北関東・東北・北海道・上信越 編 ~北へ~(1)1日目①は、→こちら
大田原神社・大田原護國神社に参拝し、続いては
「乃木神社(那須)」に参拝にあがりました。


日清戦争後に乃木閣下別邸の敷地(栃木県那須塩原市)内に鎮座します。

明治天皇御大葬の大正元年九月十三日、将軍御夫妻は殉死を以って
聖恩にむくいるというかたちを示されました。
御夫妻の葬儀にあたり、別邸中庭に於て遥排式が行われ、終了後、
神社創立の声がおこり、大正五年四月十三日、神社が建立されました。

御手洗川(蟇沼用水)に架かる神橋を渡り境内へ入ります。





御祭神は、
乃木希典 命 (将軍)
乃木静子 命 (夫人) で、ございます。


乃木閣下立像

その目線の先には、大正天皇(皇太子当時)よりの脚下賜の
名馬「殿(しんがり)号」の勇姿が。

乃木閣下とは日露戦(明治三十七年)共に戦い、
将軍御夫妻殉死後大正三年石林に歿しました。
「御鎮座百年」記念歌碑

金州城下作 (金州城下の作)
山川草木轉荒涼 (山川草木 転(うたた)荒涼)
十里風腥新戰場 (十里風腥(なまぐさ)し 新戦場)
征馬不前人不語 (征馬前(すす)まず 人語らず)
金州城外立斜陽 (金州城外 斜陽に立つ)
希典
現代語訳
山も川も草も木も、ひたすら荒れ果てて見る影も無い。
先日戦が行われたこの場所では十里に渡って風が血なまぐさく感じられる。
軍馬は進まず、将兵たちは押し黙っている。
夕陽が傾く金州城外に、私はただ立ちつくす。
大連の北東にあたる金州(日露戦争の激戦地)で、
戦死者の英霊を弔ってこの詩を作りました。

乃木神社 御朱印
つづく