朽木 祥, 山内 ふじ江
河童の八寸と少女麻との交流を描いた「かはたれ
」の続編です。
河童は人間の十倍の寿命を持つと言うから、読む前は大人になった八寸とおばあちゃんになった麻が出てくるのかしら、とちと心配していたのですが、大丈夫、舞台は八寸と麻が出会ってから四年後。小学生だった麻は中学生になっているけれども、八寸は相変わらずまだまだ子供で、ほんのりぼんやりしていました。
今度の表紙にいる河童は八寸ではありません。この美しい河童は、高い霊力を持った月読の一族の最後の一人、不知という河童。そして、この「たそかれ」の副題は「不知の物語」。不知と不知が親しんだある人間の物語でもあるのです。
序章 「水溜」の一族
第一章 月読の一族
第二章 不知の話
第三章 河童騒動
第四章 四年前の夏
第五章 二階堂雪さんの話
第六章 プールサイド
第七章 再会
第八章 司の話
第九章 プールにいるのは
第十章 ピアノ
第十一章 音楽で遡る
第十二章 記憶に旅する
第十三章 心に届く調べ
終章 誰そ彼
ひとりぼっちの河童だった八寸は、前作「かはたれ」のラストにおいて、自分の家族との再会を果たしたのだけれど、八寸の一族は相変わらず肩身の狭い境遇にあり、今では「水溜」の一族となっていました。家族と暮らす日々は、何にも代えがたいものだったけれど、八寸は世話になった麻とラブラドールレトリバーのチェスタトンを懐かしく思い出すのでした。
そんな中、八寸は河童族の長老から呼び出しを受け、今度は河童猫の術ではなく、<見え隠れの珠>を貰って、人間界に赴くことになります。八寸の此度の使命は学校の古いプールに住んだまま、散在ガ池に帰ってこない月読の一族の最後の一人、不知を連れ帰るというもの。
不知はなぜ帰ろうとしないのか? 不知は長きにわたる間、誰かを待っているようなのですが…。
不知が住まうのは中学校の古いプール。そこはちょうど麻が通う学校でもあったのです。麻と八寸は再会を果たし(犬のチェスタトンも!)、不知のために力を合わせることになります。「かはたれ」に出てきたいじめられっ子の河井君も、すっかり立派になって登場します。
前作においても本作においても、重要になるのは見えないものを見、聞こえないものを聞くということかな。
<人の心が悲しみや苦しみでいっぱいになってしまうと、音楽や絵や物語の入りこむ余地はなくなってしまう。だけど、心はそのまま凍ってしまうわけではない。人の心の深いところには、不思議な力があるからだ。何かの拍子に、悲しみや苦しみのひとつが席をはずすと、たとえば音楽は、いともたやすくその席にすべりこむ。そっとすべりこんできた感動は、心の中の居場所をひそやかに広げて、まだ居座っている悲しみや苦しみを次第にどこかに収めてしまう> (p250より引用)
また、麻の通う中学校で八寸のために起こった河童騒動に対する校長先生の言葉も深い。目に見える現象に騒ぐだけではなく、それが引き起こす波紋についても思いやれるようでなくてはね。
まだまだ続編もありそうなラストです。
高い霊力を持つ不知は、その能力を与えられたという責任を果たせるようになるのでしょうか。与えられた能力はただ一人のためのものではなく、みなのために活かすべきものでもある。次作ではその辺りの話も絡んでくるのかなぁ。八寸は相変わらずぼんやりしていてくれると嬉しいけれど…。
*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。