少年の困惑 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

学校で習ったことを試験前になると几帳面に復習したことが稔って、
少年の名前は2年生の最初の試験で褌みたいに横に長~く貼り出された
紙の先頭に貼り出された。それは誇らしくもあれば照れくさくもある
出来事で、少年は一度見たきりで、廊下のその場所へは2度と戻らなかった。

その結果は少年の心に意外なところで影響を与えた。というのも、同じ学年の
他のクラスの女の子が、一番になった生徒の顔を見ようと少年がいる組の廊下まで訪ねて来てガラス窓から教室を覗き込み、あの子がそうよと連れ合い同士で口をきき合う様子が教室の中にいた少年にも感じられたからだった。

少年は異性の注目の的になったことを、その時は、それほど意識したわけではなかった。しかし、夏休みに入り、その時廊下で教室を覗き込んだ一組の女生徒のうち背の高い女の子から暑中見舞いの絵葉書が届き、そこに「お付き合いしてくれませんか」と書いてあったことが少年の心に今まで経験したことのない動揺を与えた。

異性と「お付き合い」するとはどういうことだろう?
小学校は男女共学だったから、女生徒と手を取り合って鬼ごっこをして遊ぶことも日常的にやって育ったから、異性に特別気を使ったり、手を触れることで動悸が高まったりしたことはなかった。しかし、特別のあるひとりの女の子から「お付き合いしてくれませんか」と申し出を受けたことは、初めての経験だったし、今まで傍に居て友達として接して来たクラスメートの女の子とは、どこか違った接し方、「男と女の関係」を結んでくれないかと要求されたようで、どんなふうに対応して良いものか困惑するばかりだった。

人と人との付き合い、中でも女の子との付き合いには、算数や理科の問題と答えのようにこれと決まったすっきりした回答が無いような、どこかもやもやした霧に包まれた未知の世界のようで、そういった世界へ入って行くことは恐ろしくもあった。

縁側に雌の三毛猫を膝に乗せて、女の子から届いた暑中見舞いのハガキを横に置いたままなんと返事を書いたらよいのかもわからず、結局夏休みの終わりが近づいても返事は出せずに終わった。

ただ、その葉書をくれた子が背が高く頬のふっくらした女生徒だという事は、何かの機会に名前を知ることができたので、少年の心には、その名前を聞いただけで心が落ち着かず動悸が早まったりするのだった。

新学期になり、木造の校舎が取り壊された後、鉄筋の4階建ての新校舎が出来上がった。少年たちの学年も鉄筋コンクリートの新校舎に移った。

休み時間に廊下に出てると、ひとつ上の階から、あの背の高い頬のふっくらした女の子が降りて来るのがわかるのだった。彼女は中学生なのに、香水(たぶんオーデコロン)をつけているらしかった。そのほんのりした甘い香りが下の階にいる少年にまで届き、少年はその匂いを感じただけで胸のときめきを覚え、他の少年の陰に隠れたりして、彼女が通り過ぎるのを、こっそり見まもりさえしたのだった。

その年、少年が住んでいた家も、いままでの焼けぼっくいを集めて父親が自分で建てた掘立小屋から、工務店に頼んでフローリングのダイニングキッチンと水洗トイレ、タイル張りの風呂場がついた新築の家に建て替えられた。

父親はドル解禁と同時にアメリカへ出張し、東京の街は、剥き出しになった土が姿を消してアジア大会、つづく東京オリンピックを目指して、あちこちでエアーハンマーの音が響き始めた。

  (つづく)

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