軍用動物とは(後編)
テーマ:戦争の犬達 軍用動物此の時第〇〇隊の駄馬三頭負傷せり。
而して病馬を直ちに敵弾死角内に収容して治療に任しありし時、又々飛来せる流弾は不幸にも島田軍曹の左胸部を貫き彼は軍馬に施すべき繃帯を堅く握り締めた儘莞爾として寒風戎衣を吹く新墻河畔に壮烈なる戦死を遂げたり。
故島田曹長は一昨十五年九月〇〇山砲兵〇隊に獣医部下士官として赴任以来、席の温まる遑なき連続的作戦に常に勇躍して参加し、部隊馬衛生向上の為日夜真摯なる努力を続け来り。
實に模範とするに足る下士官なりき。
「陸軍獣医團要報」より 昭和17年
軍用動物の運用管理には多大な労力と費用と物資と、そして犠牲を要しました。
「国費で調達された軍の装備品」ですから、粗末に扱われていた訳ではありません。
それでは前篇 からの続きを。
日本軍の定める正式な軍用動物は、馬、鳩、犬、象、驢馬、騾馬、駱駝、馴鹿。
では、戦場にはどのような動物達がいたのか。
後編では、軍用動物と戦場のペットについて取上げます。
【ウマ】
洋の東西を問わず最も重要な軍用動物であり、近代軍隊の機動力と兵站を支えていました。
騎兵部隊の乗馬と輜重部隊や砲兵部隊の駄馬・輓馬に大別されます。
大掛かりな養育設備を必要とし、調達・飼育・繁殖・訓練・装備・健康管理・運用にコストがかかるのが難点。
●日本軍の兵站も馬が支えていました。写真の軍用輓馬は、日除けの陣笠を被っています。
【ロバ、ラバ】
粗食に耐えることから、馬の代役として用いられています。
中国戦線にて、軍馬と軍ロバ。 昭和12年
【ラクダ】
アラビアのロレンスで有名な軍用ラクダ。
乾燥地帯では、馬の代わりとして活用されました。画像は日本軍の駱駝。
【ヤギ】
山羊乳やマスコットの目的で山羊を飼うケースが見られました。
英軍には将校待遇のヤギもいましたが、公の場で暴れて降格されたとか。
沖縄の在日米軍基地でも、除草用にヤギを飼っていたニュースがあったような……。
陣地へ迷い込んだヤギに餌を与える日本兵
【羊】
羊毛と羊皮は重要な軍需物資でした。明治政府は富国強兵策として牧羊を導入しましたし、各国でも革製航空服の素材などに多用されています。
食肉としても活用されており、エチオピアへ侵攻したイタリア軍などは、航空機からパラシュート投下で前線部隊に羊を補給していました。
【トナカイ】
トナカイも制式の軍用動物です。北欧やソ連軍では冬季の輸送任務に使用していました。
そのまんまサンタクロースの方式で。
【ウシ】
牛や水牛は、専ら輸送・食肉・皮革用でした。
インパール作戦では輸送兼食用でしたか。あまりにも悲惨な結果となってしまいましたけれど。
戦闘で使われた例としては、田単や木曾義仲による「火牛の計」が有名ですね(真偽は不明)。
荷物を運ぶ軍牛。中国戦線にて
【ゾウ】
シャム王国の戦闘象が有名です。密林地帯での輸送手段としても活用されました。
第1次大戦ではドイツの動物園から借り出された象が、第2次大戦でも南方戦線の日本軍部隊で象が使用されています。
【ブタ】
食肉や実験用。
陸軍獣医学校では、小銃弾による創傷調査のために豚や馬を使った射撃実験を行っています。
日本兵と三輪車と子豚。
【サル】
南方戦線の兵士たちは、ペットとして猿を飼っていました。
芝公園の軍用動物慰霊施設計画では、化学兵器や医療研究用の実験台として猿も慰霊対象となっています。
【イヌ】
警戒・捜索・伝令・救護・運搬などで使われました。このブログで解説します。
【クマ】
日露戦争中、ロシア軍部隊がマスコットとして熊の“ニエーシカ(ミューシカ)”を飼っていました。
後に日本軍の倉辻中佐がミューシカを入手し、久邇宮殿下へ寄贈されたとか。
ポーランド軍でも熊の”ヴォイテク”を飼っていたそうです。
●画像は日本軍に鹵獲されたニエーシカ。「日露戦争写真画報」より、明治37年。
食肉・防寒毛皮用。
化学兵器・医療研究用、防空演習の爆風・火災被害研究でも実験台として多用されています。
【ネズミ】
ほとんどが実験用。戦時食糧危機の際、軍用犬の飼料としても研究されたことがあります。
英軍の潜水艇では、有毒ガス探知用に鼠を飼育していました。
どちらかというと、食料を食い荒らしたり病気を媒介する迷惑な存在でした。
車内へ潜り込んだネズミに電気配線を齧られ、ドイツ軍の戦車隊が行動不能に陥ったという事例もあります。
ペットとしては、戦時中の児童文学にネズミを愛育する日本軍兵士の物語が掲載されていますね。
●英国海軍の潜航艇で飼育されていた有毒ガス警報用ハツカネズミ。明治38年
【ネコ】
ネズミ退治用に塹壕や艦船で飼育されていましたが、あまり役には立たなかった様です。
第1次大戦中の塹壕戦では、満腹になったらネズミを追わなくなる猫ではなく、ゲーム感覚でネズミを駆逐し続けるテリア犬が多用されていました。
この子はオスカーではありません。第1次世界大戦にて。
●熾烈なラバウル攻防戦の合間に、猫と戯れる日本海軍パイロット。昭和19年
【トラ】
日露戦争中、大連の動物園に収容された虎も元はロシア軍将校のペットだったそうです。
「同将校が愛人の日本人女性をトラに食い殺させた」との噂で投石事件が相次いだ為、「此虎宮内省に献納するなれば決して粗末にすべからず」との看板が立てられました。
流石に「皇国の守護者」みたいな使い方は無理です。
【ヒョウ】
実在の軍用豹としては、陸軍歩兵第236連隊第1大隊第8中隊で飼育されていた「ハチ」がいます。
中国の白砂舗という所では、野生のヒョウが出没していました。
昭和16年、地元住民からの依頼により、同地に駐屯していた第8中隊の成岡正久曹長らが豹退治に出かけます。
親には逃げられるも2頭の幼豹を捕獲し、うち1頭に第8中隊の名を取ってハチ公と命名。部隊での飼育を開始します。
中隊のマスコットとして愛育されたハチは、ペットを通り越して部隊の一員となっていきました。
完全に放し飼い状態だったのですが、夜間歩哨任務へ同行するほど兵士に馴つき、ヒョウの存在を恐れて不審者が近寄らないという効果もあったとか。
彼の格闘能力は極めて高く、戦いを挑んだ同大隊の軍用シェパードを一撃で殺害。
やがて、部隊ではその力を持て余すようになってしまいます。
その後、第8中隊は前線に出動。
止む無く上野動物園に寄贈されたハチ(その際、「八紘」に改名)ですが、戦争末期に猛獣殺処分の犠牲となりました。
【アシカ、アザラシ】
アメリカ海軍の軍用アシカは、イラク戦争などで敷設機雷の捜索などに使われています。
第2次大戦時のスウェーデン海軍では、ドイツ軍の潜水艦対策として自爆アザラシを研究していました。
海軍グラフ(※お堅い軍事雑誌です)掲載 「おっとセーラー」より 昭和12年
【イルカ、ベルーガ】
冷戦時代、米ソ両軍が盛んに研究していました。
掃海作業や海没した航空機や艦船の捜索などが任務。
中には、敵フロッグマンの呼吸装置破壊訓練を受けた「殺人イルカ」も存在するとか。
【ハト】
昔から長距離高速通信手段として利用されてきました。
第一次大戦中に包囲された仏軍ヴォー要塞で、唯一の連絡手段として伝書鳩が活躍した話は有名です。
但し、悪天候時や夜間は運用困難、また猛禽類の襲撃や敵の狙撃によって目的地へ到達できない場合もありました。
迷子になる鳩も結構多かった様で、日露戦争中にはロシア軍鳩が静岡と香川に舞い降り、運んでいた文書が解読されるという珍事件も記録されています。
日本軍の伝書鳩研究機関としては、千葉の歩兵学校及び中野の軍用鳩調査委員会が有名。
中国軍初の軍鳩・軍犬部隊「特種通信隊」も、中野委員会出身の黄瀛氏(日本では詩人として有名です)によって設立されています。
●日露戦争で伝書鳩を使うロシア軍。戦時画報より、明治37年。
【タカ】
明治21年の新聞に、「敵の伝書鳩を狩る為、ドイツ軍が日本及び朝鮮産の鷹を購入計画中」との記事があります。
これにヒントを得たのか、日露戦争末期には対伝書鳩用の鷹と隼が宮内省(鷹匠を管轄)の協力を得て訓練されました。
訓練地域の転換などに手間取り、結局は実戦投入前に戦争は終結。
日露戦争中は、吉兆として猛禽類を飼っている日本海軍艦も幾つかありました。
【カナリア】
有毒ガスの探知用として古くから炭鉱などで使われてきました。
第1次大戦以降、化学兵器の警報装置として飼育されています。
ペットとしても愛育されており、日本海海戦で撃沈されたロシア艦の水兵がカナリアの籠を抱えたまま捕虜になったという話もあります。
毒ガス攻撃警戒の為、カナリアの篭を提げて進軍する日本海軍陸戦隊員。背負っているのはガスマスク。
昭和13年
【アヒル、ガチョウ】
陸軍士官学校では、戦地自活用食料としてアヒル・鶏・鯉の飼育が規定されていました。
ガチョウを警報装置として飼育するという利用法もあります(ゴルゴ13で読んだ記憶が)。
【ニワトリ】
こちらも自活用食料としての扱い。
ブルー・ピーコックという特殊な例もありますが。
【コイ】
何でも食べて水質汚染にも耐える鯉は、陸軍士官学校の現地自活食料として指定されています。
軍隊はさまざまな人間の集合体です。その中には、結構な数の生物オタクが混じっていました。
愛馬、愛犬、愛鳩、愛猫家なんて当り前。
中国戦線でバードウォッチングに熱中したり、シベリア出征中に猟師から貰った狼の仔を育てたり、ノモンハンの激戦地で猛禽を育てたり、孤立したキスカ島で
狐を飼ったり、南方でオオトカゲやワニを飼ったり、軍艦内でフクロウや鷹や子犬を飼ったり、日本海軍がコモドオオトカゲを皇室に献上したりといったエピ
ソードには事欠きません。
そういえば、ヒギンズの小説「鷲は舞い降りた」にも、鳥オタクのドイツ降下猟兵隊員が登場しますよね。
●日露戦争中、戦艦朝日で飼育されていた2羽のフクロウ。明治37年
戦場に於いて、動物は軍事任務に利用されるだけではなく、人々の心を慰めてくれる存在でもあったのでしょう。
これら軍用動物のうち、機械技術の進歩と共に馬と鳩などは退場。
その中で、紀元前から現代まで廃れることなく使われ続けているのが軍用犬。
古代の白兵戦用戦闘犬から近代的軍用犬へと進化した彼等は、今なお爆発物捜索などで活躍中です。
「戦争の犬達」の項では、それら軍用犬について取上げます。
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