11人が夜を待ち、みさきの蔭から小舟を繰り出して黒船に漕ぎ寄せるのだ。
「船べりに近づくと、このうちから剣術達者5人を選んで素っ裸になり、
刀一本を担いで海に入り、反対側の船べりにまわる。
黒船の連中が小舟に気をとられている間に裸組は縄を投げて船べりをよじ登るのだ。
あとは西洋サーベルなどは日本刀の前に敵ではない。
ましてわれわれは井伊家の赤備えだ」
(われわれときたな)
一同顔を見合わせたがその内の1人で先程から首をひねっていた男が、
「あ、先夜、藤堂の陣屋を騒がした男というのはこいつではないか」
「なるほど、通牒どおり土佐なまりだな」
「不審だ」
鯉口をきった。
「ひっとらえろ」
竜馬の努力はむだだった。
やむなく崖を飛び下りて逃げ出そうとしたとき、海を見て棒立ちになった。
黒船が動いている。江戸湾の内浦にむかって突進し始めている。
「おい、見ろ、戦さだ」
四隻の黒船がにわかに浦賀沖で抜錨し江戸に向かってとっしんしはじめたのは後でわかったことだが測量の為だった。
ところが当時は分からない。
幕閣を始め沿岸の諸藩の警備陣、さらに江戸市民は着物潰れるほどに驚き、避難騒ぎが起こった。
しかし黒船どもの真意はたんに測量だけでもなかった。
品川の見える辺りまで近づき、日本人をおどすためにごう然と艦載砲を
打ちはなったのである。もはや外交ではない。恫喝であった。
ぺりーはよほど日本人をなめていたのだろう。
引用著書
「竜馬がゆく」
司馬遼太郎