2012-02-24 19:00:25
posted by tsuguminokazoku
ゴビノーの『人種不平等論』
テーマ:社会・政治・国際
19世紀のフランスの伯爵ゴビノー(Joseph Arthur Comte de Gobineau 1816 - 1882)は『人種不平等論』を出版し、ヨーロッパ人、広くアーリア人種の優越性を説いた。白、黒、黄色の三人種の差違は自然が設けた障壁で、混血によってその障壁が破られると文明は退化すると……。
人種イデオロギーの父とも呼ばれるゴビノーは1850年代、当時の外務大臣トックヴィルに引き抜かれて彼の秘書をしていた。専門の民族学や人類学者ではなく、旅行で得た観察からアマチュア学者としてこの本を上梓した。
例えば東洋人についてゴビノーはこういう評価を載せている。
「黄色人種は凡庸で、実用性を好み、秩序を尊び、ある程度の自由の価値を知ってるが、夢想したり、理論化することを好まない。それほど深淵、崇高でないものは理解でき、みずから発明はしないが、自分に役立つものなら、価値を認めて取り入れる……」
めのおがパリへ出て来た当時、1974年のことだが、東洋人に対しては、これと大差ない評価がまだ一般的だった。ドゴール将軍が日本の池田首相の訪仏に際して「ああ、あのトランジスタのセールスマンがくるのか」と言ったり……。アメリカの言いなりになる日本の政治家への軽蔑を隠さなかった。
「フジヤマ、ゲイシャ」の時代は終わっていたが、「ホンダ、ソニー、ヤマハ」の時代が来ようとしていた。ルノーなどの労組は日本の車メーカーは産業スパイでわれわれ(フランス人)の発案をコピーして、安い労働力で市場を奪っていると主張し、政府も日本車の輸入を制限していた。
経済的にはフランスの方が日本よりまだ少し豊かな時代だった。石油危機を日本は生産性と燃費の向上、セラミックスの触媒をマフラーに装備するなど、大変な努力で乗り越えたが、フランスは慢心と労組など『親方三色旗」の甘えから脱け出られず、ついに日本に追い越されてしまった。
ナチスがホロコースト、ユダヤ人やジプシーや同性愛者や精神障害者の抹殺に走ったイデオロギーの根源には、アーリア人種は優秀で、混血により不純な血が混じると劣化するというレイシスムがあった。
不幸なことにゴビノーはナチスのイデオロギーの創作に利用された。ゴビノー自身は特に反ユダヤではなかった。上に挙げた本には反ユダヤ的なことは書かれていない。だが、熱烈な民族主義者だったワーグナーはゴビノーが好きだったし、その娘婿のチェンバレンはドイツに帰化し、ゴビノーを曲解して反ユダヤ思想を宣伝した。ヒトラーの『我が闘争』の十一章『民族と人種』にはゴビノーをチェンバレンが歪曲した説がそっくり取り込まれている。
ナチスの台頭の半世紀も前に「ドレフュス事件」がフランスで起こったように、もともとフランスの貴族と軍人にはユダヤ人蔑視があった。
1882年には世界反ユダヤ連盟が結成された。ユダヤ人が世界を支配してるから、反ユダヤ主義者たちは、ユダヤ人からその支配権を奪い返せと主張した。以下は前にも書いたことと重なるが、詳細を補足したいので再投稿します。
『シオンの賢者の議定書』という本が20世紀初めに出回る。ユダヤの秘密権力が世界征服を計画している証明になる本とされた。ロシヤの秘密警察が民衆の不満を皇帝からユダヤ人に向ける為に捏造したという説が有力。ボルシェヴィキ革命を成功させたレーニンもユダヤ系だったしトロツキーはユダヤ人だから。
ヒトラーは『シオンの賢者の議定書』の熱狂的な信奉者だった。偽物の本だと指摘されるとニセモノかもしれないが内容は本当だと擁護したのは有名な話。ヒトラーと並んでアメリカのヘンリー・フォードもこの本の信奉者だった。
フォードは自分が経営してる『ディアボーン・インデペンデント』という新聞にこの文書を連載させ、後で『国際ユダヤ人』という題で出版し五十万部も売った。『シオンの賢者の議定書』のタネ本はフランス人が書いた『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』という本だった。
ドイツではユダヤ人の迫害が始まるが、ドイツと枢軸関係を結んだ日本は、満州国経営の困難をユダヤ資本を導入することで解決しようと試みた。『河豚計画』とおかしな名前で呼ばれている。フグ料理はひとつ誤れば命取りになるという、マジで? と訊き返したくなるような命名だ。
『日ユ同祖論』つまり日本人とユダヤ人は同じ先祖から出たという論も広まった。『河豚計画』とともに、主に石原莞爾を中心とする大陸派の間で支持されたらしいが。そのうち、統制派が主導権を握り、ナチス・ドイツとの枢軸関係が強化されてゆくにつれ、この計画は不可能になり立ち消えてしまった。
人種イデオロギーの父とも呼ばれるゴビノーは1850年代、当時の外務大臣トックヴィルに引き抜かれて彼の秘書をしていた。専門の民族学や人類学者ではなく、旅行で得た観察からアマチュア学者としてこの本を上梓した。
例えば東洋人についてゴビノーはこういう評価を載せている。
「黄色人種は凡庸で、実用性を好み、秩序を尊び、ある程度の自由の価値を知ってるが、夢想したり、理論化することを好まない。それほど深淵、崇高でないものは理解でき、みずから発明はしないが、自分に役立つものなら、価値を認めて取り入れる……」
めのおがパリへ出て来た当時、1974年のことだが、東洋人に対しては、これと大差ない評価がまだ一般的だった。ドゴール将軍が日本の池田首相の訪仏に際して「ああ、あのトランジスタのセールスマンがくるのか」と言ったり……。アメリカの言いなりになる日本の政治家への軽蔑を隠さなかった。
「フジヤマ、ゲイシャ」の時代は終わっていたが、「ホンダ、ソニー、ヤマハ」の時代が来ようとしていた。ルノーなどの労組は日本の車メーカーは産業スパイでわれわれ(フランス人)の発案をコピーして、安い労働力で市場を奪っていると主張し、政府も日本車の輸入を制限していた。
経済的にはフランスの方が日本よりまだ少し豊かな時代だった。石油危機を日本は生産性と燃費の向上、セラミックスの触媒をマフラーに装備するなど、大変な努力で乗り越えたが、フランスは慢心と労組など『親方三色旗」の甘えから脱け出られず、ついに日本に追い越されてしまった。
ナチスがホロコースト、ユダヤ人やジプシーや同性愛者や精神障害者の抹殺に走ったイデオロギーの根源には、アーリア人種は優秀で、混血により不純な血が混じると劣化するというレイシスムがあった。
不幸なことにゴビノーはナチスのイデオロギーの創作に利用された。ゴビノー自身は特に反ユダヤではなかった。上に挙げた本には反ユダヤ的なことは書かれていない。だが、熱烈な民族主義者だったワーグナーはゴビノーが好きだったし、その娘婿のチェンバレンはドイツに帰化し、ゴビノーを曲解して反ユダヤ思想を宣伝した。ヒトラーの『我が闘争』の十一章『民族と人種』にはゴビノーをチェンバレンが歪曲した説がそっくり取り込まれている。
ナチスの台頭の半世紀も前に「ドレフュス事件」がフランスで起こったように、もともとフランスの貴族と軍人にはユダヤ人蔑視があった。
1882年には世界反ユダヤ連盟が結成された。ユダヤ人が世界を支配してるから、反ユダヤ主義者たちは、ユダヤ人からその支配権を奪い返せと主張した。以下は前にも書いたことと重なるが、詳細を補足したいので再投稿します。
『シオンの賢者の議定書』という本が20世紀初めに出回る。ユダヤの秘密権力が世界征服を計画している証明になる本とされた。ロシヤの秘密警察が民衆の不満を皇帝からユダヤ人に向ける為に捏造したという説が有力。ボルシェヴィキ革命を成功させたレーニンもユダヤ系だったしトロツキーはユダヤ人だから。
ヒトラーは『シオンの賢者の議定書』の熱狂的な信奉者だった。偽物の本だと指摘されるとニセモノかもしれないが内容は本当だと擁護したのは有名な話。ヒトラーと並んでアメリカのヘンリー・フォードもこの本の信奉者だった。
フォードは自分が経営してる『ディアボーン・インデペンデント』という新聞にこの文書を連載させ、後で『国際ユダヤ人』という題で出版し五十万部も売った。『シオンの賢者の議定書』のタネ本はフランス人が書いた『マキャベリとモンテスキューの地獄での対話』という本だった。
ドイツではユダヤ人の迫害が始まるが、ドイツと枢軸関係を結んだ日本は、満州国経営の困難をユダヤ資本を導入することで解決しようと試みた。『河豚計画』とおかしな名前で呼ばれている。フグ料理はひとつ誤れば命取りになるという、マジで? と訊き返したくなるような命名だ。
『日ユ同祖論』つまり日本人とユダヤ人は同じ先祖から出たという論も広まった。『河豚計画』とともに、主に石原莞爾を中心とする大陸派の間で支持されたらしいが。そのうち、統制派が主導権を握り、ナチス・ドイツとの枢軸関係が強化されてゆくにつれ、この計画は不可能になり立ち消えてしまった。










