ヘレン・シャルフベック、「魂のまなざし」展のこと。
「恢復期」、油彩、カンヴァス、1888年。
ぼくは、自分ではうまく絵を描けませんが、絵を見るのは格別好きで、都内のあちこちの美術館に足をのばし、ほんものの絵を見て堪能しています。
先日、おなじマンションの方と事務所でおしゃべりしていて、音楽と絵が好きな女性と、楽しいひとときを過ごしました。
「田中さんは、どんな絵がお好きですか?」とたずねられ、そのときは想い出さなかったのですが、ほんとうは、ヘレン・シャルフベックみたいな絵が好きです。フィンランドの画家ヘレン・シャルフベック(1862-1946年)。
「黒い背景の自画像」、油彩、カンヴァス、1915年。
7月でしたか、東京芸大美術館の陳列館で、その絵を見ました。「魂のまなざし」展です。1888年に描かれた「恢復期」と題された油彩画は、見る者のこころに迫る逸品です。ご覧になればおわかりのように、ごくごく日常のひと駒を描いたもので、子供の病状を気遣う母の優しいまなざしが描かれています。これには驚きました。
ヘレン・シャルフベックは、フィンランドの国民に最も愛される女性画家、とされているようですが、ぼくは彼女のことをまったく知りませんでした。彼女が亡くなって半世紀以上もたつのに、日本で彼女の回顧展がひらかれることは一度もなかったようです。この代表作「恢復期」を見て、ぼくは腰が抜けたようなショックを受けました。
「なんて、すばらしいのだろう!」と。
木のデスクの上で、マグカップのような器に、一本の枝をあしらって子供がそれに夢中になっているという図です。カップの中に土でも入っているのでしょうか。少年の胸から下半身全体に白い布が巻かれ、ケガでもしたのでしょうか。籐椅子のような大人用の大きな椅子に腰かけて、彼にはちょっと高すぎるデスクの上で、自由な手で何かしています。少年の瞳は、手でささえた小枝の先端にある小さな小さな葉っぱを見つめているようです。その瞳のかがやき。
彼は、何をつぶやいているのでしょうか。
そこは書斎で、バックには書棚が描かれ、分厚い本がずらりとならんでいます。そばにはきっと母親がいて、坊やに何かことばをかけているのでしょう。
「あまり動いちゃダメですからね」とか何とか、母親は何かいっているのでしょうね。
画家自身、少女時代から足が不自由だったと書かれていて、11歳のころ、絵の才能を認められ、パリでマネやセザンヌらの先鋭的な画風を学んだそうです。この絵は、ちょっと見たところマネのタッチと似ていますね。だから惹きつけられるのでしょうか、ぼくには素敵な絵に見えます。これが世に知られないのは、じつにふしぎです。
それからだんだんと、ヘレン・シャルフベックらしい「光と影」を追求するような絵に変わり、彼女の円熟した一時代を築いていったようです。1915年作の「黒い背景の自画像」で、その完成度の高さが認められ、1888年作の「恢復期」とともに、フィンランドの国宝級という賛辞を受け、フィンランドを代表する画家として現在にいたっている、というわけです。
彼女の絵をじっと見つめていると、吸いこまれていくような磁力を感じます。いかがでしょうか。