このブログでは、何度か米の検査について紹介していますが(お米の検査  、お米の検査その2  、米の標準抽出方法について  など)、そういえばそもそもなぜ検査をするかは書いてなかったような気がします。


 なぜ検査をするかと言うと直接には、検査を受けないとその農産物について産地や品種、生産者、年産などの情報を表示してはいけないからです。全ての農産物が検査を受けなければならないと言う義務はありませんが、受けなければ「石川県で私がつくった、平成23年産米」が、単なる国産米として、どこで誰がいつ作ったかもわからないものとして出荷しなくてはならなくなるのです。


 スーパーなどの小売の現場では生産者の顔写真がついた商品もあったり、そういった商品情報を表示するのは販売の大きなメリットになっている・・・というかもうすでに常識であり、メリットどころか表示しないことが完全なデメリットで、現場ではとっくに、未検査の農産物などはなから取り扱わないと言う業者など珍しくもなんともありません。
 未検査でも扱うのは、そもそも中身の品質などほぼ気にせず、ただ値段だけ安く買い叩いて、取扱量で商売の帳尻を合わせる所であり、具体的には加工用(米菓子や味噌醤油、発泡酒等)や安い外食用などを扱う所となります。価格は普通に流通する食用銘柄米より何割も安いです。なお最近は加工用であっても検査品を求めるところの方が多いです(価格の安さはあまり変わりませんが)。


 検査には手間も暇もお金もかかりますが、それでもわざわざ行うのは、表示にそれを補って余りあるメリットがあるためです。


 さて、先日こういうニュースがありました。


福島産米の取引、じわり回復 外食中心に契約率7割超す
http://jin115.com/archives/51858836.html



東日本大震災に伴う原子力発電所事故以降、停滞していた福島県産米の取引が徐々に回復している。


JA全農福島の2011年産米の集荷量約8万トンに対する契約実績は26日までに約5万6千トンとなり、7割を超えた。
1月末に出荷価格を引き下げたことや、放射性物質の緊急調査が終わったことで、徐々に需要が戻り始めてきた。


風評被害が最も大きく、1月末までは契約がほぼゼロだった浜通り産も集荷7千トンのうち4千トン弱の契約が成立。
全農が、それまで60キログラム(1俵)あたり1万5200円だったコシヒカリの価格を1万3700円と約10%引き下げたためだ。


これは新潟県魚沼産コシヒカリ(2万3000円)や山形県のはえぬき(1万4500円)など57の品種・地域の平均出荷価格である1万5100円を下回る価格。


コメ市場では震災による在庫減で価格が高騰し、11年産の低価格米が不足している。
値下げで福島米の割安感が強まったことから、外食企業を中心にブレンド用としてのニーズが高まっている。



 元々は日経新聞に載ったニュースなのですが、元の日経のサイトからはすでに削除されているようなので、ブログから引用します。


 この話、色々なところで「外食の米は危険だ」とか「ひどい」などの感想が上がっているようです。福島県の農家を中傷していることで有名な群馬大学の早川教授もなにやら言っていたようです。http://twitter.com/koume_nouka/status/185563881035407363


 それにしても、福島の農家を中傷するとか、ネガティブキャンペーンするような人たちってなんなんでしょうね。その行為が倫理的におかしいとか言う前に、行動の結果がどうなるとか、全く考えていないんでしょうか。その結果も、福島県民が困るとかだけでなく、自分たちが困る事になると言う想像が全く無いように見えます。



 産地を伏せて販売することは(ここでは産地を伏せているのは外食産業とされています)、法的には特に違反でもなく、特に責められる謂れはありません。先に言ったように産地を表示するのは本来はメリットであって、わざと伏せるのはわざと損を引くようなものなのですが、今回は福島県と表示する方がもっと損という変わった状況が生まれて、こうなったわけです。


 そして基本的に、ふつうに流通している福島県産の米は食べても問題なく、安全です。ただ、安全であると思ってはいますが、不安だと言う人がいることはわかります(くどく念を押しておきますが「危険だ」と言う人のことは馬鹿だと思っています)。安全であっても安心できない事例は山ほどありますし。
 福島の米が不安でしょうがない人にわざわざ食べさせることもないだろうと思います。そしてその場合、重要なのは福島産を選択しない自由があることです。具体的には福島産を福島産であると認識できる仕組みがあるということです。 


 そういう意味では、福島県産の米が外食産業に回り、産地が確認できない状態になるのはいけない事でしょう。ところが、なぜこういう事態に陥ったかを考えると、福島米を中傷する人たちの役割が無視できないと考えます。


 なぜ福島米の取引業者が、本来高品質な米を捨て値で叩き売らなければならないか、しかも例年より量はだいぶ少なくなっていて、かつ放射線の検査や農地等の修繕など原価は例年よりかかっているのがわかっているのに・・・・・・というともちろん売れないからですが、売れなくなっている理由に酷いネガキャンが含まれないとはちょっと言えないでしょう。


 仮にネガキャンが実際には全く功を奏していないとしても、ネガキャンの目的は福島米の販売縮小でしょうから、売れなくなるのは目的に叶っています。
 ところが、当たり前ですが売れなくなっても在庫が消えてなくなるわけではなく、むしろ生ものの農産物は置けば置くほど即座に価値が下がっていきます。価格が下がっても売れないよりは遥かに良いので、損であっても叩き売ります。売れなければ倒産です。
 そういう姿勢に「倫理観は無いのか」のようなとんちんかんな批判をする人がいますが、安全が確認されたものを売って何が悪いのでしょうか。


 つまりネガキャンは、目論み通りうまく行けばいくほど、産地がマスクされた農産物が出回ることになり、福島産を避けたい消費者が避けられなくなる状況を余計に生みます。
 要するに福島の農産物を避けたい人は勝手に避けるのが最善であって、もちろん本当に危険なものが流通しているなら話は別ですが、そうではないのに「農家は人殺し」などわけのわからぬことを言うのは「景気が悪い」とか言いながら人の給料を下げるようなもので、全然逆効果です。


 余談ですが、産地偽装の問題に対して、未検査であっても産地は表示すべきだ!という人がいるそうですが全くありえない話です。そんなことをしたらむしろ産地偽装のハードルを下げる(というか、無くす)だけです。