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  • 20 Feb
    • 桂小五郎との出会い9

      「坂本さんと申されましたな」 小五郎は竜馬の顔を見つめた。 もともと思慮深い男なのである。 むしろ思慮深過ぎて暗さがあるほどの男だが、 このときだけはひどく明るい表情になった。 「長州陣地のこと、教えて差し上げます」 「昼になりましたな」 また竜馬は変なことをいう。 「腹が減った。あれなる農家でめしを炊かせましょう。はなしは、それからがいい」 その百姓家には気のよさそうな初老の1人が留守していたが 桂小五郎と坂本竜馬のためにこころよく昼飯の支度を引き受けてくれた。 「そのかわり、お武家さまたち、おかずはつけものだよ」 「結構だ」 と竜馬は言ったが桂は黙っている。 「桂さん、ここのカカ殿、つけものじゃというちょるよ。どうじゃ」 ととりなし顔で言うと 「わしはかまわぬ、しかし」 どうもこの長州者は長州者らしく思慮深い男なのである。 「先ほどから考えているのだが、どうもあんたとわしは、たがいに藩こそ違え、 このさき、関わりを結んでいきたいような気がする。 あんたはどう思う」 「ちゃちゃちゃ」 「えっ」 と小五郎が驚くと竜馬は大まじめな顔で、 「なに大したことはない。土佐のびっくり言葉です。 いまわしはおなじことを考えていましたので少々驚いた。 なるほど外夷がくるような時代になると、長州も土州もない。 今にそういう時代が来る。きっと天下に風雲がまきおこるだろう。 その時頼むべきは良き友だけだ。 男子、よき友は拝跪してでももとめねばならない」 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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      テーマ:
  • 19 Feb
    • 桂小五郎との出会い8

      (どうもこういう男は苦手だ) と思ったのは口から出る言葉の一つ一つが人の意表をつくのだが、 そのくせ、どの言葉も詭弁のようにみえて浮華では決してない。 人をわなにかける言葉でないのである。 自分の腹の中でちゃんとぬくもりの出来た言葉だからで、 その言葉一つ一つが確信の入った重みがある。 黙って聞いているとその言葉の群れが小五郎の耳からこころよいすわりで 一つ一つ座ってゆくのである。 (これはとほうもない大人物かもしれない) と小五郎も思った。 同じ言葉でも他の者の口からでれば 胡乱臭げにも聞こえる。 ところがこの男の口から出ると、 言葉の一つ一つがまるで毛皮のつややかな小動物でも 一匹、一匹と飛び出してくるような不思議な魅力がある。 そのくせ雄弁ではない。 身体全体がしゃべっているような訥弁で、そのうえ、ひどい土佐訛りなのである。 (こういうのを人物というのかもしれない。 同じ内容の言葉をしゃべってもその人物の口から出るとまるで魅力が違ってしまう事がある。 人物であるかないかは、そういうことが尺度なのだ) 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      1
      テーマ:
  • 18 Feb
    • 桂小五郎との出会い7

      「ところで頼みがある」 と竜馬は言った。 「どせ諜者だと明かして差し上げたい場、私もただではあなたと別れられない」 「どうするのです」 この男、また刀を抜くつもりかと、小五郎は表情を硬くしたが、 竜馬は大急ぎで手を振って 「なに、簡単な事だ。わたしに貴藩の陣地のことなどを教えてくださらんか」 「なんと?」 小五郎はいよいよ驚き、 「私に藩の秘密を明かせというのですか」 「早く言えばそうです。そうしてもらえれば私は歩き回らなくておおいに助かる。 どうせたいした陣地でもなさそうですな」 (余計なお世話だ)と思いながら 「それは出来ませんな」 「そこを曲げて頼むのだ。土佐藩にしたところで自藩の品川防備を堅固にするための 参考にするだけのことで他意はない。結果としては日本のためになる事です」 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 17 Feb
    • 桂小五郎との出会い6

      「あなたなら存じ上げていた。 わたしは土佐藩坂本竜馬というものです。貴藩の益田越中殿に招かれて剣術試合にまかり越していた」 「痛み入る」 桂は立ったまま深く頭を下げ、 「おゆるしくださいましょうな。存ぜぬとは申せ、藩が招いた方を諜者であると眼違いしておりました」 「いや、あやうかった。 越中殿は貴殿さえ御仁に立ち返っておれば やみやみと土州には勝たせぬと申されていたが、 いまのすさまじさをみて、よくわかりました」 「なにを申されます。武士が刀を折られるとはこの上ない恥辱でござる。 それよりも貴殿を諜者と間違えて成敗しようとしたこと、 虫のよい申し分でござるが、御内聴にねがえまいか」 竜馬がもし品川へ帰陣してさわぎたてれば、長州、土州の両藩の紛争になりかねない。 当然、益田越中も桂小五郎も極地に立つことになるが、 そういうことよりも桂は主家に迷惑をかけることを恐れたのだろう。 竜馬は気の毒になった。 気の毒になればつい言う事が行き過ぎてしまうたちの男なのである。 「なにご遠慮なさるな。わしは諜者よ」 小五郎もこれには息を詰めるほど驚いた。 せっかく諜者の疑いを解いてやったのにこの男はじぶんからあらためて庁舎だと名乗ったうえに小五郎を慰めるように 「だから、あなたは藩に対してなにも遠慮することはありません。 あなたの眼力はただしかったし、処置もあれで良かった」というのである (こいつ馬鹿か) 小五郎は声も出さずに立っている。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 16 Feb
    • 桂小五郎との出会い5

      桂はすぐに飛びのいて、脇差をぬいたが、 竜馬は 「待った」と手をあげた。 刀を切られた桂よりも竜馬の方があわてている。 刀身をすかしてみた。 なるほど、剛力で桂の刀を叩ききってしまっただけあって、 竜馬の刀もつばもとから3寸ばかりの箇所で歯がざくりと欠け落ちていた。 「欠けちょる」 大声を上げた。 兄の権平が苦情を言う顔が目に見えるようであった。 この刀は大小とも権平が竜馬の門出を祝うためにわざわざ土佐で作らせたものである。 それがこれ以上の大傷がついた以上、もはや都議も及ばない。 活かすには刷り上げて脇差にでも直すしか手がないのである。 「えらいことをした」 「どうしたのか」 桂の方が内心驚いてしまった。 当然な事で、この男はその気なら自分をやすやすと両断できる状態にありながら 斬ろうともせず、自分の刀の損傷に慌ててるのだ。 (馬鹿か) いずれにせよ、こんな奇妙な男が諜者であるとはかんがえられないから、 「どうやら拙者の眼の誤りだったらしい。失礼しました。そこなる岩に腰を休められてはいかがです」 「ありがとう」 竜馬は刀を収めた。桂も脇差を収め、 「拙者は長州藩桂小五郎と申すものです」 「ああ」 竜馬は岩に腰を下ろしながら笑い出した。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      1
      テーマ:
  • 15 Feb
    • 桂小五郎との出会い4

      「言えんなぁ」 竜馬はわざと相手を誘うように ゆっくりと編みがさのひもを解き始めた。 誘いに乗って斬りかかってくれば、ぬきうちで斬り捨てるつもりだった。 「もう一度問う。今度答えねば、不審のものとして始末する。貴名、貴藩の名を伺いたい」 「言えんなぁ」 この瞬間桂の編み笠が地上に落ちた。 それよりも早く桂の剣が木漏れ日の中できらめき、竜馬の頭上に殺到していた。 抜く間もない。 竜馬は全身まりのようになって、一間、二間、三間と飛びさがった。 桂は竜馬にぬく余裕を与えず、 一颯、二颯と刀を浴びせてゆく おどろくべき身軽さである。 桂がうちおろした何太刀目かの切れ先が竜馬の編みがさのふちを一色ばかり切り裂いたとき、 (いかん) 竜馬は防ぎを諦めた。 諦めると不意に体が宙に浮いたように軽くなった。 身を沈め、居合に構え、進んで相手の白羽の下に入った。 しかも竜馬は地面に目を落としたまま相手を見ようともしない。 次の瞬間相手の影が動いた。 と同時に竜馬の剛刀が風を切ってはねあげたとき異様な手ごたえを感じた。 桂の刀がつばもとから折れて天を飛んでいる。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 14 Feb
    • 桂小五郎との出会い3

      もっとも竜馬の方は この桂小五郎の名には多少の記憶がある。 長州藩家老益田越中が 「桂さえおれば」 と漏らしたのを耳の底にとどめていたからである。 なるほど越中がたのむとおり、桂は、位は桃井、技は千葉、力は斎藤といわれる 斎藤弥九郎の神道無念流道場の免許皆伝であり、塾頭であった。 桂がおれば、竜馬はああやすやすと勝ち抜きは出来なかっただろう。 竜馬は黙って2,3歩さがった。 桂は両こぶしを軽くにぎったまま 「申されよ」と言った。 名と藩名をである。 尋問の口調であった。 竜馬にとってこんな無礼な態度に応じられるはずがない。 しかし、桂にとってはむりもなかった。 長州本営から横須賀に抜けるこの間の道を旅装のまま しかも単身で歩いている武士があるとすれば、まず諜者と考えていい。 幕府は相州沿岸の警備を徴収に命じたとき、行政権まで委任している。 しかも今は臨戦態勢である。 うろんの者がおれば斬り捨てても構わない。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 13 Feb
    • 桂小五郎との出会い2

      「ごめん」 と竜馬は軽く一礼して通り過ぎようとした。 背を向けた途端相手は 「しばらく」 といって立ち上がり、 「卒爾ながら伺いたい。 この相州の地は長州藩士の地でござる。 みだりに他藩士の立ち入り、視察することを大公儀の名によって禁ぜられている。 お見受けするところ貴殿は長州藩士ではない」 「それがどうしたかな」 竜馬も編み笠越しに油断なく相手を見た。 この男はおそらく長州藩士で竜馬を他藩の探索者だと思ったのだろう。 「お名前、御目的をうかがいたい」 と相手は言った。 坂本竜馬が長州藩士桂小五郎にあったのはこの時が最初である。 しかし、はじめ、どちらもそれとは気づかない。 いやたとえ気づいたところで、どちらも無名の青年に過ぎなかった。 名を聞いたところで互いに驚くほどの相手ではなかった。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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      テーマ:
  • 12 Feb
    • 桂小五郎との出会い

      試合はあっけなく終わった。 先鋒の竜馬が、林音吉をもろ手突きで三間も向こうに突き倒した後、 長州方はかたくなったのか竜馬1人の剣でバタバタと倒され、 大将の佐久間卯吉もつづけざまに面を撃たれて敗退し、 土州方九人はついに竹刀をとられずじまいだった。 このあと、10組の模範試合があり、長州、土州ともそれぞれ勝敗があった。 しかし最初の勝ち抜き試合では土州の圧倒的勝利であり、 竜馬の剣名が他藩まで聞こえたのはこの時である。 その日は一泊し、翌朝一行は宮田村の長州本営をあとにした。 竜馬は家老の山田八右衛門に命ぜられた視察のことがあるために、 途中で一行と分かれて山越えで横須賀に出ようとした。 竜馬はふと足を止めた。 武士がいる。 木の根に編み笠をかぶって一人腰を下ろしていた。 旅姿である。 小柄で動きがよさそうな体を道、衣服はいかにも清潔そうである。 しかし編み笠を上げてちらりと竜馬を見た目が鋭く、どことなく油断がならぬ感じがした。 しかもこの男は右手を挙げてすばやく編みがさのひもを解いたのである。 いざ争闘のばあいいつでも脱げる用意なのだろう。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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  • 11 Feb
    • 竜馬20歳17

      竜馬は立ち上がった。 長州藩の先鋒は、林乙熊であった。両者立ち上がるなり、六間の間合いを取った。 竜馬は右上段、乙熊は中段である。 さすがに乙熊は長州方の先鋒を務めるだけあって一分のすきもない。 乙熊の流儀は神道無念流であった。 長州方のほとんどはこの流儀であり、麹町の斉藤弥九郎道場の門弟である。 理由があった。 数年前、弥九郎の長子新太郎が、江戸の長州屋敷にある道場有備館にやってきて 藩士と試合をしたところ、勝つものがなかった。 さらに新太郎は諸国を修業して回り長州萩の城下に入って家中のものと試合をしたが及ぶものがいない。 そのあと新太郎は藩の重役にあい、 「武技は江戸でござる。御家中の俊才を選んで弊道場に留学させることになされば いかかでございましょう。元就公以来の御士風は一段と上がるに違いありませぬ」 これらが受け入れられ 第一回の長州藩官費留学生として出府したのが、いまここにいる 河野右衛門、永田健吉、財満新三郎、佐久間卯吉、林乙熊であり、 おなじく私費留学生で入門したのが桂小五郎、高杉晋作である。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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      テーマ:
  • 10 Feb
    • 竜馬20歳16

      益田越中は うなずいてから苦しい表情で肩をすくめ 「桂がおれば当然、大将か先鋒になる。土佐っぽどもは運がよかった。 ところで、土佐川の大将はどなたじゃ」 「はっ」と男は名簿を取り出して越中の前にひろげ、 「鏡心明智流の免許皆伝島村衛吉殿でございまする」 「先鋒は?」 「北辰一刀流の坂本竜馬どの」 「ああ」 越中は明るい微笑で遠くを見、やがてその視野の中で、面をつけ始めている竜馬をとらえると、 「あの大男。できそうか」 「さて、試合をしてみねばわかりませぬが、多少愚に似たような仁でありまするな」 「大賢は愚に似たりと古語にも言うぞ。鋭さを面に表して歩いているような男は、才能あっても第二流だ。 第一流の人物というのは少々バカに見える。 少々どころか、凡人の眼から見れば大バカの間抜けに見えるときがある。 そのくせ接する者に何か強い印象を残す。土佐ではお城下の町郷士の子と聞いたが、 ああいう人間の型は長州にはいない」 益田越中にとって竜馬は何か気になる男なのである。 自分の生涯の中でもう一度会いそうな気がしきりとする。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 09 Feb
    • 竜馬20歳15

      竜馬は内心異様な感じを持った 長州陣の自負心は、藩の歴史に原因するものらしい。 毛利は薩摩の島津家と同じく、徳川家からもらった封土ではないのである。 どちらも600数十年前、源頼朝の家人であった家で、 戦国時代に四隣を切り取って領土を広げ、 毛利などは一時は中国11か国の大領主であったが、 関ヶ原の戦いの敗戦で防長2州37万石に減らされた。 徳川家に対して恨みこそあれ、恩はない。 独自の気風はそこから生じて来たものだろう。 長州、土州の剣術試合は宮田村の本営の庭で行われた。 検分役は長州藩剣術士範内藤作兵衛の甥で神道無念流の永田健吉である。 長州川の対象は佐久間卯吉であり、土州側は、年がしらで島村衛吉でが選ばれた。 すわるや、左右をかえりみて 「桂はまだ戻らぬか」 と小声できいた。 左右のものは「はっ、いまだに」と答えた。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 08 Feb
    • 竜馬20歳14

      「明朝の試合、楽しみにしています。みなさん、江戸育ちですか」 「いや、全部、国もと育ちでござりまする」 と島村衛吉が大乗して答えた。 「なるほど」 若い家老は微笑で見まわし、ふと竜馬の顔に目をとめて 「みな、土佐の武士らしく逞しい。かような御様子では明日の試合はこちらも油断が出来ぬ」 「いや、御尊家は、毛利元就以来の武勇のお家でござれば、 われわれのほうこそゆだんができませぬ」 「それがこまったことに、この宮田村本営に詰めているもののうち、 一番の腕達者が韮山代官どのについて、ただいま沿岸の測量にでむいております。 それが今夜か明朝にでも帰陣すればよし、 せねば、これは当方にとって容易ならぬ試合になる」 「それは、どなたでござりまする」 「桂小五郎、と申す男でしてな」 「ああ」 島村は息をのんだ。 「斉藤弥九郎先生の練兵館塾頭の?」 竜馬は知らない。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      3
      テーマ:
  • 07 Feb
    • 竜馬20歳13

      島村の話によると、益田越中は竜馬より2つ上で、まだ22歳だという。 もともと益田氏は長州藩でも名族でしられた家で、 戦国以来現在の出雲の益田市付近で勢いをふるった豪族だったが、 のちに毛利元就に帰属し、以来、300年毛利家の家来となり、 戦いの場合は主家の主力をひきいる侍大将になる。 益田越中はこの黒船騒ぎで国元から江戸へ急行し、 家職のとおり弱年ながらも長州藩兵の指揮をとっているのだろう。 竜馬ら10人はその夜、長州藩のある寺院で益田越中にあった。 なるほど、若い。 色白で目がほそく切れ上がった長州型の美男子でいかにも名門の子らしい人物だが、 座に着くなり微笑して 「私が越中です」 といった。 いかにも闊達な若者である。 須佐一万二千石の条主でありながら、 土州の重臣や上士たちに観るような権高さがまるでない。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      2
      テーマ:
  • 06 Feb
    • 竜馬20歳12

      竜馬は現地に来てみて、この名も知られぬ漁村に本営をおいた 長州藩の益田越中という若い国家老の戦術眼におどろいた。 この宮田村はいま神奈川県三浦市にの中に入っているが、 道は三方に通じ、横須賀へは山中五里、しかも浦賀と三崎の中間にあり、 この三港のいずれに敵が上陸しても、ただちに兵を向けることができる。 兵法で言うクチである。 「島村さん、あんた年がしらじゃし、長州藩士もようしっちょるから、 長州の益田ちゅう家老はご存じじゃろ」 「竜さんは無邪気じゃのう。何ぼ私が年がしらでも知らんわい」 と島村はわらいだした。 「相手は一万二千石の大名並みの国家老じゃぞな。 おなじ家老でも土佐の山田八右衛門さんとはちがうわい。 八右衛門さんにでも直答できぬわしら軽格侍がよその藩の一の家老をしるもんかい」 「なるほど」 竜馬は苦笑してうなずいた。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 05 Feb
    • 竜馬20歳11

      「そこは」 と深尾甚内は仔細らしく聞いてみる。 「そうなされまする。この竜馬芽をつぶして万一長州兵につかまれば 御家が公儀のお咎めを受けるのは必定でござりますぞ」 「考えてある」 と家老山田八右衛門はいった・ 「じつは宮田村にある長州陣屋から使いが参り、滞陣中の士気を鼓舞するために剣術試合を催したいと申してきている。 土州長州10人を選び抜いて試合をさせる。 当然、 竜馬がゆく。 その時、試合もかんじんじゃが、 長州陣地を見てこいというのじゃ。甚内わかったか」 「へへ」 組頭深尾甚内は平伏しながら 「竜馬わかったな」 「はい」 その翌日の未明、 品川の土佐藩陣地から 10人の藩士がそれぞれ荒目の深編笠をかぶりぶっさき羽織、 野ばかまという旅装で出発した。 竜馬の他に島村衛吉、福富健次、日根野愛馬、平尾五八といった 他藩にまで聞こえた剣客がいる。 三日目の夜、宮田村の長州陣屋に着いた。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎

      1
      テーマ:
  • 04 Feb
    • 竜馬20歳10

      竜馬も長州藩のうわさは聞いている。 元々相州とくに三浦半島は江戸ののどくびにあたる要地であるに、幕府は黒船騒ぎこのかた 大名筆頭の彦根井伊家に警備を命じていたのだが今度陣地替えが行われ、 井伊を羽田、大森の沿岸に写し、長州藩をして相州をまもらしめることになった。 竜馬のきくことろでは長州藩は外様ながらも幕府の信頼の厚さに藩を上げて感激し、 家老益田越中を陣地指揮の先手総奉公に任じ、 藩士の中でも特に腕の立つ者1000人を選んで配置し さらに120人を厳選して三浦半島の南端宮田村という漁村の本営に駐屯させた。 その厳正さ布陣の模様、いずれも諸藩兵の模範であるという。 土佐藩にすれば長州藩は隣接陣地である。 つい、競争心があおられる。 「探索せよ」 というのは様子を見てこいうというほどの意味なのである。 ところが幕府は黒船渡来以来、諸藩の藩士がみだりに 他藩受持の沿岸を視察することを禁じていた。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎

      1
      テーマ:
  • 03 Feb
    • 竜馬20歳9

      竜馬はすぐに笑顔に戻り、 「失礼つかまった、痰でござる」 「痰とは何ぞ」 周りの上士たちは色めきだった。 同じ藩士とはいえ、土佐山内では上士を山内侍といい、 郷士を長曾我部侍といって差別し、上士たちは郷士を人間のはしとも思っていなかったから ただですむ事件ではない。 しかし竜馬は落ち着いていた。 「昨夜より風邪気味でござりましてな、少々痰がでる。 首の根を抑えられた拍子にたんがつまりそうになり、しわぶきを出して痰を切ったのでござる」 「痰を切る音ではない。 たしか深尾殿に対しうるさいと申したぞ」 「まぁまて静まれ」 と一座を沈めたのは山田八右衛門である。 事なかれ主義のこの穏やかな家老にとって 事を起こすのは面倒だった。 騒ぎ立てれば一人や二人死人が出る。 「確かに今のは痰を切る音じゃった。 それに軍陣の礼は簡潔な方が良い。 これ以上詮議は無料であるぞ。それより、竜馬に申し付ける儀がある」 山田八右衛門が竜馬に命じた用というのは相州沿岸に警備陣を布いてる長州藩陣地を探索してこいというのである。 「他藩の陣地探索とは穏やかではございませぬ。どういうわけでござりまするか」 と組頭の深尾甚内が身分柄直話を遠慮すべき竜馬のために訊ねた。 「評判が高いからよ」 と家老は言った。 「よきところがあれば、和賀藩も参考にせねばなるまい。それが公儀に対する忠義というものよ」 (ははあ) 竜馬の長州藩のうわさは聞いている。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

      テーマ:
  • 02 Feb
    • 竜馬20歳8

      3月のある日、道場にいた竜馬は組頭の深尾甚内の小屋に呼ばれた。 甚内はしょうぎにこしをおろしている。竜馬のような郷士の子は土間にひざまざるをえない。 「ご家老がお前を連れて来いとおおせある。すぐに支度しろ」 と甚内は命じた。 言葉が恐ろしく高圧的である。 他藩と比べて、土佐藩程階級のなものが軽格に対して権高な藩はなかった。 竜馬は「へっ」 と恐縮するべきところであったが、この男の癖で、ただ黙ってニコニコ笑っている。 甚内はむっとしたらしく、 「相わかったか」 「うん」 といった顔で竜馬はうなずき、 「御用は何でござる」 「行けばわかる。申しておくが尾までは町郷士ので例に習わぬ。 そそうがあってはならぬぞ」 りょうまはともなわれて山田八右衛門の前に出た。 八右衛門は兜こそかぶってないが先祖伝来の古びた黒川の具足の上に陣羽織をはおり、 古道具屋の店頭の五月人形のような恰好をしていた。 「坂本竜馬ちゅうのはお前のことかい」 と八右衛門は言った。 「はい」 にこにこ図を上げて八右衛門の具足姿を見ている。 組頭の深尾甚内はイライラして 「竜馬、頭が高い」 としかりつけ、二度目には竜馬の首の根を抑えて力ずくで頭を下げさせようとした。 竜馬はこの温和な男にすれば珍しく、 細い切れ長の目をかっと開き、 「うるさい」とどなりつけた。 一座が蒼白になった。 軽格のものが上士に怒鳴るという例はかつてない。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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  • 01 Feb
    • 竜馬20歳7

      やはり郷士出身の福富健次は巧みな剣使いだったが これも血の気の多い男で気に入らぬ上士に稽古をつけるときは 相手が打ち込もうとすると 「どっこい、そら、どっこい。それはかゆうござる。」 と笑いながらぽんぽんとあしらいつつ、頃を見て 「それ一つ進上」 と猛烈な打ち込みを加える。 ところが竜馬は違っていた。 腕の未熟な者には面籠手をつけさせずそれぞれ薪一本ずつ与え、 「庭で振ってきなさい」 というだけである。 未熟な者がいまにわかに一人で気を打ち、竹刀を振ったものだ。 薩摩の御家流の示現流もただそれだけを教える。 どの流儀でも素振りを懸命にやればそれだけで切紙ぐらいの腕にはなれるものだ。 とにかく速成にはこれが一番いい」 竜馬は教え方が独創的でうまかった。 彼の元に多くの藩士が集まった。 竜馬が品川詰の家老山田八右衛門にまで名を知られたのは この警備隊の剣術教官としてである。 引用著書 「竜馬がゆく」 司馬遼太郎  

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プロフィール

起業家スクール マナビバ

性別:
男性
誕生日:
1970年3月13日20時頃
血液型:
A型
自己紹介:
将来、起業したい若者は当社に是非 連絡下さい。

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