細い氣がするが、左手に愛犬を連れて居れば勇気百倍である。
丁度、湯殿につかつて居ると、「ながし」に寝そべつて居た人相も良くない二人連れが口を開いて、次のような話をし出した。
甲「此の間、大徳寺でちよつとした奴を見つけたので、やつてやらうとしたが、何うしても手が出せなかつたよ」
乙「何してだ?」
甲「何しろいい女が立つて居るので、こいつは占めたとぞくぞくしながら松の木影にかくれて居ると、其の女がペラペラと何んか云ひやがつたと思つたら、物凄え犬がダツダツと女の傍へ來やがつてぐるぐる其奴の周りを廻り出してよ。又、ペラペラと云つたが其處へ座りやがつて。もうゾーとして了ひ、手が出せなかつた」と。
これまで僕は、空つかて聞いて居る内、すつかり逆上せて了ひ、洗ふ気にも成れず、急いで帰宅したが、其の會話の内の女とは、妻のことより他かには居ないので、其の日に限つて拾二時近く風呂に出掛けたことが非常に有意義であつて、愛犬の御蔭で妻が破廉恥漢の暴力から免れ得たことを深く感謝したのである。
それからと云ふものは、大徳寺の夜は、僕が連れて行くことに成つた。
龍南三四郎「壁に耳あり」より