今週の九条の大罪/第94審 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第94審/生命の値段③

 

 

 

初登場の平川幸孝がおそらく不必要な入院をお年寄りに迫っているところだ。

幸孝は白栖総合病院の医院長、雅之の次男で、正孝の弟である。名字がちがうのは、ちがう病院の平川に婿養子に入ったからだ。

父が相楽弁護士のところに相談にいっているところで、兄弟が話し合う。次期医院長については、正孝が辞退したいとしているのを受けて、幸孝にはなしがいっているらしい。だが、彼は平川委員の婿養子、そうかんたんに首肯できることではない。そもそもなんで辞退したのかというところで、弟は兄の理想論にうんざりした様子をみせる。理想で飯は食えない、というのが弟の考えだ。診療報酬が下がったせいで、病院は薄利多売でやっていくしかない状況なのだと。善人ぶってたってしょうがない。それが病院経営のセオリーなのだ。

でも、だとした病院の存在理由とはなんなのか? 正孝は拝金主義という。幸孝はそれを否定しない。なぜなら、患者の意識が低いからだ。保険で安くなっているぶん、じっさい高齢者はちょっとしたことですぐ病院にくる。高額医療を受けている自覚など誰にもない。そうやって、満員電車の現役サラリーマンからしぼりとったお金を湯水のように使っていると。その恩恵を医者は受けているのだ。

 

少し考え、正孝はある患者のはなしを始める。事故で足を失った少年である。これは、第1審に登場したあの子どもだ。彼は左足を失ったが、その前に、病床がうまっているという理由で白栖総合病院を拒否されていたのだ。その後もたらいまわしされ、けっきょくどうにもならなくなってしまったのである。じぶんなら切除せずに済ませることができたと。

正孝は少年のことが気がかりで、裁判にまで出かけていた。あの事件の運転手・森田を弁護したのが九条である。正孝は、悪徳弁護士として、九条の名前まではっきり覚えているのだった。

 

 

正孝の妻・早苗は、夫が次期医院長を辞退するのを撤回してくれと電話でいっている。恵理子にマウントをとられるからと。恵理子とは、幸孝の妻、つまり平川のところの娘なのである。ああ名前がややこしい・・・。早苗と恵理子は以前からの友人らしい。恵理子がミス柏に選ばれたらじぶんはミス我孫子に、タワマンに引っ越したらその下の階に、という具合に、恵理子に遅れるかたちで、早苗はずっと張り合ってきているらしい。最後には恵理子が結婚した夫の兄と結婚までしたわけである。まあ、これは恵理子の言い分なので、どこまでほんとうかわからないが、医院長の件をみると、だいたいあっているのだろう。早苗からしたら長男である夫が医院長になるかもしれないということは切り札だったはずだ。

 

 

SMプレイ写真の謝罪会見ということだろう、また白栖雅之が記者達を呼んでなにかしている。その後、相楽から請求書を預かる。額は10億となっているのだった。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

弁護士とのつきあいはないので、ぜんぜん相場はわからないが、相楽は相応の相場だといっている(相が3回も続いちゃった)。10億って・・・。

 

幸孝と父の雅之の考えかたはほぼ同じとみてよさそうである。しかし、幸孝は当然雅之よりあとにこの世に生まれたもので、父のふるまいをみているものであるから、その発想は選択的なものとなる。つまり、ほかにももののとらえようはあったろうに、自発的にそれを選び取っているのだ。兄の正孝が父の経営に違和感を抱えていることがそれを示す。しかも、それほど年は離れていないようだが、幸孝は兄のふるまいさえみているのである。そのうえで、自明のもののように、父の経営思想を引き継ぐのである。

 

父・雅之と長男の正孝の病院像は、患者を「創出」するものか「対応」するものかという視点で整理することができると前回考えた。原理的には病院や医者というものは、病気や怪我で困っている患者がまず存在して、しかるのちに出現するものである。ここに誠実に「対応」していく限りでは、正孝の考えは正しいものとなる。ところが、今回細かく次男の幸孝が示したように、そればかりでは経営が成り立たない。だから、情報の非対称性を利用して不必要に入院をすすめたり、過剰な延命措置をしたりして、患者を「創出」するのである。これはじっさい、ふつうの会社なら、当然の発想だ。どんな良心的な販売店も、ただ頼まれたものを売るだけでは成り立っていかない。顧客のニーズにこたえるだけでは大きくもならないし持続もしない。そこから先にいくためには、顧客の欲望を創りだし、また顧客を開拓することが必要になってくるのである。だから、両者の相違は、福祉や自治体に近い目線で患者をみるのか、本人さえまだ気がついていない欲望を抱えた客として患者をみるのかという点にあることになる。

さらには、父の雅之には病院をファルス(男根)的にとらえているふしがある。一代で築き上げたじぶんの病院をおおげさにも「一族」のものとし、長男が拒否したら次男という具合に、息子に継がせようとしていることからもそれはわかる。このとき、息子たちはただじぶんの代理人である。

 

こうしてみたとき、その立場、つまり、父の男根としての病院を引き継ぐ立場を喜んで引き受けるものとしての幸孝は、自画像をそこに託していることになる。ここではじめて、雅之が語るぶんにはいまいち内実をともなわなかった「一族」という語が質量をもったものになる。幸孝は、「一族」のものであればこそ、父が膨張させた病院を、その経営理念に則ったしかたで受け継ぐのである。だから、幸孝はどことなくカラッポな印象があるのだ。妻の恵理子も、どことなくトロフィー的であり、恵理子じしん、その役割を喜んで引き受けているようである。心の底からわきでてくるような欲望や自尊心が、どこか欠けているのだ。早苗もまたそういう人物のようだが、その早苗を馬鹿にしつつ、恵理子は、彼女を馬鹿にするという行為によって、じしんも相対化している。早苗が張り合ってくることを馬鹿にすることによって、じつは恵理子もその土俵にのっているのである。

 

今回のはなしでおもしろいところは、この白栖家の標準形である患者の「創出」ということが、顧問弁護士の相楽にもあてはまるということだ。相楽もまた、依頼人を、というか厳密には依頼を「創出」する。雅之が炎上しても、それが微妙に鎮火しないよう努め、依頼人が困る状況にたくみに誘導するのである。

 

今回は、正孝の脳裡に焼きついて離れない足を失った少年の記憶を象徴として、ここに九条もからんでくることとなった。正孝には九条が悪徳弁護士にみえているようだが、ここまでの考えをみるとどうだろう。九条は依頼人を創出したりはしない。徹底的に「対応」するものである。だから、むしろ正孝とは気が会いそうなにおもうのだが、そうもいかないらしい。だが、冷静にみると、彼が九条を悪徳弁護士とするのは、かなりのぶぶん感情的なものだ。病院が満床を理由に少年を拒否したことと、九条が手続きにしたがって森田を釈放に導いたことは、なんの関係もない。もっといえば、法律上の事件の経緯と少年の足の行方も、関係がない。少年が足を失うかどうかということは、森田が有罪になっても無罪になっても、別の文脈で起こっていたことだからだ。したがって、この正孝の反応は、白栖総合病院をはじめとした医療業界へのうらみをのせかえたものだ。正孝も事件のほんとうのところはテレビなどみている一般人と同程度の知識でしか見えていないはずであり、さらにいえば法律は素人のはずである。それなら、ほんとうは、九条を悪徳であるかどうか、彼は判定できないのだ。しかしそうする。それは、じしんが救えなかったという罪の意識の反転で、少年は救われるべきものだったという信憑が強くあるからである。とすれば、ここにはまったき「善」が想定されていることになる。あの事件にかんして、少年は絶対に救われるべきだった。足にかんしていえば、じぶんなら切除させずに済ませることができた。同様に、犯人は有罪になり、少年は報われるべきだった。このようにして、彼は「善」なるものを想定しているのである。

だが、これはいわゆる二元論的な善とは異なるもののようである。おそらく、根底にあるのは罪の意識だ。二元論的な善は、目の前に広がる景色をホワイトボードに油性ペンでくっきり区切るようにしてわかつものだ。だが彼のばあいは、父の系譜において、悪をなしているという自覚がまずあった。である以上、父のふるまいの外側にあるものは、悪ではないことになる。それはたとえば、患者の創出の向こう側にみえる、誠実な対応である。このようにして、正孝は罪の意識から、疑う余地のない完全な善を予感しているのである。じしんの否定ののちにあらわれるにちがいない善、それをはばむものが九条であるというわけである。こうみれば、それは正しいだろう。九条は、前提された善悪というものに与する兄の蔵人や過去の烏丸とは対立するものだからだ。九条の前にあるのは、ただ法律の文章であり、手続きなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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