昔々あるところに
こんな犬達がいました

という内容のブログです。






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2016-05-24 23:27:30

群馬の大ワシ騒動 昭和2年

テーマ:事件/出来事

廿五日午後三時頃、群馬縣吾妻郡澤田村の猟師関保樹(四五)方の庭に遊んで居た飼犬が、俄に悲鳴をあげたので只事ならずと保樹が出て見ると、羽渡六尺もある大鷲が犬の襟頸を咥へ空中に舞上らんとして居るより大いに驚き、早速お手のものの鉄砲で三發追射ちし漸く仕留めた。

この鷲は唐栗原の奥山から廿日の日にも同所本田宗十郎方に現れ飼犬を攫つた大鷲で、付近の住民は非常に恐れて居たが、漸く安堵し大鷲を見んものと保樹方に押しかけ大賑はひをした。

 

「犬を攫ふ大鷲、遂に撃たる」より

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2016-05-24 19:20:08

カルラの死 昭和7年

テーマ:離別/慰霊

病床日記、病気の経験談なんてのは、健康な人から見ればいやにセンチで讀むに足らない無趣味なものであるが、今度犬を病ませて、この経験談の如何に参考になり、たよりになり、そして慰めになるかと云ふことを痛感して、貴重なる紙面をさいて戴いた次第である。

 

 

突如!

突如と云へば、病気と云ふ奴は、あまりにも突風的にやつて來るもので、アツ!と云ふ暇もないものである。

十一月二十三日の朝、いつもの様にベツトから半起きの體で犬の名を呼ぶと、三頭が頭を揃へて窓へとびついて來たが、A號の目は春の遠山の如く模糊として力なく、加之一ツ二ツ変なセキをして居るではないか。

「え!ツ!」

と寝不足の目も痛まばこそ、スプリングの力ものすごくスハヤとはね起き、下駄もそこそこ、A號の目をみれば、ドンヨリした眼球を、紅に充血した眼瞼が、パチクリパチクリして居るのだ。昨日までボールと共に走つて居つたA號が、突如として四十度の發熱だ。

テンパー?

ピリツ!と脳髄から脊髄へ冷水が流れる。今度こそ本式に來たなアと腹の臓物が、からツぽになつた氣持。

 

M医師に診察して貰ふ。

かりそめの風邪なるや、大厄のヂステンパーなるや、軽率な診断は下されず。

先づピリンの注射に強心剤と消化剤を投與す。この日は牛乳三合、牛肉五十匁、鶏卵二ケだけで流石に食慾なし。朝二ツ三ツあつたセキはそれ以後更になくなつた。

 

第二日目。

セキ、目やに、鼻汁等更に無く、有るものは三九、六の體温と結膜の充血だけ。元気も食慾も昨日よりベターで、食パンなどペロペロと平げ、牛肉を一度に百匁、牛乳を二合位喰つたり飲んだりして平気である。豈斗乳を辞せんやと云つた顔つきをして居る。

自分の食べる肉も、子供の飲む牛乳も、そしてビスケツトも、食べず飲ませずして一家の栄養を全部A號の口腹へ送り込んでやる。

オムナジンを買つて來た。何んて高い薬だ。

この夜は會報の校正を急ぎ、順序を組立てたりして居て、寝たのは二時半であつたが、寝る前にA號を見舞ふと、どうもよくないのでオムナジンを注射する。他人に刺す注射は裁縫師が布を刺す様に簡単であつても、自分の子にはうまく刺さらぬと一般。涙が先んじて、目が曇る。

でも早く癒してやりたい一念は、痛々しくも顔をそむけてプスリとやる。

 

ねもごろの 心をこめて注射する

病犬の脊に 涙おちにき

 

第三日目。

昨日と同様、只三十九度餘分の體温と結膜の充血あるのみにて、何等これと云ふ症状なし。

食慾と云へば三度與へる相當の食事を残すなく平げて、むしろ健康犬より多く食べる感あり。血色は鮮に、充實した脈時にふれ、強き心音をきく。

さて如何なる病気にや。若し之をテンパーと假定すれば、未だ済んで居ない九ヶ月のB號と九十餘日のC號が狭い庭に、一緒くたに遊んで居たのだから感染はまぬがれまいと、少なからず不安であり憂鬱でたまらない。

 

A號病みて第五日目、C號から條蟲の片節が出たのでM医に相談もせず、駆蟲す。

出たは出たは、瓜核條蟲が十数條。C號は駆蟲後、粘血下痢便が續き、秋の山の如く目に見えてやせる。

一方A號の病状は、早慶戦の様に、その豫後の判断つかず、更に進退なし。

 

C號は駆蟲後十二日目に、またまた條蟲の片節を出す。検便の結果、回蟲も相當に居れど、栄養がうんと衰へて居るにより、急激なる駆蟲はさけて徐々にせよと、M医に云はれたが、蟲を出してやつたら、どんなに楽になるだらうと、翌朝五時に起きて四塩化炭素とカマラで駆蟲する。成熟した回蟲が十一條出た。

これでさつぱりしたらうと気持がよかつた。

浅田さんのイラーが死んだと云ふ電話があつた。病犬を持つ小生の神経が尖つた。

C號はこれから黄色の鼻汁を出し、いよいよテンパーなりと自ら診断す。而れども結膜は貧血して白く平熱で、元気はあつて小生を迷はす。

 

A號既に二十二日の稽留熱、C號重態、B號亦健康ならず。わが心むしやくしやに乱れる。

皆ヂステンパーと決まれば獣医が來た所で、何せん、只、對症療法だけで結局は運と時期をまつにあるのみと、自ら判じて医を招かず。

一家一同全力をあげて看病につくす。一日に二回三回と各犬にユタンポをとりかへてやる姿は涙ぐましいものであつた。

 

病む犬に抱かすユタンポ夜な夜なの

こもるこゝろも犬はしるらん

 

小用に庭へおりて行く、A號のドンヨリとした眼に、咲きほけた山茶花がチラリと散る景色は、自ら涙をそゝるエレヂーであつた。

A號發病して二十三日目の朝、生後三ヶ月頃ボール遊びに一寸いためた左後脚をひきづつて、地につけず時々ピクリピクリやつて居る。

おや!神経へ!脳へ!私の脳が痙攣を始めた。

加之、C號の口唇、歯齦、腹部のチヤノーゼ物すごく、全く血の色なし。春四月、愚息嵐が疫痢で危篤に陥つた時の形相を思ひ出して心おのゝき生きた心地せず。

 

かけつければ死相出て居る子の顔に

高圧線にふれし心地す

 

吾子嵐危険に瀕すと告げてまづ

涙あふれぬむざむざとして

 

疾風とも云ふぞ疫痢のはげしきに

親の涙の出る暇もなし

 

猛然と奔馬の如くいとし子の

命けちらす疫痢におのゝく

 

一瞬に命なぎ倒す疾風てふ

疫痢の猛威に思ひいたりぬ

 

體温も脈もなくなりし子の形相の

刻々として死相おびくる

 

駄目なりと医者は云ひけり脈もなき

子の形相にくるはんとする

 

時を移さず、M医を招く。C號ヂステンパーならずして何かの中毒なりと、M医の言にそむき勝手に駆蟲した事を告白し、M医に叱られる。

夜十二時、リンゲル、ジガーレン等の注射をする。

翌々日、何んと吉兆、C號の便、型を作り粘血なく、従つて便と便との間遠のき、一家一回、C號の口腔をのぞき込み、チヤノーゼ去りて、桃色に血色の出て來た口唇、歯齦を穴のあく程みつめてよろこぶことしきり。

メリケンガールの様に快活になる。

 

二日月出でし宵なり危険より

命のがれぬかすかなれども

 

翌日である。

異種蛋白療法とばかりに馬の血清を、先づ様子を見てと、アナフイラキシーをおそれて、A、C號に各々一㏄づゝを注射する。四十分、五十分、丁度一時間位するとC號は急に倒れて苦悶を始め四肢をもがき、上下顎をガタガタやる。

「やつたなア!」「駄目か」

と叫ぶより早く階段をとび上るも夢中、治療室へかけ込み注射器とカンフルを持つてとびおりた。あはてものゝ熊さんぢやないが注射器は持つて來たが針を忘れてゐる。

アンプールをやすりで切る間ももどかしく、手で切らうとして握りつぶして了ふ。

「おい!カルラが駄目だ、おい!」

何處に居るか分らない誰れともなしに云つた積なんだが、誰も來やしない。

「誰も居ねエのか」

夢中である。

カンフルがきいたのかその日はそれで納まつたが、感受過敏症が気になつて叶はんから「病原細菌学」を出してみる。

 

翌日の夕方からC號の容態は非常に悪化急変した。

死相出でて下顎呼吸を始めたから、最早これまでと思つた私は愛犬の苦しむ様を、まざまざ見て居るに忍びずして二階へ上つて泣いて居た。

女中が呼びに來る。

「迚も苦しんで居りますから、奥様が來て下さいと申して居ります」

行つて見る。家内も女中も子供等も、涙に光つた目と目を断末魔の苦悶に命をもんでもみつくして居るC號を、かこんで泣いて居る。

四才の子と二才の次男が、得も云はれぬ表情をして「カルラ」「カルラ」と苦しみに波うつ脊を撫て居る。

いぢらしさを見て私は泣けて泣けて仕方なかつた。死なせじと此の世に引つぱつて居る我々の力と、死魔があの世へ引つぱり込まんとしてゐる力とが、一生懸命に奴た小学時代の綱引の光景を私の目に髣髴させて居る。

 

七時三十分、脚の早い冬の夕闇が、冷たく世を掩ふた時、口角から土色の長い舌を噛み出して遂に死んでしまつた。

「あ!駄目だ」

皆の涙が期せずして犬の死骸に注がれた。

ジガレン、カンフル、ロジノン、リンゲル、トリパンブラウ等々の空箱や、アンプールが山積だ。散薬の袋、水薬の壜、皮下注射器、静脈注射器が雑然とかなしい。

やりかけたリンゲルが天井から、長いゴム管をだらりとさげて、その先に太い針が痛々しく光つて居る。

 

急に犬相が変つた犬の死骸からは異様な臭気を出して、噛んで居る舌が気味悪い。

むかむかわき上つて來る雷雲の様に、肺も心臓も無茶苦茶にかきたてられる。たまりかねた私は子供を抱いて木枯の吹く夜の野をさ迷つた。

 

堪へかねて野分吹く夜をさ迷へば

雲間に星の光りみだれき

 

みだるゝ星群をながめながら、生き物を趣味とする悲哀を思ふ時、體中を冷たい何物かが流れた。

翌日も〃A號の熱は更に退かず、私は検温器を疑ひ出した。先づ自分と妻の検温をしてみる。正確である。

長い熱になれたA號は検温器を見せれば、足をあげて用意し、聴音器を持つていけば胸を広げて出す。全く慢性患者気取りで、却つていぢらしくてなさけない。

長い〃有熱状態に衰弱が目立つて來た或る朝、不吉にも鴉が黒い羽を、たゝき乍らA號の屋根の上を鳴いて行く。寒椿の花がポタリと落ちる。

 

病犬を憂い居るときまが鳥の

近くし鳴けば心をのゝく

 

B號も何んだか食慾が旺盛でない。先年一度に三頭を失はれた南理事の、轍を踏むのではないかと、いやな豫感に私はぶちのめされてしまつた。

心臓はコカの粉末で摩擦された様にしびれ、腸は煮えくり返つて下腹部をしつかり押へて居なければ、ぶつ倒れさうである。仕事は手につかず、氷雨の空の様に、冷たくなつて泣いて居る日が續く。

死せしC號はM医執刀のもとに解剖され、試みに脾臓、鼻汁を他の仔犬五頭に注射してみた。一週しても十日たつても五頭の仔犬は喜々として遊び、更にヂステンパーの症状を出さない。

 

忘れもされぬ十二月二十六日、失心したロボツトの様に炬燵にヒツクリカヘツテ、死んだC號を追憶し、A號の豫後などを気に病んで居ると電話である。

A號を心配してくれた松本氏からの電話であつた。

ヘルガ號がA號に酷似した病気をした事があり、尚他にも関西には、これに似た不可解の病気があつた。斯うした治療をしてみてはどうかと細々、薬の名前等々を教へてくれた。

受話器をかけたら涙がこみ上げてどうにもならなかつた。他人の犬にまで、かくも親切に配慮してくれる犬友の心づくしを思つた時、有り難いやら、うれしいやら、五尺の男と云へども泣かないでは居られなかつた。

 

A號の消化器が達者だから栄養療法をと考へ、肝臓にホーレン草をしき込んで、牛乳の空瓶に入れ、一日八百グラム位づゝ、口を押しあけて注ぎ込んだ。

體があたゝまるからとばかりに、新宿から馬肉を届けさせて、これも無理矢理に喰はせる。牛乳は一日に七八合、不思議に腹をこはさない。

あらゆる栄養、きくと云ふ薬から薬、ナムナジン、エレクトラゴール、銀エルクロイド、ヤトレン、ヒリン、トリパンブラウ、トリパフラビン、ロジノン、アベノン、ヂガレン等々高價薬であらうが、何であらうがヂヤンヂヤンやつた。

月末の拂ひが出來ようが出來まいが、そんなことはどうでもいゝ。只A號を達者にしさへすれば、私のすべての望は叶ふのだ。

 

實を吐けば、餘りの長い経過に私はもうあはてゝ居るのだ。

私は自分がA號の體へもぐり込んで行つて、例へば血液の様にA號の體中をまはりまはつて、ひそみかくれて居る病原の奴郎を取り除いてやらうと思ひつめる位だ。

第三者から見たら、阿呆らしいかも知れんが。

 

痛飲馬食する私、その私に飼はれる犬だけあつて病気をして居ても宅の犬はよく食べる。

C號だつて死ぬるまで食つて居た。A號と同じ部屋でねてやる。左後脚を痛めて居り、栄養が衰弱して碌に歩けない體を、ドタンバタンねて居る枕のさきを行つたり來たりして、落ちついて居ない。

「這へば立て、立てば歩けの親心」

脳に変化が來たのか、苦しいのか、変んに気をまはして眠れない。夜中に起きて「診療医典」の精神病科などをおつぴろげてみる。

 

私の妹は小さい時、どの医者も匙を投げた重態で、死ぬる日をまつて居たさうだが、とある人からマムシ酒を貰つて達者になつたと母から聞いて居たので買ひに出かけた。

十二月三十日、新宿は歳暮の雑踏で、人波が渦巻いて居る。

その中を力なく、もまれもまれて夜店をのぞき、薬屋を伺ひ、蛇やに這入り、あのトグロを巻いたガチガチのマムシをゴリンゴリン磨つて居るのをポカンとみて居る姿。それは自分の姿とは思へない、みぢめな姿である。

もう科学も迷信も、医学も噂も滅茶苦茶だ。

斯くていむべく昭和七年は、今日も亦A號に四十度の熱を残して暮れてゆく。

 

昭和七年一月の始め、ぼんやりした、無刺戟なるわが生活に、何か強い刺戟もがなと、左の様な歌を作つたが、あとになつて、つまらぬことは、夢にも望むものでないと後悔した。

 

舌咽喉焼けてたゞれよウイスキー

われ強烈の刺戟を慾す

 

處女杯のその瞬間のウイスキー

ちりゝと舌を焼きて気味よき

 

じりじりと舌に焼けつきて小気味よき

レアオールドはわれを生かせる

 

こんな歌を作つて二三日すると、來たわ!來たわ!

猛烈の刺戟が、續け様に襲つて來た。

即ち一月十四日突如として義姉死し、翌日、風の如く親友は逝き、陽春の四月と云ふに長男嵐、疫痢に将に死なんとして二ヶ月の病床。○○○が起り、××××、××し、後半期になりて目の廻はる様な金の暴騰、愛犬C號の死、そしてA號の年越の大病である。

おー、きゝめあらたかな、何んと矢継早の大刺戟ではなかつたか。こんな一年を追憶しながら除夜の鐘の、腹綿に沁み通る時、A號の後脚はピクリピクリ気味悪く痙攣して居るのである。

 

故里からは用事あり、是非正月三が日だけでも帰省せよと、八十歳になんなんとして居る父から、三通の手紙が來て居る。老い先き短き老親に對して、犬が病気だから帰れないとは云つてやれない―田舎の人は犬など眼中にないのであるから―、何とかして一日でもいゝから帰省しようと土産を買はせたが、私を一人たよりに病んで居る犬の目を見ると身をさかるゝ思ひだ。

さかれて體が二つになればいゝと思つた。

遂に産みの父をいつはつた。「運悪く年末にあって重態の患者を控えて居り、それに昨日手術した患者もあれば、どうしても帰省することが出來ません。自ら選んだ医業の義理、残念ながら」云々と。

 

迎へて昭和八年、私は生れて初めて神棚を作つた。

一日、二日、三日、正月の三が日である。A號の頭でも撫でて遊んでやらうと思うへば、額に小皺をよせてハウスの奥の方へまるまつてしまふ。

 

レコードに拍子合はせて踊れども

子は笑まざりき悲しかりけり

 

こんな歌を思ひ出して淋しい正月だ。

 

正月五日、N理事のすゝめによりトリパフラピンの静脈注射をしてみた。五日の夕方である。

指折り数へれば、A號が病みついて既に四十五日目にして初めて三十九度臺を割つて三十八度五分。

私はA號へ抱きついた。涙で眼鏡が曇る。

翌六日の朝は三十八度四分。私は床が抜ける程踊つた。

レコードはまはる。

モナ、リザ、オ!モナ、リザ……、イン、ユア、リツトル、スマイル

ステツプがA號のハウスの廻りを踊り歩く。門松が急に艶々して、松と竹が風にそよぐ。

六日、七日、八日、九日、十日も平熱である。解熱と共に左後脚も癒つて、霜柱の庭も物かわ、子供と遊んで「持つて來い」なんてやつて居る。

 

自分の子に初めて嫁でも取つてやつて、その若夫婦が庭に喜々として遊んで居るのを、眼鏡越しに見て悦に入つて居る親の心地がした。

妻も女中もモロに喜ぶ。私は自分の生命が助かつた様な気がした。

 

昭和八年、いゝぞ、いゝぞ。我には更生の、元気の八年でなくてはならない。

雨降て地かたまる。

子供も犬も病むことなく、達者でガツチリ行かうぞ行かうぞ。長男嵐が危篤から救はれた時のうれしさそのまゝだ。

 

花笑ふめぐみの春のまどゐなり

命たすかりし子もほがらなに

 

すくすくと子は快方に向ひけり

日本晴れの花は満開

(一月十日)

 

嵐文「ハツピイ、エンド」より

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2016-05-18 23:50:18

陸軍獣医資材本廠

テーマ:犬の団体/組織
陸軍獣医資材本廠廠歌

水野廣徳 作詞
山田耕筰 作曲

1、
都の真西武蔵野の 名残をここに松林
勲(いさおし)高く立川の 緑ぞ深く色きそふ
匂ふや紫 我等の色章(しるし)
陸軍獣医材料廠

2、
皇紀は二千六百年 めでたき年に礎(いしずえ)を
初めて据ゑし職場に 集まる男女幾千人
献身奉公 我等の信條(ちかい)
勉めよ励め諸共に

3、
玲瓏(れいろう)富士の偉容(すがた)をば 朝夕高く仰ぎつつ
心は清く身は強く 絞れる弦の弛みなく
忠君愛國 我等の精神(こころ)
鍛へよ磨け日本魂

4、
炎熱夏の汗しぼり 厳寒冬の血は凍る
暁霜を踏みゆきて 夜半の星に送らるる
銃後の固めは 我等の責務(つとめ)
守れや防げ 皇國日本(おほみくに)



立川
立川に設立された陸軍獣医資材本廠

日本軍が規定する軍用動物は、ウマ、イヌ、ハト、ロバ、ラバ、ゾウ、ラクダ、トナカイでした。
これら多様な動物を大規模配備していた日本軍は、健康管理や医療を担う獣医団を編成。
獣医師の支援機関としては、陸軍省兵部局獣医課をはじめ、獣医部将校を育成する陸軍獣医学校、そして獣医用器材を調達補給する獣医資材廠などがありました。
また、「活兵器という呼称は馬や犬をモノ扱いする弊害を生む」として「軍用動物」へ改めさせたのも、かれら陸軍獣医団の将校たちでした。
しかし旧世代の軍人たち(その多くが昇進した偉いサン)は相変わらず「活兵器」と呼び続け、マスメディア側もそちらに便乗。陸軍獣医団の苦労も空しく、戦後の日本人まで「動物兵器」などという造語を生み出しております。
言葉の持つイメージとは、なかなか変え難いものがあるのですね。

今回ご紹介するのは、立川にあった陸軍資材本廠です。
日本の獣医学史を辿るには、軍用動物の医療衛生分野についても取り上げる必要があります。黒歴史として直視しないのも結構ですけど、そうなると馬関係の記録がゴッソリ削られることに。

陸軍では活兵器として益々重要性を増してゐる軍用動物の資源確保のため、新たに陸軍獣医資材廠を設置することとなり、二十日付官報でこれについての勅令を公布、八月一日から實施する。
今事変に勇士達の手足となり、或は通信に或は連絡、運搬に活躍してゐる軍馬、軍用犬、鳩等の涙ぐましい働きは既に銃後にも知れ渡るつてゐるが、これ等軍用動物の病気の治療と豫防に完璧を期して将来戦に備へるため、従来衛生材料廠内で行はれてゐた獣医材料及び蹄鉄の製造研究等を分離獨立させて、新設の獣医資材廠で行ふ。
例へば馬の鞍傷を防ぐために愛馬袴の製造改良を行ふとか、軍用動物の風土病の豫防薬や傳染病の注射液の研究や補給を司るなど、治療から一歩を進めて豫防に重點を置き、本廠を東京(立川市)に、支廠その他を所要の地に置いて物言はぬ兵士の戦力増進に貢献する事になる。

犬界二ユース「陸軍獣医資材廠新設さる」より 昭和15年

以下は陸軍獣医団の史料より。

創設と開廳祝賀式の概況

一、獣医資材廠創設前の状況

我が陸軍に於ける獣医材料の補給業務は、明治三十一年以前に在りては専ら陸軍省騎兵課に於て處理し、又之が制式の改成等に就ては軍馬衛生會議に諮詢し決定するの制なりしが、明治三十一年三月勅令第四十二號陸軍衛生材料廠條令公布せられ、獣医材料は同廠に於て取扱ふこととなり、獣医部職員(獣医は兼勤とし、一等蹄鉄工長を専任す)配属せらる。
而して其の後に於ける獣医材料の整備、補給関係法規改廃等を按ずるに、當時者竝諸先輩の跡歴然たるものありて、今日獣医資材の躍進的發達と本廠の創設に想ひを致す時、實に感慨無量なるものあり。
翻つて獣医資材廠獨立の必要性に関しては、すでに明治三十二年十月(陸達第百十一號)衛生材料、獣医材料取扱規則の改定に依り、陸軍衛生材料廠は専ら戦用品の保管竝各地衛戍病院の依託品調弁を取扱ふこととなりたる際、早くも獣医材料の取扱を分離すべき態勢を胎蔵せるものと謂ふべく、爾来先輩不断の努力に依り、幾多の曲折を経て偶々昭和十二年支那事変勃發に伴い獣医材料の整備補給の畫期的進展を見るや、遂に昭和十四年六月陸軍省馬政課より「陸軍獣医材料廠の獨立に就て」具體的意見提出せられ、関係者の絶大なる努力と當局者の正しき理解とに依り、茲に年來待望せる本廠の創設を見たるものなり。

二、獣医資材廠の創設と現況
前述の如く、獣医資材の補給業務は従來陸軍衛生材料廠の一分課として實施し來れるも支那事変以來補給資材厖大となり、仕事量は豫算に於て衛生材料の二分の一以上に達し、事変前に比し三十餘倍に増加し、且加ふるに獣医資材と衛生資材とは資材の性質に於て大いに相違あるを認識せられ、茲に多年の待望結實し、昭和十五年七月勅令第四百八十一號を以て獣医材料廠の創設を見、同年八月一日本廠を東京に、支廠を奉天(同時に大連出張所を有し、其の後昭和十七年五月一日釜山出張所を開設)に、本廠亦出張所を大阪に夫々獨立して、其の業務を継續せり。
而して本廠は東京府下立川に、支廠は奉天郊外(北方○粁)○○屯に夫々土地を取得し、本廠は同年十月下旬より工事に着手し、同十六年五月以降工事の進捗に伴ひ時局補給業務を處理しつゝ、傍ら逐次移転を始め、同年七月七日立川に於て本廠の事務を開設し、最も困難なる製造部の諸施設を移し、本年十一月を以て全部移転完了を見るに至れり。
奉天支廠の建設も亦概ね本廠と前後し着々進歩し、昭和十六年十二月、殆んど主力は移転を了したり。
又本廠大阪出張所は昭和十七年四月、兵庫縣川邉郡伊丹町の北方地區に目下建設工事中にして、昭和十八年五月頃には移転し得る見込みなり。
斯の如く本支廠共に関係各方面の絶大なる盡力により建設の基礎成り、爾後順調なる發達を遂げ、諸施設概ね完成せるを以て、奉天支廠は昭和十七年十月一日、本廠は同年十一月一日、夫々開廳の式典を挙行せり。

「陸軍獣医資材本廠便り」より 昭和18年


陸軍獣医資材本廠
自宅の資料棚を漁ったら出てきたブツ。
獣医資材本廠は、このような品々の補給を行っていました。


立川に住んでいた頃、あの街にそんな施設があった事など知りもしませんでした。
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2016-05-16 22:22:21

スター(愛玩犬)

テーマ:犬籍簿・ペットと番犬
生年月日 不明
犬種 シェパード
性別 牡
地域 東京府
飼主 澤田退蔵氏

軍用犬大行進の記事で登場した、澤田退蔵博士の愛犬です。
http://ameblo.jp/wa500/entry-11816571745.html


犬
勢揃いした澤田一家

今度の後援會で、犬の出るのを希望する方が多い様ですからとの御話で、皆さんから是非出してと言う御勧めがございましたので、俄に出す事に致しましたが、こゝ一年餘り主人が健康を害したために、ろく〃訓練もさせず、運動もさせず、家庭犬としてたゞ愛撫のみに過した愛犬スターが、ステーヂに立つと申す事はどうかととても心配致しました。
それと同時に親心とでも申ませうか、心配のうちにもどうぞよくやつて、皆さんの御期待に添うよう、多少でも後援會の奉仕にならばと申す氣持で、一ぱいでした。


犬
上野でのスター號訓練實演。 昭和5年頃

犬
澤田博士とスター號

「スターよ、御前はステーヂへ立つかい」と尋ねますと、頂垂れて手を私の前へ出します。
「それともおさらひもしてないから止めようかい」と申ますと、今度は大きなからだをよくごみなぞある時拂う様に、ごみもないのに、頭からからだをブル〃と横にふりました。
なにが通じたか知りませんが、未熟ながらも務めますと云う意味を現はした事でしよう。



犬
澤田夫人とスター號

犬
令嬢百合子さんとドライブ中のスター

井上さん(俳優の井上正夫)の御話の様に、小さい子をおさらひにだしたと同じ様に、愛犬がステーヂに立つた時は、胸のときめきを覚えました。
どうか無事にやつてくれゝばよいがと、其事ばかりで落付きませんでした。


犬
日比谷公会堂における「軍犬の夕」にて、澤田博士とスター號の公演。 昭和8年

済みましてホツト一息、皆さまから意外の御讃辞をうけましてまた存じ上げたお方からも御讃めに預り、まあよかつたと安堵の胸をなでおろしました。
家族の愛撫に背かず、どうにか務めてくれたスターは、初舞臺につかれしにや、主人の帰ります頃は、火燵のそばで高鼾でした。



犬

犬
澤田百合子さんとスターと仔犬たち。いずれも昭和9年

今日は二三の知人より、電話でよくキチン〃とやつたにはすつかり感心したなどと、おだてられました。
そして中には、今までポインター計り飼つていたが、今度は是非シエパードにするとおつしやる方もありました。
これから春を共に可愛いらしいシエパードの仔犬が、ぞく〃それ〃のご家庭へ愛育される事でしよう。
それでこそ今度の後援會も大に意義があり、御盡力なすつた皆様もさぞ御満足の事と存じます。


「スターの母より」 昭和8年
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2016-05-15 23:59:31

北九州のシェパード・日本犬訓練實演會 昭和9年

テーマ:品評/競技会

拝啓

其後は絶えて御無音に打過ぎ失禮仕り候が、當地にての日本犬熱を大に挙げ居り候。

殊に訓練に就ては實績益々進み居り、來年四月頃には基本訓練及び高等訓練を終了する日本犬十頭余を出すにさして困難ならざるものと存じ居り候。

去る四月小倉市に於て関西セパード畜犬共進會、及び五月十日の門司市招魂祭に於て、小生愛犬雷號の訓練を公開仕り候。

先づ小倉にて多大の好評を博し、又門司にては七千の観衆有之セパード犬の訓練には一向拍手なかりしも、雷號の訓練に於ては満場の拍手を得、日本犬の面目を大に挙げしは甚だ痛快事とする處に有之候。

當地の模様は何れ後便にて詳細報告仕る可く候。

 

尚、訓練犬に適する猪犬の産地を知り直接入手する好都合を得候へば、希望者には今後(一字欠)々と世話致す所存。然る上は當地に於て會員も大いに増す事と存じ候。

其の他にも九州にて日本犬の産地發見仕り候が、此の地は未だ余り世に知られざる所にて候へば、多大なる興味を有し居り候へば、何れ近日調査に参る考にて候。

次に入會者三名紹介仕り候。

會員は近日中に小生の分と共に振替にて送金仕る可く候。

先は乱筆乍右要用迄。

末乍ら御令室様によろしく御傳言御願申上げ度、何れ詳細報告致し度と存じ居り候。

敬具

 

追伸

明日福岡に軍用犬協會支部のセパード犬展覧會訓練競技會有之可それに参り福岡佐賀方面の會員を訪づれる心算にて候。

 

前川憲策

 

「九州に於ける日本犬の訓練公開」より

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2016-05-15 23:44:58

第一回アイヌ犬観賞會 昭和9年5月

テーマ:催事/会合

第一回アイヌ犬観賞會は前月御報告の如く五月十二日(土)、十三日(日)の両日午前十一時より午後二時まで札幌市丸井デパート屋上に於て開催され、約六十頭近い出陳があり、特に千歳アイヌ四名、熊狩犬を引き連れて來會する等中々の盛會でありました由。

尚此秋には第二回展を開催する計畫の由。

保存會員宮本彰一郎氏は参観のため渡道し、同地愛犬家と意見交換を行つた。アイヌ犬保存會員左記決定し、近々登録業務開始の由であります。

 

委員

渡邊、島津、牧野、傳法、油井の諸氏。

 

「アイヌ犬保存會主催・アイヌ犬観賞會」より

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2016-05-14 19:18:39

診察用犬の保定器 大正3年

テーマ:犬用品カタログ

 

輓曳犬の用途増加の結果、猟用に番用に愛玩用に警察用に、将た軍用に一として用ひざるはなく、疾病も亦之に伴ひ益々頻々たり。

然とも犬の保定器に就ては未だ完備せる者一、二にして、皆生理、病理用の複雑せる者にして、臨床上不便の點あり。

 

近來、東京内藤新宿町二丁目蹄鉄工矢ケ崎貞次郎氏の考案に係る犬保定器を本学家畜病院に於て試験せられん事を依頼せらる。

本器は一の金属製固定彎柱に付するに、腹帯及頸帯、口角帯、足帯(革及び厚羅紗製にして、鉸具を以て連結す)を固定し、後端を前肢の後方に於て腹帯、腹帯盤(後方に二ケの孔を備へ、固定彎柱の後端を差込む)にて體に固定せられ、全く前半身の屈曲を豫防し、又後體の手術部位の舐噬をも防ぎ、之に付属として八字形の金属製輪金二ケを存し(一ケに二個の足枷を挿入しあり)、以て四肢を調整固定し腹帯盤の後方の固定輪に結紮せしむ(次圖の如し)。

 

此器の最も特徴とするは固定柱に付着する頸帯の上下に自由にして、大小何れの犬にも使用し得る者にして、軽便且つ携帯上犬病治療に従事する者の欠べからざる要具なり。

 

「新案犬の保定器」より

 

 

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2016-05-14 10:17:33

愛犬家とは 昭和11年

テーマ:動物愛護/虐待

一年々々犬を飼ふ人が増えて來ます。

つまり愛犬家が増えて來たのだと云へます。軍用犬などの流行も随分犬好きの人を増やした事になつてゐませう。

しかし僕は、愛犬家の増えたことを人から聞く度にこんな氣持がするのです。それは昔から犬を飼つてゐる人、つまり犬の好きな人が随分あるのに、何故近頃愛犬家が増えたと定つて云はれるのでせうか、と。

それについて僕はかう思ひます。

西洋種の、金のかかつた犬を飼ふ人が増えて來る事を指して、愛犬家の増えて來るといふのではないか。それなら愛犬家増加とは非常にイヤな流行語であると思ひます。

何の何種と云ふことの出來ぬ雑種犬でも、可愛いがつて育てる人があれば、それが取りも直さず、立派な愛犬家と云へる譯ではありませんか。

僕はさう思つてゐるのですが、でも犬通は左様は云はないやうで、舶来の高價な犬を飼つてゐるやうな人ばかりが愛犬家だと云ひます。

愛犬家と云ふ意味が果してさうであるとするなら、私は愛犬家から籍を抜きたいと思ひます。

 

高價な犬だから當の飼主は無論、使用人まで犬を大切にする。

こんな犬は何處にでもゐる犬だと云つて粗末にする。

かういふことは趣味の物、例へば書畫、骨董、盆栽などには得て有勝ちです。無論書畫骨董類にあつても、これはよい話ではありませんが、まだ我慢が出來るとして、犬は生物なのですから、そこを考へてやりたいものです。

 

右も左も分らない子供、可愛いゝ子供、それを抱いてゐるために、群衆の中で誰れでも譲歩してくれるやうに思つてゐる親がありますが、こんなのは醜いものです。

非常に高價な犬、大切にしてゐる犬、それを連れてゐるために、他のどんな犬にでも横暴迫害を加へて行けると思ふ飼主。

これも亦醜いものです。

 

大體犬は大昔から人によく慣れる動物で、而も正直なものです。

だから飼主の飼ふ氣持ちによつては、犬も亦随分その氣持の様にならないとも限りません。

犬は飼主の性質により同じ様になると云はれてゐます。かういふ譯で、飼ひ主の飼ひ方、飼ふ氣持ちの如何によつては、人に可愛がられるべき犬も、憎まれることになるかも知れません。飼ふ人は、この點に氣をつけねばならぬと思ふのです。そしてすべての犬を平等に愛さなければいけないと思ひます。

 

往來を無心に家へ急ぐ犬に、何の理由もなく石を投げる子供。こんなことがあるので犬も真つ直ぐに、正直になれないとも云はれます。

一體どつちが悪いのですか。

大體犬は正直な、忠實な動物だと僕は思つてゐます。

 

藤井浩祐「真の愛犬家」より

 

この当時の藤井浩佑さんは「浩祐」だったんですね。

 

 

 

 

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2016-05-08 12:29:39

金澤の犬猫の飼主へ 大正3年

テーマ:国/地域

飼主の注意

犬や猫を飼ふ人は其の動物に對して相當の注意をはらつて貰はねばならない。

中には随分躾け方の悪い犬や猫が居るので、常に其近所達の人々に非常に迷惑をかけて居つても、飼主が之れを少しも知らぬ事がある故に、罪もない其飼主が犬や猫の為めに蔭で非常に悪く思はれて居るものがあるから、犬や猫の飼主たるものは大に注意すべき事であらうと思ふ。

之れは亦私共の立脚場として云はねばならぬのである。

 

猫を嚙む癖の犬

猫と犬とは元來餘り仲のよいものではないが、夫れでも躾け方に依りどうでも出來るものである。

猫が犬に嚙まれて、負傷して私の方へ診察に來るのが少くとも月に五六頭はある。夫れには色々原因もあるが、猫を見ると只もう無闇に嚙み附きたくてならない癖の犬が居る。場合に依りて人も嚙む。

勿論癖とは云ふものゝ狂的で一種の病である。

此病気は私が八年の間に漸く三例しかみない位で、最も尠いものである。而して夫れも皆東京で診たものであるが、多くの場合は狂犬病と誤診さるゝのであつて、剖検と動物試験との結果に依而定るのである。

幸にも當石川縣では二三十年間も狂犬病が發生せないのは我々人畜にとりて、此の上もない結構なる事ではあるが、近く岐阜縣まで來てゐるのだから決して油断は出來ぬ。

目下私の病院へ骨折と股関節脱臼等で入院して居る金澤市の太郎田氏の猫は、附近の某材木屋の犬に嚙まれたのであるが、其犬がふとしたら病的のものであるらしい。今日までに随分澤山の被害猫があると云ふ事である。

 

猫の嫉妬心

又猫同志の嚙み合ひがあるが、就中猫兒と牝猫が牡猫に嚙殺さるゝ場合が最も澤山にある。

又嫉妬心に依つてやらるゝのが珍しくない。一體牡猫は其發情するとき非常に夫を選ぶもので、どんなに執固く口説かれても自分の好まない牡には決して許さないものである。

故に牝を口説いた牡が其後牝の妊娠して居るのを見ると、嫉妬心を起して嚙みつくのである。

過日も金澤停車場前の高田三郎氏の飼猫が最早や臨月に近き肩で呼吸して居るのを、例の肱鉄をくはされた牡が見付けて忽ち嫉妬心を起して、其横腹へ嚙付いたのである。

私が往診したときは傷口から大腸小腸殆んど全部が脱出して、實に惨憺極まるものであつたが、整復してから一日を経て斃れて仕舞つた。

こんな例は又珍らしくはない。動物の本能を露骨に發揮すると云ふのは確かに此等を云ふのであらう。

 

猫と鶏の雛

猫は鼠を捕つてさへ居ればよいのであるが、鶏の雛を捕る事も中々上手なものである。勿論犬だつても油断は出來ぬが、猫よりか其被害は尠ない。

何れにしても、餘程注意して貰はねばならぬ。此頃鳩大になつた雛を今日も一羽、明日も一羽と捕られては、どんな人でも腹の立つものはない。

さりとて一々飼主へ厳談を申込むと云ふ譯にもゆかぬものであるから、鶏の飼主が捕られぬ様に注意するは勿論であるけれども、犬や猫の飼主も亦そんな事がないか、あつてはならぬと常に注意を怠らぬ様にして貰ひたいものである。

大正三、一〇、二八

 

金澤家畜病院 吉田雄次郎「犬猫の飼主へ」より

 

 

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2016-05-01 12:15:20

2016年5月度月報

テーマ:近況報告

今回の震災では知人や取引先も被災しまして、あまりの被害の大きさに驚いています。
熊本へ支援物資を届けに行った同僚の話では、高速道路を下りた途端ひどい渋滞に巻き込まれたとか。道路が寸断された状況下で被災地へ赴いても、救助や復旧や物流の邪魔になるだけですか。
他に困っている事はないかと先方に連絡したら、「この状態では新入社員の研修ができない」との返事。そういえば入社式や入学式があったばかりですね。
仕事の分野は違えど、基本的な新人教育はどの会社も似たようなものでしょう。という事で、相談の上こちらで何人か預かることにしました。

 

5月になって多くの地域では復旧も進みつつあるようで、「出張研修」も先日で終了。一日も早い被災地の復興を願うばかりです。
暫くはブログの更新も控え目にしつつ7年目に突入。

 

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