宇宙の法則 神の究極の創造物 | 不幸のブログ 

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三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。



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創造主こそは人間にたいする、いわゆる”生命”の贈り主です。
また創造主は私達を通じて私たちの創造物に対する生命の贈り主でもあり、
何を創造するべきかを教えてくれる教師でもあるのです。

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私達の理解としては、生物は四次元に魂を持ち
三次元においては元素を持って作り上げた魂の器を持ち
その接点に於いて命と言う状態を与えられた存在でした。


私達が何かを作ったとしても
そこには決して魂を吹き込む事が出来ないという実態が


創造主だけが万物に生命を吹き込むことが出来る存在である
という実態を証明しています。


元々が四次元的な創造主の想いが三次元で現象化されたものが万物であり
生命のフォームとして創造主が与えたものであるからこそ
そこには生命が宿るのだと言う理解でもあります。


私達が独自に作り上げたフォームに
魂を宿らせることは出来ない。


そのフォームの魂を四次元に発生させることは出来ないからです。


それを知っているからこそ遺伝子工学は
無から生物を生むのではなくて


生きた細胞から生命体を作り上げる研究を
繰り返しているのだと思います。


そして「私たちの創造物に対する生命の贈り主」と言う表現は
私達の作り上げたものに魂を吹き込んでくれると言う意味ではなくて


創造主は、例えば私達の元素の調合含めた反応や、化学反応など
”結合の法則”とアダムスキーが言っていた各種の元素同士の結合や
反応の諸法則をも作り上げた存在だという意味だと思います。


【何を創造するべきかを教えてくれる教師】


という表現はいうまでも無く、
私達がそこから印象という形で
知識や知恵を受け止めることからも判るように


全ての知識と知恵を持っている其の意識は
私達に情報を与えてくれる存在でもありました。


「私達の見たことも無いもの、聞いたことも無いもの
あらゆる物を備えていてくれたのが神だ」


とパウロも語っていたはずです。


私達の元素を利用する知恵や法則は、
創造主の手によって私達に与えられるのだと
マスターが語っているのだと思います。


もちろんその多くは閃きや印象と言う形でです。

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無機物や元素類の化合法を知っているのは創造主であり、
それは人間ばかりでなく宇宙をも生かしていますし、


それらが(無機物や元素類が)一つのフォーム(形ある物)の体験を通じて、
より高次なフォームに適合するように高められるにつれて
創造主はさらに多くのことをやっているのです。
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先述のように私達が自分達の発見であり
もしくはそれが当たりまえだと認識している、


元素類の化合の法則や利用方法を法則として備えてくれていたのも
創造主だとマスターは言っています。


アダムスキーの話でも、創造主は
私達の進化を予定していてそのために必要なありとあらゆる物を
全て備えてくれている存在だと言うことでした。


例えば火を必要とするだろうからと
燃焼という現象を予定していたのかも知れませんし、


私達が当たり前と思っている現象も
全ては法則の存在あってこその物だと言えます。


後はそれを素材として私達が進化のために使用すれば
創造主は更なる材料をも提供してくれる
そんな話にもなるかと思います。


【より高次なフォームに適合するように高められるにつれて
創造主はさらに多くのことをやっているのです】


地球社会の中でも地球自体の進化が続いているという話でしたが
当初は大気を覆う諸元素や、


空気といわれる酸素や
大気中に大量に含まれている窒素などといった
簡単なものから出来上がり


次第に元素番号の大きな質量の多きなものが
出来上がってきたらしいことは、
地球自体の創造を科学的に分析しても、そう理解されているはずです。


希少元素といわれるレアアースなどは、
恐らくは地球の進化の晩期になって
創造されることになったと想像できますが


それを発見できる科学力のレベルになったからこそ
発見され使用されるに至るのでしょうし


もしかしたら地球によってそれが作り上げられたのも
意外と最近の事かもしれません。


今では特定元素を化合して他の元素を作り上げる技術さえ
私達は持っています。


私達が進化するに連れて、それに必要なものを与えるような環境さえ
この社会には出来上がっているのかもしれないのです。


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金星や、その他さまざまの程度に進化している惑星にいる私たちは、
無機物や元素などを、不変の新しさをもつ、
永遠に活動する創造主の表現のエッセンスとして認めています。


だから地球人が知っているような単調さはけっしてあり得ないのです。


あなたの体を構成しているこれらの元素類や無機物は
それら自身に刻まれる印象類に従うということが、あなたにも立証できます。


というのは、もし印象類が喜ばしい性質のものならば、
”人間”と呼ばれる生物も喜ばしくなるからです。


しかし怒った状態にあれば、肉体もそのように表現します。
これで肉体内の無機物や元素類は絶えず創造主に貢献していることがわかります。
そうしないとそれらは高次な表現の状態に昇華できないのです。

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元素が創造主に貢献しているという表現は、
ここでは”元素が想念を表現している”
と理解するべきもしれません。


アダムスキーが語っていたように人間の細胞は
其の想念の影響を受けては其の想いを表現するのだということです。


怒りの感覚は肉体を硬直化して
目を釣りあがらせて口を尖らせることもあります。


喜びの感情は目じりを下げさせ、
全身をやらわげ、口もとも怒りとは異なった状態に置かれる事になります。


私達はそれを当たり前であると捉えて
其の表現の齎される肉体の機能を思考しませんが


それだって私達の全身の細胞が
身をもって想念を表現している行為だと言うことです。


そしてそれはそのまま肉体を構成している細胞を
更に細かく構成している各元素が、


想念という、元々は創造主のエネルギーであるものに
貢献していることになります。

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あなたがた地球人は共同で働くよりもむしろたがいに
敵対し合う共同動作を起こす事によって、絶えず不幸を招いています。


あなたがたは源を創造主に発しながら他のものになり下がってしまいました。


自然の状態にあるかわりに自分にたいして多くの誤った概念を如えています。


ちょうど高貴な美しさをもつ美人が、多くのつまらない装身具を身に着けて、
結局その効果を高めるだけで自分の美しさをだめにするのと同じです。


 あなたがたは真の生命または英知をともなわないものを加えることによって、
これと同じことをやっているのです。

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【自然の状態にあるかわりに自分に対して多くの誤った概念を如えています】


例えば名誉、そしてプライド、更には権力。


少なくとも天使社会の人間達が一切持っては居ない価値観です。


これは私達が自分達の心に加えている誤った価値概念でもあります。。


名誉というのは自分を賛美されたいというエゴから出てくる事になりますが
そのような魅力は人間が自らの価値観で後天的に作り上げたものであり、


創造主の分身である私達の持つべき本来の能力や魅力や価値観は
すべてが創造主の贈り物ともいえます。


私達自らの肉体が創造主の表現だからです。


しかし私達は各自に与えられたその魂の器としての
肉体を司っている心を持って一人歩きしている存在です。


大元の自分のあるべき姿も資質も能力をも忘れ、
心が勝手に価値観をも作り上げ、その結果一人歩きを始めては
創造主の価値観からかけ離れた存在となっています。


何故に私達に心と言う物が与えられているのか?


それをもう一度認識して欲しいのです。


それは私達がエゴを持って暴走するためです。


創造主は完全なる創造物を
当初から作り上げる事も出来たはずです。


この創造主の世界において創造主はもちろん完全な存在ですし


自分の分身を単純に作り上げるのならば
人間の機能のすべてを自分とまったく同じ状態に
作り上げれば良かったのです。


その時すべての人間は魂をもって創造主の意思だけに従う
ロボットのような存在として


失敗をすることなく効率的に調和の空間を
作り上げていったと思います。


そして大元の意識が完全なのですから
それの分身としての人間も完全なものとして存在することになります。


しかし植物がそうであるように、
その時には私達の間には自分と相手という区別も
なかったはずです。


植物は私達が”心”と読んでいる機能を持っていない存在です。


彼らは創造主の意志によってのみ導かれて
その法則にしたがって生きています。


そして植物には自分と相手という区別はないのです。

命を吹き込んでくれた
創造主の意志を魂として共通して持っているだけです。


だからこそ彼らは自然法則に従います。


淘汰されて消えてなくなってしまうこと含めてです。


創造主が私達、創造主の分身としての人間を作り上げるときに
植物同様に私達に一切の心など与えなければ
私達はそれを持って暴走する事もなかったはずです。


その代わり私達は自分と言う意識を持つ事も出来なかった事になります。


自分と言う人間と目の前にいる人間との区別はなくなるのです。


どちらも四次元社会における創造主の意識としての
エネルギーを持ってそれに従うだけの存在になるからです。


そしてそのロボットは自らの意志を持たない
魂からの意志を実践するだけの存在となったはずです。


そして機械のように着々と働くのです。


創造主の目的である調和と美を完成するためにです。


そこでは創造物としての人間は単なる神の分身であり
神が自ら調和を作り上げているに過ぎません。


神なる存在が次のように考えたと想像しては如何でしょうか。


創造主はあくまで自分の創造物の手によって
調和と美を完成したかった。


そしてその中で一時的に完成した調和を求めたのではなくて
其の全ての創造物が進化し続ける事をも予定していた。


調和として表現される状態も
其の時々で段階が存在することになります。


さらには其の創造物として其の調和の担い手になりうるのは
自分と同様の英知をもつ存在こそがふさわしいと考え
そして自分に似せて創造物として人間を作り上げた。


ただこの人間を当初から創造物と同様の能力を与えてしまえば
彼らは創造物ではなくて創造主のロボットとして
存在してしまうことになります。


そこで私達に自分の役目を期待したのと同時に
贈り物と報酬を用意してくれたのです。


贈り物は私達が心や自由意志と呼んでいる
この肉体に備わっている脳機能であり


其の中でも自分を他人と区別して
自分を自分と意識することが出来るような能力です。


不完全な存在として作り上げられた人間は
まず独自の進化をする機会をも与えられる事になります。


そして独自の心を持たされたことで
他人と自分との区別する機能をも持つことになります。


誰もが自らの肉体を持っての経験を通じて
色々な事を体験し学ぶ機会をも与えられることになります。


そして一方では進化によって自分の実態や
自らが創造主の分身であることを知り、
自分が創造された目的を知り、自分が進むべき道を知る事になります。


そして自らが進化の過程にあることと
創造主の代理人として存在していることを知ることで
私達は魂からの意志によってそれを実現しようと努めることにもなります。


一方では創造主によって与えられた自由意志と肉体によって
自らの体験によって多くの学習をしながらです。


そこでは喜怒哀楽と言われる感情をも与えられている私達は
心を持って様々な体験をする事になります。


体験の中で喜び、怒り、悲しみ、心地良い思いや
不快な思いをしては多くのことを学ぶことにもなります。


私達は其の中で当初の創造主の予定通りの
進化と調和を創造主に代わって実現していくことになるのです。


私達に与えられた義務は進化であり万物の調和のための
よき管理者であり支配者であること。


一方与えられた報酬は私達が肉体を持って体験する
あらゆる経験とそこでの楽しみ、


そして進化するごとに増えていく私達の能力です。


当初の予定が創造物の進化であっても
そこで完全な分身を作り上げることで


其の製造過程をも想像できてしまうような世界では
創造主はつまらないと考えた。。


そこで創造主は自分の分身を作り上げ
それにあらゆる可能性を持たせることで
自分の分身のありとあらゆる表現を見たいと願った。


そして人間は進化を果たし
究極的には神に近づくことになると言う意味で
究極の創造物でもあるのだと思います。


私達は創造主が作り上げた最高の被造物のはずです。


そして私達には実際に心と自由意志と言うものが与えられました。


しかし心と言われている機能が存在しているがゆえに
時には魂からの創造主の指令を感じることなく
時には暴走することになります。


でも多くの人間達は時には進化を果たし
そして時には退化を感じ、


生命の進化の過程において山を登り谷へと下りながら

地道に高い場所へと登り続けているのです。


それを実践できている人間達は
未だ進化中の天国に住んでいます。


万物が調和と進化の過程にあるのですから
同じ調和であってもそこには段階があるのだと
いうのが金星のマスターの話でした。


彼らの社会にしても未だ未完成の状態であり
進化の途上なのです。


其の中で彼らは少しでも創造主の意志を理解して
それを実現しようと表現しては
日々進化のための体験と学習を続けています。


私達は其の生き方に学ばねばならないのです。


そして創造主の作りあげたこの社会の目的が
進化であり調和である以上


それを妨げる存在、
そして進化と調和の可能性を示すことが出来ない存在は
存在し続けることが出来ないと言うのも道理です。


そしてそれをも交えてこの宇宙空間に
創造主が作り上げたのが創造主の法則。


私達は其の空間の中で、今一番初期の進化の過程にいて、
其の資質を計られている最中だと理解すべきです。


無駄に存在しているように思われる私達の脳機能は
それが無駄ではないと言うことを
私達は転生を繰り返すことで実感する事になるはずです。


それは一度や二度の転生で其の機能をフルに発揮できるような
物ではないからです。


私達が創造主の法の学習により
進化を繰り返していく其の中で私達はこの脳機能を
地道に高めていくことにもなります。


そして其の脳機能に併せた能力が
私達には与えられることになりますし
其の機能については私達の想像を絶するものがあります。


私達のゲノムの中には用途不明のものが多く存在しているようですが
それらの機能を使用することになるのだろうと想像できますし


其の機能が解き明かされる時には
私達の潜在能力の全てが明らかになることでしょう。


そして地球社会の私達が一番最初にマスターしなければならないのは
間違いなくテレパシーです。


私達が魂を持って他人の想念を感じ、人との真の交流を実践するためにも
そして創造主の意志を感じるためにも


私達が一番最初に開花させることになる機能は
間違いなくこれだと思います。


私達はそこで理解し知ることになります。


自分達の生きている真の目的と真の喜びをです。


それは私達が、甘ったれであり欲深い心のエゴを
満足させることにより感じるものではない

万物との真の調和の中に感じる満足感なのかもしれません。


私達はそのための一歩を歩み始めたに過ぎません。


しかもひとつ間違えば
元の道へと逆戻りしてしまう可能性をも秘めたままにです。


私達の社会の多くの人間がそうであるように
創造主の法を認識することを拒否し


理解することを拒否し
心が楽な道を選択したいと願うこともあるかもしれません。


しかし其の時は自分に鞭打ってでも
自分の当初の信念を貫いてください。


私達が得ることになるものこそが本当の”命”なのです。


今は私達は人であって、創造主の分身ではない存在として
この社会で生きている事を決して忘れないでください。


狭き門を通り抜けて真の命を得た時にこそ
私達は真の自分の姿を知る事にもなる。


そして其の時こそが私達の真の進化の始まりなのだと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】