私は誰?

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7月に入りました。

今年も早いもので、もう半分が過ぎたのですね。

 

6月30日に、住まいの真向かいの八幡神社で

「夏越の祓(なごしのはらえ)」がありました。

 

 

茅の輪(ちのわ)をくぐって

半年間に溜まった病と穢れを落とし

残りの半年を無事に過ごせますようにと願う行事です。

 

夜7時からのこの行事へ参加する予定にしておりましたが

急な予定変更が入り、行事への参加は間に合いませんでしたが

翌7月1日の早朝、一人で茅の輪をくぐり

半年分の穢れを落としてきました。

 

7月1日の朝はあいにくの雨模様でしたが、元氣よく行ってきます!≧(´▽`)≦

 

丁度節目の季節を迎えたことと関係があるのか

私の、身辺・心中に変化や、それを知らせる出来事が

最近、いろいろと起こっておりました。

 

このブログを綴る意味、意義

「誰に」「何を」伝えていきたいのか?

 

カウンセラーとしての私

元発声障害患者の声楽家としての私

そして、元被虐者=サバイバーとしての私・・・・

 

いろいろな視点で考えているうちに

さまざまな感情が湧き出て

自分の正直な想いというものと向き合って

 

どうしたいのか、なにを望んでいるのか

どうすることがその望みを適えることになるのか

今、この私にとっての善きことを

感じきるまで感じてみよう、としてみました。

 

そして、何となくではありますが

現時点での結論のようなものがポッと生まれ出てきました。

 

 

私がこのブログを始めたのは

声が喉で詰まって出なくなっていた

もっともつらかった時期です。

 

ジストニアは現代医療では治療法が確立されていない

原因もわかっていない、という。

こんな理不尽な病があっていいものか?

しかも、歌い手である私が声が出なくなるこの病を得たのには

いったいどういう意味があるのか?

はたまた意味などないのか?

 

もし同じジストニアという病気で苦しみ悩む人が読んだら

何か役に立つのではないか?

自分の一連の試行錯誤が

また、諦めずに試行錯誤し続ける姿そのものが

一つの例として、情報提供として、誰かの一助になれば…

そんな氣持ちがブログを書き始めた動機でした。

 

 

いつの間にか、私は自分の病を克服し

歌い手として復帰し

また、自分がカウンセリングというものを通して治癒していった経緯から

自分でもあれよあれよという間に(本当にそんな感じでした)

カウンセラーという職業を持ち

クライアントさんのお話に耳を傾ける日々を送るようになりました。

 

このブログは、私のジストニア克服の記録でもありますし

その闘病の中で思いがけず見えてきた

「被虐者であること」の告白でもありました。

 

そうした中で、次第次第に、自分でも氣づかぬうちに

ブログ記事の内容は

元被虐者、元患者としての立場から

「こうすれば苦悩から抜け出ることができますよ」というような

アドバイスになっていったように思います。

 

しかし、ここに大きな大きな矛盾がありました。

 

カウンセラーは、助言・アドバイスをしない存在です。

カウンセラーは受容者です。

そして、治す人ではなく

クライアントさんが治るのを見届ける人です。

クライアントさんは、心の法則に則って

命の力によって自ら治っていくのです。

 

カウンセラーはコーチではありません。

今、私が無料メールレターを発信することでおこなっているのは

ほぼコーチングと言っていい内容です。

 

そこに重大な矛盾を感じ、立ち止まり、考えていたのでした。

 

 

結果、心に決まったこと。

 

無料メールレターは全力で続けます。

これはコーチとして、魂を込めて書いているのです。

読者さんからのメールにも全身全霊で返信しています。

 

私はメンタルコーチの資格も取得しているのですから。

 

ただ、このメールレターを書いている時

読者さんたちと向き合う時は

カウンセラーとしての私ではない、と

はっきり自覚していなければならない、と感じました。

 

そして、このブログは…

これからのこのブログ『それでも歌って暮らしたい』は

何者としての私が書いていくのか?

 

カウンセラーとしての私は

ここには登場しないのがよいのだ、と感じました。

 

私は、ホンモノの、できれば「腕のいい」(*^-^*)

カウンセラーになりたいです。

師匠 高橋和巳先生に師事し

スーパービジョンでは鋭く至らなさを突かれあせる

それを心底ありがたいと受け取っている

まだ修行中でもあるカウンセラーなのです。

 

それもまた自分の一部であることは確かですから

これからもその一面が自然と見え隠れする記事に

なっていくことでしょう。

 

けれど、これからの記事はその時どきに感じたことを

「一生活者として」綴っていきたい、と改めて思いました。

 

被虐待者から立ち直ったサバイバーとしての私も

元発声障害患者としての私も

音楽を愛し、演奏する者としての私も

妻としての私も

すべては包括的に私自身です。

 

だから、もしかしたら、読んでくださる方にとっては

今までとさして変わりばえのしない

ブログであり続けるかもしれません。

 

けれど、私の意識は大きく変わりました。

これからもこのブログを愉しみながら書き

そして愛していきたいと思っています。

 

生きている私は、生かされている私であり

そして日々変化する私です。

感じ、想い、考察し、探求し、選択する私です。

迷い、悩み、落ち込み、頑張る私でもあります。

 

そのどれをも私は愛します。

この人生を、愛します。

幸せであることを喜びます。

 

昨日は、声楽の師匠 新南田ゆり先生のレッスンを受けて

愉しく優しくしごかれ、やはり私は恵まれているなぁ

ありがたいなぁーと汗を拭き拭きサロンを出ると

重たい雲に覆われていた梅雨空がひととき晴れて

久々の空色を見せてくれていましたドキドキ

 

 

 

古い「思い込み」の解除

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