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2017-07-26 17:48:40

隠れシャトー

テーマ:フランスの田舎道

TDFも終盤戦に入った7月19日、近所の森へポタリングに出かけました。この日は、前から気になっていたワイナリーらしき城がどんな城か見てやろうと、ここを目標に出かけました。

雲が多く、いつ夕立が来てもおかしくない空模様の下、晴れ間を縫っての短時間トレーニングを兼ねての探索です。

城への入り路にある看板です。そうとう古びてます。

 

 

 

舗装していない田舎道。私道なのでしょう。この道を行った先にきっとブドウ畑があるんだろう、と期待が膨らみます。

 

 

途中、女性が運転する小型車と行き違いました。なにか言われるかな、と道端に停まってやり過ごしましたが何も言われませんでした。

ワインを買いに来た客かもしれない、など想像して進みます。

遠く雲の下には薄い鼠色の紗のカーテンが降りています。あそこは紛れもなく雨が振ってます。

 

 

期待はみごとに裏切られ、荒れ果てた草むらだけが広がる中に隠し砦ならぬ「隠れシャトー」がありました。

 



耳をつんざくジェットエンジンの轟音。飛行訓練を欠かさずやっています。

 

 

デイジョンの空軍基地あたりから飛び立つのでしょう。

隠れシャトーには人の気配はありません。

 

 

 

黒雲はこちらに近づいてきます。

夕立が来ないうちにと大急ぎで来た道を引き返しました。

田舎道には大小さまざまの穴が開いてます。窪みを避けながら右左蛇行しながら走りました。

雨粒がヘルメットを叩く音がし始めましたが、濡れる前に家に帰り着きました。

 

 

   (-"-;A

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2017-07-25 21:52:34

参謀総長辞任事件

テーマ:社会・政治・国際

7月20日投稿した記事「第17ステージ、波乱の連続」に詳細は後日に、と書いたことにつき、少し書きたいと思います。

この日(7月19日)TDF を観戦に来たマクロン大統領がレース後、 Velo Club に招かれ、司会者の質問に答える形で、2018年からは軍の予算を大幅に増やすという約束は必ず守りますと発言しました。

TDFとは関係ない軍の予算に関して何故質問がなされ、なぜ大統領が答えたか?少し説明が要ると思います。

 

この日、フランス全軍の参謀総長ピエール・ド・ヴィリエ将軍が辞表を提出しマクロン大統領が受理するという出来事があったからです。

この事件は大きな波紋を呼び、結果的にマクロン大統領の支持率が10%も急落する現象となって現れました。

経過を見てみましょう。

 

2017年7月11日、予算大臣ジェラール・ダルマナンが2017年の予算が大幅な赤字と判明したため、各分野で予算を削減する必要があると発表。各省庁への削減割当額のうち、軍事予算に関しては、国会で承認を得た2017年度予算から8億5千万€(日本円で約1062億5千万円)を削減すると表明した。

翌7月12日の国会の国防委員会で、全軍参謀総長のピエール・ド・ヴィリエ将軍は「このままにさせてはおかない」と反対意志を表明した。

国防委員会は非公開だったが、何者かがリークし、ル・モンド紙がヴィリエ将軍の発言を公表した。

7月13日、恒例の軍へのスピーチでマクロン大統領は「軍事予算を順次GNIの2%に増やす約束を確認したうえで、「私はあなたの長である」と憲法に規定されている共和国大統領が全軍の長であると力みすぎと感じられるほど強調したうえ、「倹約努力に対する批判は許さない」といった調子で次のように発言した。

「市民と軍に対し私がとった約束を私は守ることができる。これに関して、いかなる圧力もいかなるコメントも私は必要としない」

ピエール・セルヴァン軍事戦略専門家によれば、「共和国大統領が全軍の参謀総長に対し、このように容赦ない発言を行ったのは前代未聞」だと。

7月14日のパレードには、マクロン大統領とピエール・ド・ヴィリエ参謀総長はふたり並んで軍用車に立ちシャンゼリゼを行進した。

 

 

沿道の観衆には何事もなかったように映った。

 

しかしその日の夕方、ド・ヴィリエ参謀総長はフェイスブックに投稿し「用心せよ」と訴えた。

7月16日マクロン大統領は日曜ジャーナル紙に対し参謀総長罷免の可能性を匂わせた。

「もし参謀総長が共和国大統領に対立するようなことがあれば共和国はうまくゆかない。参謀総長は変わるべきだ」

政府スポークスマンのクリストフ・カスタネールは参謀総長の辞任が不可避となったと表明。第五共和政下でかつてなかった事件となった。

7月19日、ピエール・ド・ヴィリエ参謀総長は辞表を提出、マクロン大統領がこれを受理した。

ル・モンド紙によれば、これは1958年以来なかった歴史的事件。

同日、フランソワ・ルコワントル将軍が新参謀総長に就任した。

 

新参謀総長(右)を迎え空軍基地125で演説した大統領。マクロン氏の左は女性防衛大臣↑

 

この事件を機に、マクロン大統領があまりに権威主義的すぎるという批判が広まった。

左翼で野党のFI(服従しないフランス)党首、メランション氏は「ヴィリエ参謀総長は国会の委員会の要請に応え答弁しただけなのに、厳しく叱責するなど信じられない」と批判し、責任を負うべきはヴィリエ参謀総長ではなく、非公開で秘守義務を持つはずの議員かだれかリークした者だとし、「国会の権利の冒涜」、「民主主義の危機」だと指摘した。

そして2日前のニュースでは、世論調査の結果、マクロン大統領の支持率は10%急落し、54%となった、と報じた。

ピエール・ド・ヴィリエ将軍は1956年ヴァンデ県のブローニュ生まれ。正式名を Pierre Le Jolis de Villiers de Saintignon という。

ヴァンデ県はフランス大革命後革命政権に対し反乱を起こした地方でもあるが、逆にジャコバンの伝統を引く極左共和主義者ジョルジュ・クレマンソーを生んだ地でもある。ピエール・ド・ヴィリエ将軍はフランス王党派(極右)の政治家フィリップ・ド・ヴィリエ氏を兄弟に持つ。

サンシール士官学校を卒業。2014年全軍の参謀総長に就任。

2015年11月13日のパリのテロ襲撃の後、対イスラム国反撃を担当。「イスラム国の脅威に対し、フランスの平和と安全を保障するには唯一軍事行動しかない」との認識し判断を持った。

バルカン、サヘル、中央アフリカ、シリア、イラクでのフランスの軍事行動をコーデイネートし、同時にフランス国内での反テロリスト作戦、歩兵による監視(サンチネル)を指揮した。

2016年12月に、軍事予算を順次GNIの1・7%から2%に増やす政策に賛意を表明した。これは2022年までに毎年約30億€(日本円で約3,750億円)増大することを意味する。

これに対しマクロン大統領は2025年にGNIの2%に達するようにすると約束していた。

 

以上が事実関係。あとはめのおの感想です。


フランス軍の統合参謀総長ヴィリエ将軍がマクロン大統領に苦言を呈したことに触れ大統領が「フランス全軍の長は私だ」と言わずもがなのことを声高に主張し「他の誰からも批判されたり助言されたりする必要はない」と見栄を切ったのは失策でしたね。

テレビでこの発言を見た時は、「ヒヤリ・はっと」しました。やってはいけない一線を越えてしまった。演劇好きの大統領は歌舞伎役者よろしく見栄を切った。でも、あれは今後の政権運営を厳しくするだけで何ひとついいことはない。

全分野で6兆円もの予算を今年度中に削減しなければならないと判り、苛立ちもあったでしょうが、「私が長だ」なんて言わずもがなの子供が言うセリフみたいなことを言って、お歳より世代に総スカンを食ったのです。

「軍のことを何も知らない青二才めがなにを言うか」と。

一国の元首なんだから、そこは言わなくても、「堪え難きを耐え、忍び難きを忍んで……」と国の財布が空になってることを訴え、来年度は予算を増やすからそれまで我慢してくださいと訴えるべきだった、と他人事ながら思いました。

財政難に直面し、誰よりも困難を良く分かっていて、夜も寝られないほどに悩んでることだけに、無理難題を吹っ掛けたごとくの受け取り方をした参謀総長の言い方がよっぽど頭に来たのか? 

 

「私が全軍の長である……」と力み返った時、正直「はっ」としました。言ってしまったからには、その筋の仕返しは避けられまい……と。

若いのによくやるなあと外国籍のめのおは感心してましたが、こんな若造を頂点に抱えた軍のお偉方、年寄は我慢できなかったらしい。

事実、クーデタを口にした軍人も居たというから恐ろしい。

世論調査の結果マクロン大統領支持率が一挙に10%下落し、54%となった。

原因はヴィリエ参謀総長辞任事件だけでなく、いくつかのことが重なってこの結果が表われたと思います。

① ひとつは住民税の順次削減により地方自治体の歳入減少をどうするのか? という自治体関係者の疑問

② 二つ目は社会保障費CSGの引き揚げと削減に関して市民が疑問を抱き始めたこと

③ 三つ目は7月16日のヴェルデイヴ事件記念日に関してフランスはこの日のユダヤ人狩りに全面的に責任がある、というマクロン大統領が発言したことにつき、おもにル・ペン極右にある部分共感を抱いていた市民が、反発したこと、などが挙げられます。

これらの件については追々投稿してゆきたいと思います。

 

  

 

    (/TДT)/

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2017-07-24 19:59:23

TDF 最終日 シャンゼリゼのゴールと表彰式

テーマ:自転車

最終日(7月23日)のスタートはモンジュロンというパリから約20km南西の町。

1903年に第一回TDFが開始された時ここからスタートした記念の町。

 

 

和気あいあい。並んだ選手と談笑しながら、途中でシャンペンやビールが振る舞われ飲みながら走る、長く厳しいレースも最終日を迎えお祭り気分だ。

 

 

 

パリまでは何事もなく、ゆっくりしたペースで進んだ。

 

 

フルーム選手のバイクがパンクし取り換えるハプニングがセーヌの橋の直前で起こったが…↑

 

パリはポルト・ドルレアンから入り、セーヌ河右岸の車道を通ってグランパレに近づいた。驚いたことにグランパレの内部を横切った。

 

 

入口も出口もTDFの選手団がくぐるところは映らなかった。最初の映像は床の中央を選手団が走るもの。

 

次の瞬間、パリの2024年オリンピック招致のデモに使われた陸上トラックと水泳のプールが映し出された。

 

 

よく考えると、最初の映像は実写だったかもしれないが、次の陸上トラックとプールはモンタージュ映像だったろうと思う。

 

 

シャンゼリゼをコンコルド広場から凱旋門まで昇り、エトワール広場を一周して、またシャンゼリゼをルーヴルに向かって下る。

 

 

 

 

2週目あたりからぐんぐんスピードを上げ、先行グループとプロトンの差も広がって行く。

 

 

 

今年でプロ生活から引退を決めたトマ・ヴォークレール選手に声援と拍手が送られる。

 

 

 

ヴォークレール選手はアルザス出身の38歳。

 

いつもはシャンゼリゼのゴールで猛烈なダッシュを見せるキャヴェンデイッシュ選手の不在が惜しまれた。テレビ・ゲストに招かれ肩の骨折が複雑で穴が開いてるので痛みは引いたが回復に時間が掛かりそうだと。

 

 

来年は出られますねとの問いかけに、僕はTDFを中心に育ったので、TDF抜きでは人生の意味がなくなる、とまで言った。アクシデントだったので悪意や不正はない、とペーター・サガン選手への友情の言葉も忘れなかった。

 

 

最後の一周の鐘が鳴らされる。

 

 

プロトンが先行グループを呑み込み、ゴール目指して一斉にダッシュ。

 

 

 

ゴール前200mでオランダのグローエンウエーゲン Groenewegen 選手がダッシュ、一着でラインを切った。

 

 

 

レースが終わり、表彰式が行われる。

 

 

赤の水玉ジャージを贈られたワレン・バルギル選手は最高に闘志を燃やした選手に贈られる敢闘賞と二回表彰台に立った。

 

表彰台を降りたところに家族が並ぶ席があり、それぞれ表彰を受ける選手の家族がときに涙ぐんだりして長く厳しい闘いを征したことを喜んだ。

 

イエロージャージを贈られたクリストファー・フルーム選手はこれが4回目の優勝で、奥さんと3歳ぐらいの男の子が迎えた。フルーム選手は男の子を表彰台の上に抱きあげて喜びを振りまいていた。

 

 

日本の新城選手が小さな日の丸の旗を振りテレビに愛嬌を振りまきながら走る姿が一瞬映った。カメラを取り出す隙に映像が変わってしまった。

 

シャンゼリゼのゴール1周前に新城選手が先頭に立ったらしいがテレビにアップでは映らなかった。全ステージを終えての新城選手の成績は109位、トップとは3時間18分16秒差だった。

 

チームの成績は各チームの上位3人の合計タイムで競われる。1位は英国 SKY チーム 259時間21分6秒。英国チームの団結力の強さ、個人の犠牲的精神が発揮された、素晴らしいチームだ。

 

 

2位はAG2R LM で259時間28分20秒。 3位はTrek-Segafredo チーム 261時間5分52秒。

 

7月1日にデユッセルドルフ市内でのタイムトライアルに完走した選手は196名。
それから、2日の休息日を挟み、21日間、合計3540kmを走った後、7月23日シャンゼリゼでゴールラインを切った選手の数は167名だった。

毎年7月になるとTDFでテレビに釘付けになる。TDFの選手が暑さの中、雨にもめげずに頑張る姿が励ましになる。

今年は、カルムジャン、ワレン・バルギル選手、ロマン・バルデ選手と期待できる若手フランス選手が3人も出た。

3週間続いた熱気が来年まで見られないかと思うと寂しいが、めのおも真似事ながら自転車を始めたことだし、来年のTDFを楽しみに待つことにしよう。

 

   (≡^∇^≡)

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2017-07-24 07:34:47

TDF 第20ステージ  プレッシャー負けしたバルデ選手

テーマ:自転車

3週間の激闘も今日で終わり。恒例のシャンゼリゼの10週レースで幕を閉じた。

まず昨日(7月22日)のTDF 第20ステージから。 

 

 

この日タイムトライアルのスタートとゴールに選ばれたのはマルセイユのサッカー競技場。名前は「オランジュ・ヴェロドローム」と競輪場となっているが、主に使われるのはサッカー。昨年2016年のサッカー・ヨーロッパ杯の会場に使われる際、改造工事を施し、名前も「Orange-Vélodrome 」と改称された。

 

女子のTDFも始まり、男子の前にスタート。

 

 

 

パリ北の郊外サンドニの「スタッド・ド・フランス」に次ぐ、フランス二番目に大きな競技場(67,000人収容)。サッカーチーム、オランピック・ド・マルセイユ Olympique de Marseill のホーム・グラウンド。サッカーの他にもラグビー、コンサート(セリーヌ・ディオンなど)に使われる。

 

バルデ選手が所属するAG2R LMの巨大なジャージを拡げ応援する観衆↑

 

フランス人選手がTDFで個人総合優勝を飾ったのは1986年のベルナール・イノー Bernard Hynault が最後。イノー選手はTDFで5回総合優勝を飾った3人の選手のひとり。以来主催国のフランスが優勝者を出していない。

開催国のフランスが優勝を飾れないのは、日本の柔道がオランダのヘーシンク選手に優勝を奪われ、相撲が横綱、大関など三役をモンゴルやエジプトなど外国生まれの関取に占められたのと似ている。

 

      応援に熱をあげる観衆↑

 

フランス大衆はバルデ選手の優勝を夢見たのだった。本人は気にしていない様子だったが、やはり期待に応えねばという心理は働いただろう。前夜、チーム仲間と飲んだり励ましや作戦会議などで夜ぐっすり眠れなかったかもしれない。

 

ウオーミングアップするバルデ選手↑

 

ウオーミングアップに集中するフルーム選手↑

 

スタート後、数分と経たないうちに、レポ―ターが2分前にスタートしたウラン選手のラップタイムと比べバルデ選手が10秒遅れていると報告。この時点で、バルデの優勝は儚い夢と化した。マリア様の立つ丘の登りでダッシュしたが、これも疲労を増しただけ。その後の直線でのスパートも勢いを欠き、ゴール直前では2分後にスタートしたフルーム選手に追いつかれそうにさえなった。ウラン選手との差が6秒しかなく、抜かれないようにとの危惧が現実となり、総合2位をウラン選手に譲り、トップとは2分以上の遅れ、4位との差がたったの1秒という、ぎりぎりで、かろうじて3位入賞となった。

 


スタート台に立つウラン選手↑

 

装備し終わってウラン選手のスタートを見守るフルーム選手↑

 

スタート台に立ったバルデ選手↑

 

 

スタート直前の二人の表情↑

 

期待され過ぎが裏目に出て、プレッシャーに負ける結果となった。インタヴューに答えバルデ選手はこう答えている。

「僕は大勢で一緒に走るレースが好きなので、タイムトライアルは苦手だ。巨大なスタジアムで大勢の人が僕の名前を叫び感激したけど、スタジアムからスタートしスタジアムにゴールする競技なんて、気乗りしなかった。

今朝目が覚めた時は体調が悪く、闘志が湧かなかった。昼寝をして少し気分がよくなったけど、勝てるとは思えなかった。頭の中でスパートしただけで身体がついてこなかった。

いちばん嬉しかったのはピレネーのフォワとアルプスのイゾワール峠で勝った時。
あの時が最高だった。イゾワールの後、体力を使い果たし疲れを感じた。TDFは日により調子がいい日と悪い日がある。イゾワールでキャッシュ(現金)を使い切ってしまった。わずか1秒差で表彰台を守れたのは運がよかった。ここまで来れたのもチーム・メイトのおかげ。支えてくれたみんなに感謝してます。」

 

バルデ選手の答え方が変わっていて面白い表現をするので、プロフィールを調べてみた。

ロマン・バルデ選手

 

 

1990年11月9日 オート・ロワール県生まれ。 26歳。父親は学校教諭、母親は看護師。8歳の時バイクを始めた。
アマチュアのレースで成績を残した後、2012年からプロ・レーサーとなる。チームは最初からAG2R La Mondiale。
TDF の成績は2015年からステージ優勝。2016年のTDF個人総合で2位となった。この時の優勝はC.フルーム、3位がナイロ・キンタナだった。
バルデのスタイルは登坂、パンチ型。急こう配の登りと下りに強い。
プロとなってからもレースを続けながら学校へ通い、グルノーブル・ビジネス・スクールを卒業した。なのでバルデ選手は「学生サイクリスト」と呼ばれてきた。

 

気持ちと頭でスパートするも身体がついていかなかったバルデ選手↑

 

個人総合で2位となったリゴベルト・ウラン選手は1987年1月生まれ(30歳)。

 

 

コロンビアではスター的人気がある。

 

所属チームは Cannondale Drapac Proffessional Cycling Team。

 

 

フルーム選手の走りは伸びがあって力強い↑

 

 

この日のタイムトライアルの注目選手の順位:

1位と2位ともにポーランド人。

1 位 マシエジ・ボドウナール Maciej Bodnar       28'15"

2 位 クウイアトコウスキー Kwiatkowski (SKY)       + 01"

3 位 クリストファー・フルーム Christphar Froom    + 06"

4 位 トニー・マーテイン Tonny Martin  Kathusha   + 14"

5 位 インペックス Impex                               + 20"
 
6 位 アルベルト・コンタドール                  + 21"

8 位 ウラン・リゴベルト Uran Rigoberto                 + 31"

 

15位 ランダ LANDA                                       + 51"

 

コンタドールが6位に入ったのが嬉しい。

 

コンタドールはまだまだ走れる↑

 

 

この結果 最終日を待たず個人総合の仮順位は以下の通りとなった。

1位 クリストファー・フルーム    83時間35分16秒

2位 リゴベルト・ウラン                + 54秒

3位 ロマン・バルデ                +2分20秒

4位 ランダ                        +2分21秒

5位 アルー                       +3分05秒

 

 

フルーム選手とバルデ選手のデスマッチはなく、気抜けがした土曜日でした。

 

 ( ̄ー ̄;

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2017-07-22 19:45:22

TDF 第19ステージ ラヴェンダー畑の脇を静かに走る

テーマ:自転車

この日は今回の第104回TDFで最長距離のコース。アンブラン→サロン・ド・プロヴァンス Embrun → Salon de Provence 222・5km。

 

TDFが始まったのは1903年で、2度の大戦で中止を余儀なくされた10年を除き100年以上続いている国民的行事、いまや世界的祭典となった。

アルプスの急峻な山を下りて今日は穏やかなプロヴァンス地方を走る。

 

 

ラヴェンダー畑の脇を走るのんびりした風景。

 


沿道の観衆はそれぞれ趣向を凝らした演出をする。

 

 

今日のコースはきつい上り坂もなく平坦で、総合の順位は大方ついてしまっているので、どのチームも焦らず、チーム毎に一列に綺麗に並んで進行する。

 

 

しかし先頭はやはりSKYチーム↓

 

 

ロマン・バルデ選手が所属するAG2LMチームが、その後をぴったり続いて走る。

 

 

バイクのロード・レースもやはりチームゲームなのだ。チームが一体となって走るときに力が生まれる。全員でなくてもたった一人孤独に走るより仲間がひとりでも並んで走ってくれた方が励ましになる。

 

平坦コースで頑張るのはスプリント型の選手。中間スプリントとゴール前の瞬発力で区間優勝を狙う。そんな選手が50人ほど集団となり、先頭集団を徐々に引き離して行く。

ふたつのグループの差は最終的に12分30秒まで開いた。しかし、個人もチームも総合順位では大きな変動はないと判っているので追走の危険を冒すよりは、これまでの成績を維持する賢明な戦略をとった。

19のステージの間にいろいろあったが、棄権または制限時間内にゴールできず失格となった選手の数は31人にものぼる。

全ステージを完走するだけでも大変な業績なのだ。

日本の新城選手は100位~110位のあいだを動きながら平均した走りで、今年も完走を祝うだろう。19ステージを終わって新城選手の成績は86時間42分12秒、トップとの差は3時間15分17秒で109位。

 

ゴール2km手前でノルウエーのボアッソン・ハーゲン・エドヴァルド Boasson Hagen Edvald 選手がスパートし、あと独走してこの日の優勝を飾った。

 

 

 

エドヴァルド選手はニュイ・サンジョルジュのゴールでマルセル・キッテル選手にたった6mmの差で追い抜かれ2位となった選手。

 

 

 

しかし、ステージ優勝しても、ボアッソン選手のこの日のレース終了後の個人総合成績は77位。

 

先頭集団 Peloton はこの日ボアッソン選手と12分30秒も遅れてゴールしたが、

トップのフルーム選手とボアッソン選手の時間差は依然2時間45分15秒も開いている。いかにコンスタントに強さを発揮するかが個人総合の評価基準にあるようだ。

 

第20ステージの今日(7月22日)はマルセイユの市内22kmを一人ひとりが走るタイムトライアル。

マルセイユの競輪場をスタートし、海岸通りを走り、マルセイユのシンボルである聖母マリアの金色の像が立つ丘の上の教会の下を回り、また海岸に出てゴールの競輪場へ戻る。


フルーム選手と2位のバルデ選手の差が23秒、バルデ選手とウラン選手の差はたったの6秒。

フランスの大衆はここ数十年優勝から遠のいているだけにバルデ選手に期待を掛けるが、本人は22kmじゃあ、強豪のフルーム選手を負かしイエロージャージ獲得なんてムリだよ、とあっさりしている。それよりウラン選手に6秒差を縮められ2位を奪われないように奮闘しなければならない。

午後1時にスタート。順位の下の方からスタートする筈だから、この3人がスタートするのは最後で4時過ぎになりそう。

その間、庭の芝刈をしたり、溜まった剪定で出たゴミを集積場へ持ってかねばならない。午後には夕立の予報なので。

 

   ( p_q)

 

   
 

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