生年月日 昭和7年大阪生まれ 
犬種 シェパード
性別 牝
地域 京都府
飼主 黒田和三郎氏

帝國ノ犬達-ネリー


私が軍用犬を飼育することになつたのは昭和七年九月初旬より満洲に慰問に行きました際、鞍山獨立守備隊にて軍用犬の御話を聞かしてもらつたのが軍用犬の飼ひ始めであります。
其後京都使役犬訓練学校々長木村栄三郎氏の紹介にて大阪宮川覚氏の犬舎に父ホルスト・フオン・グロツケンブリンク、母ガツレ・フオン・フラウエンホルツを親として生れた仔がネリー・フオム・テムペルフルスであります。
私がネリーを譲り受けたのは生れて五十二日の仔犬で、しかも冬の寒い日でありましたが、其後一度として風邪もひかず、発育よく成長してくれました。
月日は矢の如くの譬への様に六ヶ月頃に成つた時、木村氏よりの訓練の方を教へて貰ひ、毎日々々訓練に努力して居ります。
内其の年の十月大阪支部第一回展覧會に出陳したのが初陣で、入賞すること七回に及びました。

第一回大阪支部展第三席入賞
第一回奈良支部展第二席入賞
第一回京都支部展第一席入賞
第三回大阪支部展第三席入賞
第二回京都支部展第一席入賞
第二回京都支部訓練大會第四席入賞
第三回京都支部訓練大會第二席入賞

本年五月一、二日本部五周年記念展覧會に京都支部代表犬として出場し、又今回の功労章を授与せられるといふことは、私やネリーのみの力でなく支部會員一同の御後援の賜と深く感謝いたす次第で御座います。

時は昭和十一年六月二十六日午前四時頃、木村君からの使にて大津署から犬をつれて来てくれとのことであります。
私はすぐ準備にかゝつて居ますと、大津署の自動車が来ました。
車中にはピーター號 、吉田氏、木村氏が乗つて居られました。私は天春君のネリーと共に、自動車の人となりました。
自動車はゴーストツプもなんのその、京都の市中を東に京津國道を進みました。
警察官は非常線をはつておられる中を大津警察署に着きました。
それより部長の案内にて休憩所に入り、部長よりのお話では犯人は元警察官で、悪事を働き留置所に入れて居つたのが留置所を破り、逃げたと云ふ事で、幸に犯人の着物下駄が残してありました。
犯人は着物をぬぎ海中に飛込み逃げた如く見せましたが、警察では山中に逃げたのだとの事で、早速準備に取りかゝり、ピーターも、ネリーも犯人の着物を十分に嗅ぎ廻つて、それより留置所に行き、犯人の足跡を辿り海岸に出ました。犯人が石壁から飛降りた足跡を二頭の犬は追つて走り出しました。
私は嬉しかつた。
一日も早く犯人の手がゝりがあればよいと犬に引かれる儘に山の方へと走りました。
私等の後には警察官が四名ついて来て下さいましたが、山に入ると道が二筋に別れました。
ネリーは左、ピーターは右にこゝで二隊に別れ、私は天春君と二人の警察官との組であつた。
ネリーは山道を昇り草中に入り、松林の中を走り、谷間に降りました。
そこには小家がありました。ネリーは家の外を嗅ぎ廻つて畑道に出で、又山の中を走りだしました。
其處で吉田氏の一隊に出會ひました。

其處には大きな木が切つてあり、一同は休憩しようと近よればネリーは其の木の廻りを嗅ぎ廻した後、東とも西ともつかぬ方向へ走りだしました。私も走りました。
そして山中に一軒家がありました。二頭の犬はそれを嗅ぎ廻つたが手がかりがない。
ネリーは元の道に出ると再び山道を走りだしました。
すると右の方に細道がありました。
私は方角も判らず、ネリーについて走り出しましたのが東海道線を目前に見える所でした。
吉田氏はたんぼをピーター號と走つてゐます。ネリーは畑道を辿り、ある空家の裏に着きました。
木村君が此の家が怪しいと言ひました。
私と天春君の二人がネリーに着いて中に入りました。ネリーは床上床下を嗅ぎ廻つて、新聞紙に包んだ物品を咬へて来ました。
其處へ吉田氏がやつて来て、足跡に就いて云ひましたが、警察官はまだ此の山奥に居ると云ふ自信を持つて居ました。
今一度京都大津の堺を探してほしいとの事でしたが一先づ大津駅前にて晝食をとる事にしました。
犬にも食事を与へました。
ピーターもネリーも疲れて居ます。

食事が終ると私等の一行は警察署に引上げて、署長に今日のことを詳しく語り、犯人を掴まへることは出来なかつたが近くには居ないと思ふ事を申しました。
すして若しも近日に犯人が掴まつたら、軍用犬の為めに犯人の逃げた道筋を詳しく御通知下さいと御願ひして帰りました。
翌日午前二時頃逢坂山で犯人を見付けたから来てくれとの報せが参り、早速自動車に乗つて現場に着きネリー號に嗅跡を命じました。
私も続いて走りましたがネリーは二十間先で帰つて来ました。
私は不審なので引き返して警察官と話して居りますと、本署より犯人が大阪に自首したと通知がありました。
其後犯人は大津署に送られました。大津署では犯人の逃げた道筋を聞いた處、それはネリーの歩いた道と違ひなかつたので警察署の方は感心せられました。

黒田和三郎「ネリーの自慢話」より 昭和12年