その夜細雨が降った。
武市半平太はぬれねずみになってアサリ海岸の桃井道場から藩邸に戻ってみると
門番の部屋に若侍10人ばかりまち構えていた。
どれもこれも軽格のものばかりである。
この者たちは武市の事を
「先生」とよぶ。
武市自身は同格のものからこういう呼ばれかたをすることをひどく嫌っていたが、
連中にとってはそうとしか呼びようがないらしい。
武市は江戸、国もとの軽格のものからまるで神様のようにあがめられている。
「なんじゃ大勢で」
澄んだ目で見まわした。一人が、
「左様、きょうのひる、先生のお長屋に国もとから坂本竜馬という若造が到着しました」
「ああ、竜馬が来たか」
半平太はそのことについて竜馬の兄からも手紙をもらっていた。
「竜馬とはどういう男でございます」
「目方が19貫もあるそうだ。坂本権平どのの手紙ではそれだけしか書いていない。」
「あれはあほでございますな。先生の事を顎じゃとかさかなのえらじゃとかいうちょりました。」
半平太は苦笑したが、軽格衆は笑わず
「じゃによって、天誅を加えます」
「。。。。。。。。。。。。。」
半平太はやっと気付いた。
部屋の隅にふとんが積み重ねられてあるのは新入りの竜馬を布団蒸しにするつもりらしい。
引用著書
「龍馬がゆく」
司馬遼太郎