野亜夢(のあむ)がイスラエルへ旅立った。


イスラエルでウルトラオーソドックスのユダヤ教徒となる為に、宗教家を目指す子達だけが通う男子校のボーディングスクールに入り厳格な食生活や祈りなどの規律に満ちた生活と学びの為に。


13歳で家を出るなんて早過ぎるよ。


ごめんね、野亜夢。10年前に日本に連れて来て。


この10年は野亜夢にとって苦しかったね。学校も、先生も友達も。


本当に心の底から繋がれる人には出会えなかったもんね。


野亜夢は前からイスラエルが大好きで日本には住みたくなかったもんね。


俺はこの10年間君に何をしてあげられただろうか?


何もしてあげられなかったね。


君が助産師さんの元、自宅出産プールの中で生まれたあの暑い日をよく覚えてるよ。目が見えるわけないのに水の中で生まれた君が水中で目を開けて初めて目を合わせた瞬間。生まれたばかりの君は頭がとんがりコーンみたいに尖っていてびっくりしたよ。もちろんすぐもどったけどね。


イスラエルにいた123年前、君がまだ歩けなかった頃、ヨガのクラスの前に、俺はよく乳母車に君を乗せて近所に散歩に行ったんだよ。ある日立ち寄った公園でちょっと目を離したすきに君は滑り台の上から落ちてしまったんだ。ごめんよ、あの時ちゃんと君を支えられなくて。


日本に来た頃には、ふじさんって言えなくて富士山を見るたびにヘブライ語訛りで「プジサーン!」て大きな声で叫んでた君はとっても可愛かったよ。電車の中でみんなの心を掴んでたね。


君が毎年夏休みにイスラエルへ行って、日本に帰って来るたびに、イスラエルに帰りたい、おじいちゃんとおばあちゃんとずっと一緒にいたいって毎晩泣いていた時、アバ(ヘブライ語でお父さん)は自分の無力さが情けなくなって、自分を否定された気持ちになって苦しかったんだ。


ある時、車の中で怒って物を投げてごめんね。叫んだりして恐怖で君を支配しようとしてごめんね。


でも、家族4人でいろんなところに行ったね。喧嘩もいっぱいしたけど良い思い出だよ。でもお父さんとお母さんの仲があまり良くなかったのは野亜夢にとって苦しかったね。


今思うと、アバは父親らしく君のことを育てられなかったという思いで後悔の念がつきまとうよ。日本に帰って来てからは、ヨガが俺にとっては何よりも優先事項だったからね。そりゃヨガなんて嫌いになるよね。お父さんが自分より大切にしてるんだもんね。君のことを第1に考えるべきだったよ。


1週間前にイスラエルの有名なカウンセラー、シャイからカウンセリングを受けた時、彼からこう言われたよ。シンには3人の子がいる、ヨガと野亜夢と夕香。ヨガが一番大事な子でいつも野亜夢と夕香はヨガだけではなく自分達も見てほしいって願ってる。今、ヨガだってもう17歳になるんだろ?そろそろ自立させてあげればいいじゃないか?だって大事なヨガとも一生付き合って行くのだから。今こそ野亜夢と向き合う時なんじゃないのかい?例え今彼が親元を離れ遠くに行ってしまおうとも、彼が一番大切だって。彼のことを諦めないって。そう思うのなら態度と言葉で伝えなさい。そうしたら野亜夢の人生に強く影響するはずだ、それをするのが今だよ。そう言われた。この数週間ヨガの仕事もレギュラークラス以外にもイベント、WS、養成講座と忙しさもピークだったけど野亜夢になるべく意識をむけるようにしていた。


そして突然決まったイスラエル行き、最後にこの間の水曜日に久しぶりに2人だけで温泉に行けてアバは嬉しかったよ。君がアバを思いやる気持ちをひしひしと感じたよ。電気風呂に恐る恐るトライする様子は幼いころの君を見ているようで可愛らしくまだまだ子供なんだって思ったよ。


俺は長い間本当に心から君のことを理解しようとしなかったのだろう。だからいつも君が興味のある事に賛同してあげられなかった。肯定してあげられなかった。だから君は宗教という道を見つけ、ユダヤ人というアイデンティティに目覚め、無意識にもっと力強くて大きくて優しい父親像を求めて旅立って行くのだろう。


そして君はこれから歩んでいきたい道を自分で見つけた。今君は、自分で決めた道を歩もうとしている。でももし、気が変わったら、やってみたけど、やっぱり違うって、ここに戻ってきたいと思ったら、いつでも戻っておいで。君の事をもっと理解しようってアバは頑張るよ。


人生なんて失敗と間違いの連続だ。それを恐れず立ち向かおうとする君はとても勇敢だと思う。アバはそんな君のことを誇りに思うよ。


でも残された妹の夕香は今日1日中つまらないつまらないって機嫌が悪かったし、イマ(お母さん)は本当に悲しくて悲しくてずっと泣いていたよ。


そこまでしても行かなきゃいけないんだよね。空港で別れる時も泣かないように我慢してたね。


アバは君のことが何よりも大切なんだよ。


君はアバの宝だよ。生まれて来てくれてありがとう。


同じことに共感できなくても、食べるものが違っても、生きる道が違っても、住みたい国が違っても、信じるものが違っても、君の言う通り俺たちはずっと親子で家族なんだよ。


君が幸せになることを心から願ってるよ。


君が生まれる前にお父さんを選んでくれてありがとう。


これからもずっと仲良くしていこうね。


愛しているよ、野亜夢。


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絵/ゆか(10歳)



アバより