昔々あるところに
こんな犬達がいました

という内容のブログです。






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2017-07-24 21:50:52

盲導犬オルティ、大阪来訪記(その2) 昭和13年

テーマ:事件/出来事

前回の続き。

http://ameblo.jp/wa500/entry-12295047580.html

 

盲導犬の解説が終わったところで、いきなりゴードンさんとオルティが大阪へ到着したところから始まります。

 

 

ゴルドン氏曰く

「私を態々ホテル迄お出迎へ下さつて、大阪城を見せて戴くのを非常に感謝します。何卒よろしく」

と冒頭して會話はつづく。

ゴルドン様、この犬は幾歳ですか?

「九歳です」

何時買はれましたか?

「今から約六年前です。生れたのはスイスで、訓練もスイスで受けました。丁度六年間私のよい相手として働いてくれてゐます」

牝ですな。

「ハー、牝です。牝ですけれども、私は仔犬を生ませませぬ」

何でですか?

「仔犬を産ませますと多感性となり、且つ仔犬の為めに氣を取られて知ことも粗漏になるからです」

牡犬と牝犬と何ちらが盲導犬として適しますか?

「それは牝の方がよろしいです。何でならば、牡は一年中何時でも牝さへ見れば飛んで行きたがりますが、牝だと一年に二回しか發情が來ませぬ。だから牝の方がよい譯です。日本は訓練熱は盛んですか?」

今度はゴルドン氏からの質問である。

そうですな、大体愛犬家はモツト訓練をやらなければならないのですが、日本ではそれ程迄訓練してゐる人は少い様です。訓練よりも展覧會に興味を持つてゐる人の方がズツト多い様ですな。

「シエパード犬を本位とした會が幾つありますか?」

日本シエパード犬協會の外に帝國軍用犬協會があります。

「帝國軍用犬協會では訓練はやりませぬか?」

相當にやつてゐる様ですが、主として軍用方面に関係ある課目が多く、随つて盲導犬といふ方面の訓練は聞きませぬ。

「あなた方のJSVでは大阪支部の會員幾人ありますか?」

三百五十名位でせう。そして之等の人々は一頭乃至二頭位は持つてゐませう。

「私は大体黒い毛の犬が好きですが、日本では如何でせう」

一番好かれるのはやはり背黒でせう。然しグレイを好く人も相當ありますから、先づ背黒とグレイ半々といふ處でせうな。

「日本では真黒はドウでせう?」

一枚黒はあまり好かれない様ですな。今アメリカでは盲導犬として活動してゐる犬は何頭位ありますか?

「サアー、三百頭位のものですか」

訓練士は何人位居りますか?

「アメリカも盲導犬にはまだ経験が浅いので少いです。元來獨逸から見倣つてやつてゐるので、今日では僅か六人位のものでせう」

訓練士になるのにどの位かかりますか?

「やはり五六年しないと一人前のよい訓練士になれない様に聞いてゐます。」

すると約六人の訓練士が今日迄三百頭の犬を訓練した事になりますな。

「ハア、さうです」

一頭の犬を訓練するのに何ヶ月位かかりますか?

「三ヶ月で卒業させる事が出來ます」

犬の扱者(盲人)は何ヶ月位指導を受けますか?

「一ヶ月でよろしい」

私が永らく貴國のシエパード犬雑誌を購讀してゐますが、その記事によると犬の中には盲導犬に適しない素質のものや、又扱者が指導を完全に修得せずして中途で断念するもの、或は又犬を買つても暫くして返却する人もある様に承知してゐますが、あれは何故ですか?

「私達が犬が學校で犬を買ふ時に、一二週間ばかり目的の犬と共に人犬親和や、その他の盲學振、及びその犬の氣質を試験し、若し具合が悪ければ他の犬と取換へるのです。だからこれでよいと思つて連れて帰つた犬でも後になつていけなかつたり、初めは云ふ事を聞いてゐても後になつて云ふ事を聞かなくなる犬などがありますから、返されるのです。然しかうして一二週間も試験した後つれて帰るのですから、返却される様な犬はホンの僅かなものです」

 

次回、ゴードン氏大阪城へ。

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2017-07-23 23:56:10

ガーバン(猟犬)

テーマ:犬籍簿・猟犬

生年月日 大正10年生まれ

犬種 イングリッシュセッター

性別 牡

地域 三重縣

飼主 伊達宗一氏

 

同年生れだし、関西地方だし、このガーバンと同じ犬かな?

http://ameblo.jp/wa500/entry-11838196775.html

 

 

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2017-07-23 23:54:49

ジリー(猟犬)

テーマ:犬籍簿・猟犬

生年月日 不明

犬種 アイリッシュセッター

性別 牡

地域 神奈川縣

飼主 鈴木仙之助氏

 

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2017-07-23 23:52:01

カロー(猟犬)

テーマ:犬籍簿・猟犬

生年月日 不明

犬種 イングリッシュセッター

性別 牡

地域 大阪府

飼主 柴田丑之助氏

 

こちらのカローとは、……別の猟犬みたいですね。

http://ameblo.jp/wa500/entry-11288374846.html

 

 

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2017-07-23 23:50:03

チャンセロ(種牡犬)

テーマ:犬籍簿・ペットと番犬

生年月日 不明

犬種 ブルドッグ

性別 牡

地域 大阪府

飼主 関西猟犬商會

 

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2017-07-23 23:49:48

セミラー(猟犬)

テーマ:犬籍簿・猟犬

生年月日 大正9年生まれ

犬種 イングリッシュセッター

性別 牝

地域 三重縣

飼主 中尾熊太郎氏

 

 

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2017-07-23 23:46:22

レキスター(猟犬)

テーマ:犬籍簿・猟犬
生年月日 大正10年生まれ
犬種 ポインター
性別 牡
地域 三重縣

飼主は、ラベシタ號と同じ中尾熊太郎さん

http://ameblo.jp/wa500/entry-11884624773.html




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犬
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2017-07-23 23:36:27

盲導犬オルティ、大阪来訪記(その1) 昭和13年

テーマ:事件/出来事

昭和13年に日本を訪れた米国盲導犬オルティは、日本のマスコミはもちろん、畜犬、福祉、医療、軍関係者から大きな注目を浴びました。東京第一陸軍病院におけるゴードン氏の盲導犬講演は陸軍省医務局を動かし、翌年の失明軍人誘導犬輸入事業へと繋がる訳です。

ただ、現在伝えられるそのどれもコレもが東京の記録ばかり。ゴードン氏とオルティは京都~大阪方面も訪れていますので、今回から大阪での歓迎ぶりから帰国までを御紹介しましょう(長くなるので複数回に分けます)。

 

 

もし私達が盲人であつたら!かうした思ひが胸に浮かぶ時、いふにいへない淋しみと哀れみに満される。生の途中で光をなくした人、生れつき見えない人、ことに最近の事変で國の為め貴い光を失はれた方々に對しては、禁じ得ない情の湧き出でるものがある。

今これ等の人々の失明から受ける不自由を援ひ得る適當な方法が發案せられたとすれば、如何に喜ばれる事であらう。

この意味において私達犬に趣味を持つ者の間では早くから盲導犬の話があり、何とかしてこれを實現したいものだといふ希望をもつてゐるのである。

 

時あたかも新聞で、「盲導犬東京に現る……」の記事が出た。盲導犬が來た?暫くは疑つて見たが、事實観光客ゴルドン氏が米國より愛犬をつれて来朝したのであつた。

「大阪へも來てくれないかしら……」

こんなことを念じてゐる矢先、氏は東京―京都を経て漂然大阪に現はれた。早速會つて見て共に語つて呉れないかと交渉すると、四月一日にしやうと云つて一日を割當ててくれた。

そこで吾々會員は有志數名と相謀り、大阪城に案内し、その傍ら人出の盛る往來や室内の誘導振を見せて貰ふ事にした。これからその模様を書きたいと思ふのであるが、それより前に盲導犬といふ事について少し話してみる事にしやう。

 

盲導犬とは讀んで字の如く盲人の歩行を安全ならしめる様に導く犬である。といへば餘り簡単すぎてわからないかも知れないが、今假りに雑踏した道を盲人が通行しやうとする場合、この犬を連れて居れば、あらゆる障碍や人足を巧みに避けて安全に通行し得る様に訓練した犬をいふのである。ただ通行路ばかりでなく、すべての乗物、各種の階段等の上り下りにも盲人は安心して何の憂ひもなく常人同様に通る事が出來るのである。

然らばこんな犬はどうして出來るか。それは訓練より外に道はない。教へればどんな犬でも覚えるかも知れないかも知れないが、萬能使役犬としてのシエパード犬が今日の處最も適當な盲導犬となつてゐる。

この訓練は中々骨の折れる事甚だしいのであつて、訓練場には各種の模型を造り、例へば汽車の踏切、階段、エレベーター等實際に即した交通路を造つて、それによつて教へるのである。

そして犬が訓練を受けると同時に扱者(盲人)も如何にして犬を扱ふかを習ふのである。犬と扱者の間には革製の犬具がつけてある。犬の動作はこの犬具を通じて扱者の手に應へる事になつてゐる。だから扱者は常にこの犬具を左手で握り、犬を自分の左側につけて歩いて居れば、犬を通じて止つたり、歩んだり、左右へ曲つたりする事が一々分る譯である。

 

尚、盲導犬に適した性質の犬といへば、あまり鋭敏なものや、ガサガサ動く性質のものはよくない。それと同時に攻撃性の強い所謂軍用に適したものはよくはなく、落着いたしかも理智的なものを歓迎されることになつてゐる。訓練の完成した犬は實に涙の滲む様な忠勤振をこなすものがある。

しからばこんな重寶な盲導犬は何時頃から活用される様になつたか。

それは今から二十數年前、欧州大戦の時ドイツ兵に多數の失明者が出來たのを憂へ、ドイツ人によつて考案されたのが始まりである。初めの内はその効果も疑はれたのであるが、一年餘の努力の甲斐は着々と實を結んで、終に確實な自信と効果が表はれたのであるが、一年有餘にして獨逸陸軍大臣の感状を受け、訓練所も處々方々に増設するといふ發展振を示したのであつた。かくして世の中に多數の盲導犬を送り、所謂出征によつて目をなくした軍人及在來の盲人達に多大の福祉を與へたのである。

この事業がドイツから他國へ移り、今では欧州各國の間に盛んに利用され、アメリカにおいても相當の成績をあげてゐる。

ところでこの訓練された犬は誰でも使用出來るかといへば、必ずしも左様とはいはれない。やはり犬の好きな人でなければ具合の悪い點が多い。何となれば犬といふ動物は主人の氣持を鋭く解するもので、本當に愛してくれる人でなければ本當の人犬親和が得られないからである。また犬は食はさなければならない上に訓練された犬は相當に値段が高いから、赤貧洗ふといつた人には不向である。もつともこんな人々の為めに補助制度や月賦制度などで犬の利用を奨励してゐる向もある。

以上は盲導犬の概略ではあるが、上述の記事を参考として次の會話の内容を讀んで貰へば一層よく分ると思ふ。

 

芝池彌太郎「米國観光客ゴルドン氏と語る」より

 

次回、ゴードン氏来阪。

 

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2017-07-22 23:37:49

従軍通訳 上海戦線 昭和12~13年

テーマ:戦場の犬達

戦渦の上海に通譯として御活躍中の中村芳太郎氏から、次の様な便りを頂きました。S犬フアンの我々に示唆多いお便り、しかも生々しい現地よりのお便り。
我々は中村氏の御健闘を祈りつつこのお便りを拝讀したいと存じます。

「御変りありませんか。當方幾度か死線を越えつつも何うやら元氣、通譯として馳せ廻つて居ります。

最近○○部隊、何れも○○隊に二、三頭の犬を連行して居ります。大部分は無訓練犬、何うする積りでせう。戦線に行つて持て余す事火を見るより明か。犬取扱兵も全然経験なし、徴發して直に連れて來たらしい。犬の食事も人間並らしいが、犬が食べず困つて居ました。余り無茶過ぎます。
平常から充分此の點心掛けて置かねばなりません。
もう少し役に立ちそうなのを送つて、此の絶好の機會に試験し、その結果の成績から軍部及び一般が進んで飼育する様宣傳せねばならないのに、下手するとこれが分水嶺となつてS犬は皆から飽かれる様になり、姿を消すのではないかと案じて居ります。大いに注意してその結果を見、その都度報告しませう。
相馬様(※新宿中村屋の相馬安雄社長)によろしく。ではまた。
只今敵の空襲を受けて居ります。

 

十月五日夜 在上海 中村芳太郎」
「上海便り」より

 

 

中村氏からシエパード犬の涙ぐましい働きが傳へられました。S犬フアンにとつては彼等の素晴しい活躍が我が事の様に嬉しいものです。中村氏の御健在とS犬の活躍を祈りたいと存じます。

 

「暫く御無沙汰いたしました。戦勝の春、御目出度う御座います。十一月より表記部隊専属義勇通譯となって出勤して居ります。

數日前漸く會社との連絡がついて貴信二通拝受した様な始末、悪しからず。出勤後、○○、○○、○○と三度の敵前上陸部隊の輸送も大成功に終へ、只今○○で、1000人近い支那人苦力を使用して晝夜の別なく多忙を極めた日々を送つて居ります。色々申上げ度いのですが、今はその餘暇もありません。

昨年十月中旬上海の自分等の會社に宿泊し、出動した○○部隊のシエパード犬○頭の内一頭は訓練済み。他の○頭は未訓練犬の事とて、何うした成績かと案じて居ましたが、はからずも其内の一頭と當○○にて出逢ひ夢かと驚いた様なわけでしたが、その犬の取扱兵と色々話した處、他の○頭は全部戦死、しかも○○○の激戦中は弾薬の運搬や水の輸送に明けても暮れても体の持つのが不思議な位馳けずり廻り、中でも訓練済みの一頭は体の両側に水筒四つづゞつけて、500米の處を日に二三十回も往復して水に苦しみぬいて居た部隊を數日間も助けて呉れたのにと涙を流して話して居ました。

「犬と云ふ奴は賢いもので、弾の洗禮を續けて受けて居ると敵の銃聲がして危険と思ふと自然に伏せしたまゝ汝までも銃聲の消へる迄待つ様になつた」と犬の頭も人間に劣らぬとS犬フアンに取つて何よりも嬉しい話をして呉れました。

その外行軍の途中や輸送した部隊の内で見た所、軍用犬二三十頭もありましたが、大部分は悲観論を聞かされました。

「犬は遠い鐵砲聲は兎角、近い音に對しては全然駄目」と、何れも異口同音に語つて居ました。少々考へねばならない事と思ひます。

會報久し振りで當地で拝見、まさかこんな處で拝讀しようとは思もよらぬ事でした。日毎の激労に疲労しては居ましたが、何よりの心の糧とばかり寸刻の間も体からはなさず讀み終へました。

犬好きは何うしても犬で無ければ治まりません。こゝ二三ヶ月もすれば帰れる様になりませう。必ず参上致します。その節はよろしく。

陣中多忙中の事とて乱筆乱文御免、では又。

 

一月卅日於鎮江 上海派遣軍里見部隊

通譯 中村芳太郎」

「戦線便り」より

 

まだ緒戦であった第二次上海事変の段階で、充分に訓練を積んだ軍犬班が払底しつつあった事がわかります。
日中両軍が膨大な損害を出した上海の戦いでは、多数の軍犬も犠牲となりました。その穴を埋めるため仕立てられた「即席軍犬兵」「未訓練犬」たちは、戦いの中でノウハウを学ぶ派目になったのです。
「日本の軍犬は大活躍した」「いや、役立たずだった」という相反する主張は、ベテラン軍犬兵と素人軍犬兵が混在していた戦地の状況が原因です。

上海デニス・ケンネルの蕃殖犬たちを救おうと奔走した中村さんですが、抗日運動に身を投じたデニス・チェン氏はシェパードの繁殖を放棄。
上海犬界は崩壊し、多くの名犬たちが戦渦に巻き込まれました。

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2017-07-21 23:59:50

徳州 北支派遣軍山口部隊 昭和12年

テーマ:戦場の犬達
上海から南京へと戦線が急速に拡大していく中、まだ初戦の段階では中国との早期停戦や内地犬界への復帰を語る余裕もありました。
磯谷さんはエディの飼主です。
http://ameblo.jp/wa500/entry-11311126690.html


拝啓 其の後非常に御無沙汰してゐます。
お便りをせねばならないと思ひ乍ら多忙に取りまぎれて失禮いたしました。

七月二十四日宇品を出帆して八月三日天津に着くまで色々と苦労し、又敵襲にも會ひました。
當時天津驛前は人馬の死體が散乱して悲惨なものでした。
八月七日、特別任務を帯びて単身豊台に前進し、幾度か死線を突破し、豊台に本隊の着くのを待つて第一線の業務を開始し、晝夜銃砲声の中に九月末日まで豊台にゐました。
その間には兵二名を連れて南口の激戦地にも行きました。
南口は實にヒドイ山で、我軍はここで随分苦戦しました。

内地から交代部隊が到着したので十月一日天津に引上げました。現在の天津はもう平静なものです。
近日我隊は〇〇方面へ前進することになつてゐます。
戦況は却つて内地の方々がよくお判りだらうと思ひます。
我々は一部分のことはよく判りますが、全體のこと、殊に上海方面のこと(※第二次上海事変)は判らないので困ります。
内地も動員々々でなか〃さわがしいらしいですネ。

犬界の其後は如何ですか。
先日JSVが大阪で展覧會をやつた筈ですがどんな結果でした。
いつも犬の研究を送つて頂いてなつかしく拝見してゐます。
一昨日も十一月號落手しました。有難うございます。
こちらの犬界のことも少し調べて通信したいと思つてゐますが、まだその暇がないので残念です。
シエパードは随分たくさん目につきますが、いづれもあまりよいものはゐないやうです。
又化粧(※体色)は申し合したやうにシルバーグレーばかりです。
軍用としては主として警戒に使つてゐます。豊台では食糧の集積場で、夜間盗みに来た支那人をうまくつかまへたこともありますが、まだ〃間に合ふといふ程のことは云へないやうですが、その方面では相當成績もあげてるらしいです。
軍用犬としての活動状態等、この機會に御通信しやうと思つてゐますが、もう少し待つて下さい。
犬界の人々にも、こちらの話を通信しやうと思ひ乍ら、その余暇がないので皆失禮してゐますから、よろしくお傳へ下さい。

磯谷道良 「北支より」 昭和12年



先日は御手紙頂き返事を書かう書かうと思ひ乍ら、實は十一月中頃から前進命令が下つて、移動のため準備に追はれ、遂に出状する機會がありませんでした。
去る二十二日、いよいよ出發することになり、トラツクに三百臺程の衛生材料と共に徳縣(徳州)に前進して来ました。當地は電燈もなく河の水を飲んでゐるやうな處です。
今までの最低温度は零下十度位で、日中は零度以上五度位まで上りますから割合に楽です。皇軍もこれからいよいよ済南へ向つて前進するでせうし、我々も遠からず済南入りをして行くことと思つてゐます。
今は黄河をはさんで對陣の形です。
兄の御手紙により、去る七日の展覧會の模様を知り、實になつかしく思ひました。貴殿の作出犬もいよいよ本物になつて來ましたネ。早く帰つて皆様達と犬談に花を咲かす日を楽しみにしてゐます。
一昨日今井君から展覧會のプログラムを送つてくれましたので、當日の出陳犬もよく判りました。又審査陣の変つたのに驚きましたネ。役員連の中にも随分変つた顔ぶれが見られますね。審査員補助の今井定一、永井誠の両君はよくやつてくれたでせうか。
両君はいつも小生の宅へ來て犬談を交へたグループの人ですから氣にかかります。今井君が當日寫した寫眞を發送してくれたらしいですがまだ着きません。楽しみにして待つてゐます。
兄から一番多くお便りを頂いていつもろくろくお返事も出さず、さぞ御立腹のこととは思ひますが何分軍務多忙のためその機を得ませんのでお許し下さい。
その代り小生も一身を君國に捧げて活躍してゐますからどうか御安心下さい。
いろいろと面白い戦争の話も澤山出来ました。
兄と話し合ふ日を楽しみにしてゐます。御一家の御健康を祈ります。又お便りします。
皆様によろしく。

十一月三十日

これからの宛名は
北支派遣山口部隊氣付奥田隊 陸軍薬剤少尉 磯谷道良



永らくの間皆様方へ御無音致し誠に失禮を重ねて居りますが、九月末に天津到着及十月末日當豊台へ移動以来此處に二日、彼處に三日と派遣になり、戦場に残置された兵器、糧食、戦利品の蒐集に、亦敗残兵討伐に一日の休業もなく勤務致し居ります次第、悪しからず御諒察下さい。
貴家様には小生入隊以来度々御親切に御訪ねします由御禮も申し上げたいと思つて居りますが、失禮ながら御住所を失念、本日迄御無禮致しました。留守の者は何れ犬の運動や飼育にも充分でないと思ひますから、今後共宜敷御願ひ申し上げます。
支部宛に私の見た北支の犬の事でも通信したいとは思ひますが、如上の事情と夜はローソクの光では何んとも出來ませず今日に及んで居ります。
豊台の付近は皇軍の兵士が沢山居つて何等の事もありませんが、平漢線の涿縣、高碑台、易縣等は山地に敗残兵が相當多く居つて夜は銃撃盛んに聞へて來ます。十三日私等も易縣に敗残兵現はるの情報に出掛けましたが、逃亡後とて無為に帰りました。
亦明日から永定河畔のタンク蒐集に参ります。
私等の任務は兵站部の蒐集班で、戦闘部隊の様に華々しい手柄は機會に恵まれませんから誠に残念ですが、一意専心任務の遂行で皆様の御期待に副ふ決心で居ります。
月例研究會は引続き御開催でしようか。
我が愛するS犬が三頭、寒風吹き、粉雪ちらつく豊台の駅裏に物品監視に夜を明かして居りますが、ふしだらになり勝ちな人間の歩哨も恥ずかしい位忠實に監視して居ります。犬の観賞度は、誠に淋しい骨格や、毛色はグレーの粗末な犬です。
内地での毛色や犬柄に重きを置く飼育方針から考へて一考を要すと思ひます。
研究會でも一つ蕃殖を重きに見るも誠に結構ですが、訓練に重點を置いて益々向上を計つて頂き度いと思ひます。
磯谷(道良)氏が天津に居られる由ですが遂に遭へず、奥村良一様が當豊台に居らるる由で尋ね歩いて居りますがいまだ御逢ひ出來ません。
私等の豊台での任務も少くなりましたから、御逢ひせずに移動するかも分かりません。
内地でも次第に向寒ですから御自愛下さる様祈ります。甚だ乱筆で文もまとまらず失禮致しましたが、出立前の少しの暇を見ての事ですから悪からず御免下さい。何れ小康を得次第御通信申し上げます。
研究會御出席の皆様及委員の皆様へ宜敷御傳言願ひます。

十一月廿二日
津田栄造



御通信有難く拝誦、愈々御健祥の趣大慶に存じ奉候。
JSVの大會の模様も先日愚息より番組を送り來りしを見て脾肉の嘆に堪えず、來春の會には是非共出場致し度存居候。
當地も十日程以前迄は氣持の悪い程暖い上天氣が續き、阪神の氣候等は比較にならぬ暖氣を感じ候も、二日間小雨あり、遂に小雪を見て後は、一昨々日よりお天氣はよけれど、急に相當厚い氷を見るに至り候。
然し之れとても平緩線方面に活躍の前線部隊に比すれば物の數に無之と存候。
最近前線部隊の者にて餘り前線の状況を悲惨なるものの如く誇張して内地に通信するものあり。又前線後方を問はず軍の行動等に関して機密事項を通信するもの等ありて、目下郵便物は厳重に査問を受ける事となり、それが為め郵便物の延着又は不着多き為め、餘り詳細なる現地の報道は致し兼ね候。何れ無事凱旋の節は色々とお話出來得る事と存候。
復員の豫想も區々にて、私共の考では既に上海を完全に占領されたる今日、経済封鎖は殆んど完全に行はれ、支那軍の此の上の抵抗は単に口先きの強がりに過ぎざるべく、餘り無理に交戦を續くるに於ては内乱の恐れもあるかと思はれ候。
山東方面の戦況も大局は既に決したると思しく、其他北支方面は既に黄河の線へは出たるも同じ位に戦況は進展致し居るらしく、山西の共産軍の如きが、時々後方を脅かすとの報あるも、何れも敗残兵の寒氣に向つての悪あがきに過ぎず、年内には日本に有利に停戦協定が成立するに非ざるやと被存候。
然し乍ら今後の警備については相當の兵力を要すべく、どの位の兵力を残置するかは窺知し得ざるも、復員の始まるのは來春早々の事には非ざるかと被存候。
尤も此處一ヶ年位はとても凱旋の望なしと云ふ向きもあれど、警備に残る部隊にありては來春櫻の花は内地に於て見られる事かと期待致し居候。
出征の為めに蕃殖も二回飛ばし候次第、クレタ(愛犬)も追々と年をとる事故氣が氣でなく、來春は是非共一回蕃殖致し度く存居候。唯今回の會にて、牝仔アスラが二席に入賞せしがせめてもの慰めに御座候。
内地の面白き状況有之候はば御通信願上候。内地も追々と寒氣酷しく相成る折柄、御自愛専一に祈上候。
十一月二日朝
豊台にて 奥村良一

河南高鷲霜雪園主人「戦場だより」より 昭和13年









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