「きよしこ」/伝えるということ | 旧・日常&読んだ本log

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流れ去る記憶を食い止める。

2005年3月10日~2008年3月23日まで。

以降の更新は、http://tsuna11.blog70.fc2.com/で。

重松清「きよしこ」

主人公は吃音の少年。カ行とタ行、濁音で始まる言葉は、殆どの場合どもってしまい、上手く発音することが出来ない。「カ行」で始まる友達になれそうな少年の名前も呼べないし、授業で答えが分かっても手を挙げられない。面白いことを思いついても、言葉に出すことが出来ない。呑み込んだ言葉や思いを、常にその身に抱えて生きる。

そんな彼の名前は、何の因果か、彼が必ずどもってしまうカ行の「きよし」。父親の仕事の都合で、転校続き、苦手な自己紹介を繰り返す少年時代を過ごす。これは「きよし」少年が、その少年時代に出会った人たち、出来事を綴った物語。

「きよし」少年は、重松清さん自身の分身。これは重松さんが個人的に手紙を貰った、同じように「うまくしゃべれない子どもである、「君」に向けた「個人的なお話」でもある。

目次
きよしこ
乗り換え案内
どんぐりのココロ
北風ぴゅう太
ゲルマ
交差点
東京

■きよしこ
小学校一年生のクリスマスの思い出。少年の想像上の友達、「きよしこ」との対話がいい。欲しいゲームの名前を言えない辛さ、「ごめんなさい」の「ゴ」が言えない辛さ。

■乗り換え案内
三年生になった少年は、「吃音矯正プログラム」である「おしゃべりサマーセミナー」に、夏休みの半分をつぶして通うことになる。そこで出会った「加藤君」は、少年に何かとちょっかいをかけてくる。

■どんぐりのココロ
小学校五年生になった少年は、転校にはすっかり慣れっこになったはずなのに、今度の学校ではクラスに馴染むのに失敗してしまう。親に心配を掛けないよう、近所の神社で放課後の時間をつぶす内に、出会った「おっちゃん」とのお話。

■北風ぴゅう太
少年は、小学校生活最後の思い出になるお芝居の脚本を任される。担任の石橋先生から出された条件は、次の二つだけ。「クラス全員に台詞を与えること」と、「悲しい終わり方の話にしないこと」。「小学校生活の思い出」といっても、転校を繰り返した少年には、みんなと一緒に積み重ねた思い出はない。

■ゲルマ
中学校二年生の一学期に出会った、ちょっと迷惑な友達、「ゲルマ」の話。ゲルマと、ゲルマの友達ギンショウと、少年との話。どうしようもなく弱いギンショウと、鈍感で無神経で、「友情」を取り違えているゲルマが哀しい。
「ゲルマ」は、ゲルマニウム・ラジオで銅賞をとったことから、自分で渾名をそう変えた。ゲルマの友情は間違っているし、鈍感で無神経だけれど、彼は少年が読書感想文コンクールで書いた、「泣いた赤鬼」に出てくるような少年だった。

「青鬼になるのは難しい。ぼくの友達は、青鬼になりたかったのになれなかった」

■交差点
中学校三年の最後の野球の試合。これまで頑張ってきたレギュラーメンバーの中に、ぽつんと転校生の大野がやって来る。彼が入部したことで、仲間の一人は試合のメンバーから外れてしまう。少年は、小学校では都合五回の転校を繰り返したけれど、中学では父の犠牲により動かずにすんだ。ようやく少年が思い出を積み重ねることが出来た、野球部の仲間の気持ちも分かるし、転校生・大野の気持ちも良く分かる。

「転校生って怪獣みたいなものだと思うんだよな。俺が野球部の平和を乱したようなものじゃん。白石はそういうこと、考えたことない?」

■東京
少年のことをとても好きになってくれた地元の女子大生、ワッチとの話。少年が家族と過ごした最後の日々の話。ワッチは吃音が重くなった少年の「通訳」になるというが、少年は地元のY大ではなく、東京のW大を志望する。少年は、もう、どもらずにすむ替わりの言葉を探すことはしない。欲しいものは、やりたいことは、自分で伝えるしかない。

もう誰も助けてくれない。知らない町で、知らないひとたちと、これから生きていく。


どもってしまうという形でなくとも、子どもの頃って何かの理由で、伝えられないことが沢山あったように思う。子どもは無力だからなのかなぁ。今思えば大した理由でもないし、そんなことで伝えられないのだとしたら、馬鹿げた話なんだけれど。そんな誰の胸にもあるだろう、子ども時代を思い出す、断片のような物語。

今もあまり伝えることは得意ではないし、時に頓珍漢なことを言ってしまったりもするけれど、「きよしこ」の言葉のように、「それがほんとうに伝えたいことだったら・・・・・・伝わるよ、きっと」だといいな、と思う。

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重松 清
きよしこ
  ←既に文庫化されています

文庫を買おうと思っていたら、図書館で単行本を見つけてしまいました・・・。

*臙脂色の文字の部分は本文中より引用を行っております。何か問題がございましたら、ご連絡ください。