「歌う船 (1984年) (創元推理文庫)
」
(新版なのか、私が読んだものと表紙は違います。古い方は、佐藤弘之氏描くところの、感受性の強そうな少女が、こちらをじっと見つめている絵が実に良いのですが)
「だれも猫には気づかない 」以来のアン・マキャフリー。設定はとってもSFしているのですが、これは滅茶苦茶良かった~。
高橋しんの「最終兵器彼女」では、ドジなふつうの女の子、ちせが人間の形はそのままに、でもそれが変体するようにして「兵器」となってしまいましたが、こちらのヘルヴァは頭脳明晰のエリート。
しかしながら、<殻人(シェル・ピープル)>と呼ばれるヘルヴァたちは、ふつうの人間の姿をとってはいない。この世に生れ落ちた彼ら彼女らに残されていたのは、二つの道のみだった。それは安楽死か、カプセルに入れられた”脳”に、つまり管理機械として生きる道。手足を動かす代わりに車輪を動かし、伸縮腕を巧みに操り、何回かの脳下垂体手術を乗り越え、沢山の機械装置との結合を経て、ヘルヴァたちは成長した。
<中央諸世界>に貢献すべく、クラスメートたちと<中央実験学校>で様々な科目を学んだヘルヴァは、十六歳で卒業し、独立した<頭脳船(ブレインシップ)>となった。チタニウムの柱の奥に、自身を慎み深く隠して…。
頭脳船は<脳>の手足となる<筋肉(ブローン)>たる人間を相棒として、主に偵察任務にあたる。そうして、ヘルヴァも卒業後、宇宙へと旅立つのだが…。
とにかく、このヘルヴァの性格が秀逸で! ユーモアを忘れず、鋼鉄の船でありながら、瑞々しく柔らかな心、好奇心と人のために役立とうという親切心を忘れない。音楽に興味を覚えた彼女は、弦楽器の構造などにヒントを得て、歌う船としても有名になる。
瑞々しく感じやすい心を持つということは、それだけ傷つき易いということでもある。けれども、どれだけ悲しくともヘルヴァは涙を流す事も出来ず、睡眠と言う安らぎを得ることもない。それでも彼女は、<中央諸世界>からの任務をこなしていくのだが…。目次を見ればわかっちゃうけど、結末は素敵にハッピーエンド。いやー、楽しかった。
たださ、途中、ヘルヴァに人間の身体に移るチャンスが訪れるんだけど、ヘルヴァは自らの意思でそれを退けるんだよね。宇宙のどこへでも行ける「足」はなくなってしまうけれど、ヘルヴァに普通の女性として生きて欲しかった気も…。
「殺した船」で面白かったのは、<ディラニスト>という存在。
「ディラニストというのは、社会の解説者であり、抗議者であって、音楽を武器として、刺激として使うの。熟練したディラニストは(中略)メロディーと歌詞とで、人を引きつけずにはおかない主張を述べることができて、そのために、彼が言いたいことは潜在意識へと徐々にしみ込んでいくようになるの」
これ、ちょっと何のこと?、と思いませんか。実はこれ、ボブ・ディランのことなんですね~。だから、ディラニスト。「風に吹かれて」なんかが出て来ます。
無機物と有機物の間、でも、ヘルヴァは誰よりも少女らしい。愛らしい少女の活躍、楽しかった!
これで終わりなのかなと思ったら、続きや関連した本もあるようです。読まなくっちゃ~。
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目次
歌った船
嘆いた船
殺した船
劇的任務
あざむいた船
伴侶を得た船
解説 新藤克己
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。