今日街の中で「俺の見つけたナーオンだろうがァ!!」って電話越しに怒鳴ってるソッチ系のお兄さんがいました。
ナーオンって単語をリアルに使用してる人を初めて見た。
さぞマブいナーオンを横取りされたんだろうなァ。
何回も怒鳴ってたけど、あんまり見たら殺害されそうだったからそそくさと彼の視界から逃げました。
めでたしめでたし。
その後ポリスメンに捕まってる女子高生の群れにも出会いました。
もう0時過ぎてたからね。
女子高生の人数が10人くらいで、警察が3人。
計13名で群れてるから目立つ目立つ。
俺も近くを通り過ぎたら補導されるかなァと思って通ってみたけど、見向きもされなかった。
まだ10代だし、女子高生にもモテモテだから寄ってたかられると思ったんだけど意外だったな。
とりあえずそんな夜中に一人一人に話聞くよりも早く帰してやるべきだよね。
そんな説教染みたセリフ聞きたくないって?
いつからこんな生意気な口を聞くようになったんだろう。
気付けば娘が中学に入ってからというもの、口を利く機会がめっきり減ったものだ。
そんな娘ももう今年で19歳、彼氏の一人でも居て当たり前の年齢なのだが、父というものは皆決まって娘の「恋路」を邪険にしてしまうもの。
私も例外ではない。
「おう、理恵子。お前…ボーイフレンドの一人や二人いないのか?」
「なにそれ?娘に聞く言い方じゃなくない?」
私も不器用なものだ。
娘の機嫌さえも取れない父じゃ肩身も狭苦しい。
「よし理恵子!今度の日曜にでもフジキューに行くか?流行ってるんだろ?フ ジ キュー。」
私は少し見栄を張って、得意げに言った。
「は?富士急?別に流行ってないけど。」
的外れだったのか、私は一気に萎縮してしまった。
「(はて?こないだ会社の女の子たちが話してるのを小耳に挟んだんだけどな…)」
「どっちにしろ今度の日曜は友達とマルキュー行くからムリ!」
「(マルキューだ!!)」
私は思い出した。
思い出しすぎて、気付けば記憶は小学校の4年生まで遡ってしまった。
「おー高橋!オメェ宿題やってきたんだろうなぁ!」
ボク、高橋逸男は背が小さく華奢だったためか、クラスのみんなにイジメられがちだった。
「やったけど…これはボクのノートだよ…」
「うるせぇ!さっさとよこせっつーの!」
バタンッ!
ボクはガキ大将の梅地君に突き飛ばされ、ノートを取られてしまった。
そしてその時に頭の打ち所が悪かったためか、何も思い出せなくなってしまった。
「(アレ?ここはドコだろう…?)
真っ白なベッド、真っ白な布団、真っ白な壁。
ふと立ち上がり、窓の外を見る。
「ん?入り口に何て書いてあるんだろう?」
目が悪くメガネが必要不可欠だったボクはベッドの枕元に置いてあったメガネに手を差し伸べた。
その時だ。
「あッ!!」
ドタン!!
急に部屋に飛び込んできた黒猫に足をすくわれ、ボクは床に倒れてしまった。
「ようこそワンダーランドへ…ククク」
目の前の黒猫がボクの掌を舐めながらこう言う。
「キミはもうこのワンダーランドから逃げられないよ…ククク…」
「ボクは逃げも隠れもしないぞ!出て来い魔王!」
魔王バビル神は、ボクがまだ5歳の頃、嫌がる母を無理矢理連れさらってルモンテール火山へと隠れてしまったのだ。
ルモンテール火山はもうかれこれ5万年もの間噴火し続けている火山で、町の人はもちろん、どんな勇敢な戦士たちも一度足を踏み入れたら戻ってくる者は居なかった。
だからボクは待った。
魔王バビル神がもう一度町へ降りてくるのを待った。
そんなこんなでもう52歳。
きっと母はもうこの世にはいないだろう。
でも夜空を見上げればほら、月のすぐ隣で光ってるあの星がきっと母だ!
ボクは毎月10日になると必ずこの星空を見上げるんだ。
どうして毎月10日かと言えば、ボクの今やっている仕事は、25日締めの翌月10日払いだからだ。
25日締めは正直嫌だった。
一ヶ月にいくら稼げるのか計算しづらいからだ。
しかしこう見えても中学生の頃、数学の成績だけはクラスでトップだった。
あの頃は頭が良ければ女の子にモテると思っていて、頑張って勉強したっけ。
その甲斐あってか、クラスで一番の美女、さやかちゃんとデートすることができたのだ!
「徹平くん、今度の日曜日…空いてる?」
「…え?日曜…空手の稽古があるけど、午後からなら平気だよ!」
「ホント?じゃあ一緒に水族館行かない?」
「…うん、別にいいよ!」
嬉しかった。
ずっと片想いだと思っていたさやかちゃんの方からデートに誘ってくれたんだ。
あの時は素っ気ない返事をしてしまったけれど、内心は物凄く嬉しくて、ドキドキしてその日の夜は眠れなかったっけ。
そして約束の日。
ボクはいつもより少しだけおめかしして待ち合わせの駅で待つ。
「まだかなぁ?おそいなぁ。」
約束の時間から15分過ぎてもさやかちゃんは現れなかった。
「(何かあったのかな…?)」
ボクは不安になった。
「さやかちゃんなら来ないよ~?」
聞き覚えのある声だが、大好きなさやかちゃんの声ではなかった。
「だ、誰だ!?」
振り返ったボクの目の前にいたのは、魔王バビル神だったのだ!
「さやかちゃんはもう来ないよ…だからこの俺様が来たのさ!」
気付けばボクは十字架のオブジェに縛り付けられていた。
「俺様が合図すればこの町中のカラス達がオマエの脳髄を飲み干すだろう!」
「や、やめろ!!」
ボクのそんな叫び声も届かず、魔王バビル神は右手をサッと上げ、カラス達に合図した。
「待ちなさい!!」
聞き覚えのある声だ!
と思うのと同時に、ボクの目の前にさやかちゃんが現れたのだ!
「サヤカキューティー!メーイキャップッ!!」
その掛け声と共に、さやかちゃんは綺麗になった。
「か、可愛い…」
ボクはますますさやかちゃんの事が好きになった。
今はこうして隣にいるさやかちゃんも、少し怒った時のさやかちゃんも。
ボクはぜーんぶ愛しているんだ!
世界中に叫びたい!
「サヤカキューティー!メーイキャップ!」
目が覚めた。
「オマエまた変な寝言言ってたぞ!」
同僚の茂樹とは長い付き合いだ。
もうかれこれ15年になるかな?
今では良き仕事のパートナーであり、そして親友だ。
「よぉツトム、俺な、オマエに黙ってたことがあるんだよ」
いつも明るい茂樹が急にしおらしくなって話し始めた。
「俺な、実は…オマエの彼女を…」
聞きたくなかった。
親友だと思っていた茂樹はとんだ悪魔だった。
「ふざけんなよ!」
俺は激怒した。
まさか親友が自分の彼女に手を出すなんて思ってもいなかったからだ。
「違うんだよ!ちゃんとワケを聞いてくれよ!」
「浮気に言い訳もクソもないだろうがよ!」
「浮気…?何か勘違いしてないか?」
「えっ?ち、違うのか?」
「ハハハ!!オマエ何早とちりしてんだよ!」
茂樹はそんな俺の焦りっぷりを見て大笑いしていた。
「ハハハハハハッハハハハハハ…!!!!」
様子が可笑しい。
茂樹の笑い声がどんどん低くなり、次第に嫌悪感を感じる笑い方になっていった。
「ハハハハハハハアハハ!!オマエは本当に鈍感はおバカさんだな!」
「何だと!?どういうことだ!」
「こういうことさ…」
茂樹は自分の顎に手を掛けると、一気に顔の皮を剥ぎ取った。
「キ…キサマ!!!!」
魔王バビル神だった。
ずっと親友だと思っていた茂樹は、なんと魔王バビル神だったのだ。
「オマエの事は地獄の果てまで追ってやるからな!」
そういい残すと、魔王バビル神は天空の彼方へと消えていった。
「どうして…」
俺の周りには何もなくなった。
ほんの二週間前にもらったばかりの給料もパチンコでスッてしまったからだ。
「チッ!面白くねぇ!!」
俺はヤケになって、地面に落ちていた空き缶を蹴り上げた。
蹴り上がった空き缶を何気なく目で追ってみたが、8月の日差しが眩し過ぎて、途中で目を伏せた。
「イテッ!」
正面からそう聞こえた。
日差しのせいでよく見えなかったが、どうやら俺が蹴り上げた空き缶が命中してしまったようだ。
「す、すいません!」
「ゆ…許さん…!!」
魔王バビル神だ!
「この恨み…俺の命が絶たれても終わると思う…な…よ…」
魔王バビル神は息絶えた。
と同時に、決して消えることのないと言われていたルモンテール火山の噴火が治まったのだ。
町中の人たちが騒ぎ出す。
「やったー!噴火が治まったぞー!これで俺達の町に平和が戻るぞー!!」
さっそく町を挙げて祭が始まった。
町のみんなの笑顔が眩しい。
俺は祭の騒がしさに少し疲れ、境内の隅にちょこんと座り込んだ。
すると少し離れたところに同じように座っている女の子がいた。
「こんばんは!」
そう声を掛けてくれた少女は、俺の顔見るなりニコっと笑ってくれた。
「お父さんのウラミだからね…」

続け。