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筑前国一宮 筥崎宮(別称:筥崎八幡宮)にきております。

参拝は、この楼門の前にておこなうようです。
(確認はしてないが、昇殿参拝もできると思う)

楼門(国指定重要文化財)
文禄3年(1594)筑前領主小早川隆景が建立、三間一戸入母屋造(さんけんいっこいりもやづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)、建坪はわずか12坪であるが、三手先組(みてさきぐみ)といわれる枡組によって支えられた、83坪余りの雄大な屋根を有した豪壮な建物です。「敵国降伏」の扁額(へんがく)を掲げていることから伏敵門とも呼ばれています。
扉の太閤桐の紋様彫刻は江戸時代の名匠左甚五郎の作と伝わります。
-筥崎宮公式Webより


敵國降伏の宸筆
敵国降伏の御宸筆は本宮に伝存する第一の神宝であり紺紙に金泥で鮮やかに書かれています。 縦横約18センチで全部で三十七葉あります。
社記には醍醐天皇の御宸筆と伝わり、以後の天皇も納めれられた記録があります。特に文永11年(西暦1274)蒙古襲来により炎上した社殿の再興にあたり亀山(かめやま)上皇が納められた事跡は有名で、文禄年間、筑前領主小早川隆景が楼門を造営した時に、亀山上皇の御宸筆を謹写拡大したものが掲げられています。
-筥崎宮公式Webより

明治天皇御製
あさみどり すみわたりたる 大空の ひろきをおのが 心ともがな

ご祭神は、
(主祭神)
応神天皇
(配祀神)
神功皇后
玉依姫命 で、ございます。

相殿

本殿・拝殿(国指定重要文化財)
醍醐天皇の延喜21年(921)、大宰少弐藤原真材朝臣が神のお告げにより神殿を造営し、長徳元年(995)、大宰大弐藤原有国が回廊を造営したと伝えられています。しかしその後、元寇の戦火、兵乱などにより幾度かの興廃がありました。現存する本殿、拝殿は天文15年(1546)大宰大弐大内義隆が建立したものです。
本殿は総建坪46坪に及ぶ優秀な建物で、九間社流造(きゅうけんしゃながれづくり)、漆塗、屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、左右には車寄せがあります。拝殿は切妻造、檜皮葺で、梁組が2重になっている素木のままの端正な建物です。
-筥崎宮公式Webより

瑞垣に沿って回ってみました。







木造亀山上皇御神像(銅像原型)
福岡県指定有形文化財(彫刻) 木造亀山上皇御神像(銅像原型)
平成21年3月30日指定
亀山上皇は、第90代として即位された鎌倉時代の天皇です。
元寇に際して「身を以て国難に代わらん」と、全国の社寺に国家の安泰を祈願されました。
ここに泰安する木彫ご尊像は、亀山上皇の御姿を彫刻として表したもので、博多区の東公園に立つ銅像の原型として明治時代に制作されました。
福岡は元寇ゆかりの地ではあるが、明治時代、福岡警察署長に赴任した湯地文雄は、この地に元寇を顕彰する記念碑がないことを嘆き、元寇記念の碑として、亀山上皇の銅像を建立することを発起大規模な募金運動を開始します。
そして尊像制作の依頼を受けたのが博多出身の彫刻家 山崎朝雲です。
東京の高村光雲の元で活躍していた朝雲は、日本古来の技に西洋から導入した新しい技法を駆使し、明治35(1902)年木造亀山上皇立像を完成させます。
総高612.4㎝、明治の木像彫刻として最大級の大きさを誇り優れた写実表現をみせるこの尊像は、日本近代を代表する山崎朝雲の若き日の傑作として注目されます。
原型像は佐賀の谷口鉄工場で鋳造、明治37年銅像が完成されます。
明治時代には全国各地に数多くの銅像が建立されますがその原型像は、完成後に破棄されることが多く、現存している例は極めて希少です。
この貴重な亀山上皇ご尊像は読売新聞社で長く保存されていましたが、縁あって筥崎宮に奉納されました。
元寇の戦乱の中で社殿を焼失し、亀山上皇から敵国降伏の御宸筆を賜り、再建の援助を受けた歴史をもつ筥崎宮では、多くの方々の御協力を得て再びここに奉安殿を建設し、大切なご神像として長くお守りして参ります。
平成23年10月20日 筥崎宮 -案内板より
亀山上皇尊像奉安殿(福岡県指定重要文化財)
現在、博多区の東公園内に亀山上皇の銅像が建立されています。
この銅像は鎌倉時代中期の元寇(蒙古襲来)に際し、「我が身を以て国難にかわらん」と敵国降伏の祈願をし、博多の街の安寧を祈願された亀山上皇を顕彰し、明治37年(1904)完成しました。 この銅像の原型となる木彫像を製作したのが福岡県出身の彫刻家・山崎朝雲で、その大きさは約6メートルあります。 ぜひ多くの方々にこの亀山上皇の御尊像(木彫像)をご覧頂き、博多と元寇の歴史を感じて頂ければと思います。 -筥崎宮公式Webより


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御朱印
つづく
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