先日ネイルにハマっている小4の長女から、こんな質問を受けました。
『絵の具を全色混ぜても黒にならないのは何故??』
おぉぉ・・・
それ聞いちゃいますか。
長女も子供ながらに経験則から、減法混色のパラドックスとも言えるこの問題を、理論ではなく感覚で理解し始めている様子。
私も子供の頃から「そういうものだから」と回答されるのが一番嫌いでした。
ここは色彩士の名にかけて、きちんと説明したい。
しかし、この原理を予備知識がな~んにもない小4女子に、どうやって説明すれば良いのか。
とりあえず、なぜモノの色はその色に見えるのか? を、超簡単に説明しました。
まずは自分の目で見ている色とは何を見ているのかを感覚的にでも理解しないことには、黒を塗りたければ黒を買え としか言えないからです。
太陽の光(白)がモノに反射して、その光(色)を見ているということは理解できたようです。
太陽の光がモノに当たった際、ほとんどの光がモノに反射すれば白に見えるし、ほとんどの光がモノに吸収されれば黒に見える。
ここで色相環を見せて、例えば青以外の光がモノに吸収されると、それは青に見えることを説明しました。
ではモノが黒に見えるためには、これらの光ができるだけ多く反射しなければいい、つまりできるだけ光を吸収するモノである必要があるわけです。
子供が最も黒を実感するのは、太陽の光も電気の光もない、夜の暗闇です。
加法混色でも黒は作れませんが、光源の光を消せば黒なので、減法混色より説明はシンプルです。
ただ、これだけでは色料をいくら混色しても黒にはならない理由の説明にはなりません。
ものの理解には順序ってものがあるので、今はまだその理解は無理でしょう。
今回は、白と黒という色は特別な色であるということ、ここまでは理解できたようです。
白と黒(あと原色)は、絵の具を混ぜても作れないことを覚えてくれれば、いったんはOKです。
さて、そこで終わらないのがこのブログ。
せっかくなので 減法混色で黒が作れない理由 を、将来の娘に向けて書いておきたいと思います。
大きくなったときにこのブログを読めば、ある程度は理解できるでしょう。
まず、色とは何でしょうか?
色を知るには、光を知らないといけません。
光とは、可視光線を含む電磁波です。
電磁波とは、電磁気エネルギーが電場と磁場の連鎖で光速で伝搬する波です。
可視光線とは、電磁波の中でも人間が見ることができる周波帯のことです。
逆に人間は、それ以外の電磁波を目で見ることができません。
次に、人間の視覚は光を感知する網膜のセンサーと、その情報を処理する脳で見ています。
この錐体細胞が、人間の網膜にある色を感じるセンサーです。
一方、桿体細胞は、明暗を感じるセンサーです。
錐体細胞は、網膜に飛び込んでくる可視光線から、
・長波長を感知する Long 錐体 (=L錐体/赤錐体)
・中波長を感知する Middle 錐体 (=M錐体/緑錐体)
・短波長を感知する Short 錐体 (=S錐体/青錐体)
に分かれます。
これら三種の錐体細胞は、光源の三原色である RGB にそれぞれ対応しています。
RGB = レッド(Red)、グリーン(Green)、ブルー(Blue)
▼光源の三原色。重ねるほどに明るくなる加法混色。
ところで、色を人に伝える際、基準がないと正しく伝えることができません。
青がさぁ~ と言われても、どの青だかわかりません(笑)
そこで、工業製品などでは、機械で反射光の周波数を分光して計測し、色を定義しています。
まぁ、個人ではまず使う機会のないものですけどね・・・
しかし、規格化されたカラーチャートから使用する色を選ぶ機会はあるかも知れません。
工業製品のカラーチャートにはこのような規格がいくつかありますが、有名なのは マンセルの色相環 に基づくものです。
また、光源の三原色であるRGBでも、例えば24bitフルカラーが表現できる液晶モニタでは、16,777,216色の中から特定の色を人に伝える際、10進数表記(255.255.0)や、16進数表記(FFFF00)で伝えることで、世界中どこでも同じ色が再現できます。
※ここでは話がややこしくなるので、発色における印刷の品質や液晶の品質に関しては考慮していません。
ただし、仮にどんなに規格に基づいた色が再現できたとしても、最後にその色を認識するのは人間の脳です。
人間の脳には、生物学的な曖昧さや個体差があります。
また、脳は色覚情報を環境に順応して補正する機能がありますので、単純に可視光線の周波帯で判断し、絶対的な色を見ているわけではありません。
▼人間の脳が処理をする色覚がどれほど曖昧か、以下の動画で確認できます。
さて、ここから本題ですが、上記を踏まえて考えます。
光源ではない物質が黒く見える理由とは、
光源から出た可視光線が観測対象の物質に反射した際、その物質の光の吸収率が高いほど(=反射率が低いほど)黒く見える。
ということになります。
つまり、減法混色で黒が作れない理由とは、
黒以外の色料をいくらブレンドしても、その物質が人間が黒と認識できるほどの可視光線を吸収できないから。
ということになります。
これはもはや、使用する色料の粒子レベルのお話になります。
減法混色では、理論上は混ぜ合わせれば黒になるとされる混色であっても、実際に可視光線が物質に反射して目に届くまでのメカニズムはもっと複雑です。
現在ではあまり聞いたことがありませんが、将来CMYのインクを混合すると、限りなく黒に近い黒を発色できる物質が開発される可能性もあります。
しかし、それならば初めから黒に見える物質を黒として色料に採用した方が早いのでしょう。
▼2年前に話題になった最も黒い物質『ペンタブラック』
通常の塗料などで使用される黒の光の吸収率は、せいぜい95.0%~98.0%程度だそうですが、この写真の物質『ペンタブラック』は、光を99.96%も吸収するようです。
これが将来、黒インクや黒染料として普及するかはわかりません。
そして、この問題が顕著に表れているのが、印刷業界です。
色料の三原色と言われる CMY では、やはり黒に近い黒を再現することは困難です。
CMY = シアン(Cyan)、マゼンタ(Magenta)、イエロー(Yellow)
▼色料の三原色。重ねるほどに暗くなる減法混色。
これらを均等に混ぜても、せいぜい濃い茶色か濃い灰色くらいが限度です。
そこで、より黒に近い黒を印刷するために、黒い色料を追加します。
キープレート(Key Plate)
この4つの頭文字を取って、CMYK と呼ばれています。
K は黒なので、Black の B にすれば良かったのですが、Key Plate になってしまったのは完全に 印刷業界の都合 です(笑)
ややこしいので CMYBk という呼び方もありますが、CMYK の方が一般的です。
印刷業界では一般的な CMYK オフセット印刷では、同じ黒でも以下があります。
K インク100%だけでも黒は出ます。
それを スミベタ と言います。
より深みのある黒を出すために、K インク100%に CMY インクを40%くらい重ねます。
それを リッチブラック と言います。(贅沢な黒・・・)
じゃあ、CMYK インクを全部100%重ねたら・・・と思うでしょうけど、これは印刷機の都合上、ご法度です。
それを 4色ベタ と言います。
インクが乾きにくく、インクが乗りにくく、印刷機の目詰まりの原因にもなるとか・・・
もう、こうなると完全に印刷業界都合ですが、これも理論上は黒になるはずが現実問題として黒にならないから起こる、減法混色問題のひとつです。
▼その他、カラーの基礎知識に関しては、この手のサイトを活用しましょう。
http://www.geocities.jp/net_t3/color/index.html
余談ですが、生物によって可視光線の周波帯は異なります。
人間にとっての暗闇(=黒)は、虫や夜行性動物にとってはそうではないことも。
▼人間が見える花(左)と、虫が見える花(右)
これは、花に反射した光のうち、可視光線とする周波帯が人間と虫では異なることを示しています。
もしも人間が電磁波のすべての周波帯を色として感知できるセンサー細胞を網膜に持っていたなら、普段の景色も、星のない宇宙空間も、それは賑やかに見えるでしょう。
唯一、本当の暗闇(=真の黒)があるとしたら、すべての光を吸収するブラックホールのみです。
しかし、そのブラックホールでさえ、スティーヴン・ホーキングによれば、事象の地平面でエネルギー放射が理論上おこなわれるとされています。(これをホーキング輻射と言います)
・・・キリがないのでこの辺で。