われわれはアフガンから撤退すべきか | 辻雅之のだいたい日刊オピニオン
NATO軍によるアフガンでの誤爆らしい事件が起こり、この作戦の中心を担ったドイツでは「アフガン撤退論」が勢いを増しているようです。

2001年の同時多発テロに始まったこのアフガンでの軍事作戦。日本もインド洋での給油活動で参加しています。しかしいっこうに出口が見えない。アフガンの情勢はむしろ悪化している。このまま、われわれはアフガンでの軍事作戦を行っていいのでしょうか。それとも撤退すべきなのでしょうか。

私の結論は、今は撤退すべきではないという考えです。

アフガンからの多国籍軍撤退はまちがいなくイスラム過激派を勢いづかせるでしょう。そして、特にそれは、おそらくパキスタンで顕著になるはずです。タリバンがもともとパキスタンで生まれた組織であることはよく知られています。パキスタンではタリバンに同情的な勢力が結構あります。現在でさえ不安定なパキスタン情勢がさらに悪化すれば、過激派の活動は歯止めが利かなくなるでしょう。

つまり、それはインドにおけるイスラム過激派の活動も引き起こすということです。いや、すでに大規模なテロはムンバイで起こってしまいました。イスラム過激派の犯行といわれていて、実はヒンドゥー過激派の偽装という話もありますが、いずれにせよ過激派が活動する素地があることは間違いないことです。これがさらに悪化すると、インド政治も不安定さを増します。そしてそれは同じような問題を抱えるインドネシアやフィリピンなどにも飛び火するでしょう。

そしてそれは中国への波及を止めることができない可能性があります。すでに中国はイスラム教徒の多いウイグルで統治の脆弱さをさらけ出しました。中国には意外にとイスラム教徒がたくさんいます。やはり自治区をもっているホイ族などもそうです。中国がうまくやらなければ、経済的にも政治的にも圧迫されているイスラム教徒から過激派が生まれ(もう存在しているという話もあります)北京や上海で大規模テロが起きる可能性も否定できないのです。もちろん、それによって日本人が多数死亡してしまうような事態も……。

中国・インドといったアジア諸国の経済成長が、世界同時不況の底打ちに貢献していることは否定できないところ。それを考えると、アジア地域の政治的安定は世界経済の要であり、みすみす不安定を引き起こすようなことをすべきではないでしょう。つまり、今の段階でアフガン撤退を行うことは世界にとって小さな利益はあるかもしれませんが、全体的に見ると損失のほうが多くなるリスクが高く、安易な撤退はすべきではないだろうということになるわけです。

アフガン軍事作戦は確かに多くの無関係な犠牲者を出してしまっていて、大変悲しいことです。しかし、今これを止めてしまったら、犠牲者はいなくなるのでしょうか。少なくとも減ることを保障する材料は、残念ながらほとんどないのが現状です。タリバンとアフガン政府の内戦が激化し、ソマリアのような無政府状態になる可能性は多いにあるのですが。

そして重要なことは、ベトナム戦争やイラク戦争と違い、敵は国家や地域政府、国家の枠内で統率された民兵などではなく、脱国家的で、国際的なネットワークを持ったテロリスト集団だということです。「ベトナム戦争のベトナム化」「イラク戦争のイラク化」つまり撤退して戦争をその国の国内問題にすることは、ベトナムやイラクではできても、テロ集団との戦いにおいては不可能です。アルカイダやタリバンは国家の枠を越えた集団であることを理解しなくてはなりません。彼らとの戦いを「アフガン化」することは、ベトナムやイラクの事例と質的に大きく異なるのです。

われわれはテロをなんとかここで食い止めていると考え、これからもそうすべく国際的に協力すべきでしょう。日本は幸いというか、給油活動というかなり楽な役割を遂行するだけで、それなりに評価されています。100人の命を多国籍軍の誤爆から守るほうをとるか、、それとも10万人の難民が出ないように多国籍軍を展開するほうをとるか。政治というのはときに非情にならなければかえって大きな不幸を生んでしまうことを忘れないようにしたいものです。