今週のバキ道/第117話 | すっぴんマスター

すっぴんマスター

(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第117話/獣の構え

 

 

 

 

ジャック・ハンマーと野見宿禰という超大型ファイター対決が、傍目にはふつうのお相撲のように四つに組んだような状態にもつれこんだ。

しかしじっさいそこで起こっていることは互いに廻しをつかんで膠着しているような生易しいものではない。宿禰は両手でジャックの背面に指を食い込ませてアバラを捕り、ジャックの腕の状態はよくわからないが、上からおおいかぶさるようにして宿禰の右僧帽筋肉に食いついているのである。どちらも必殺の状態なわけだ。ガップリ四つ、ガブリ四つなどと実況が上手いことをいっている。

ジャックの場合は嚙みつきの深さにもよるが、宿禰のアバラ投げは必殺中の必殺という感じがある。だいたい、からだに指が差し込まれている時点で空手でいえば貫手が決まっているのと同じなわけで、そこから投げられれば、投げのダメージとともに肋骨も激しく損傷するのである。

宿禰が投げに移る。力学的に互いの動きがどう作用するのか、複雑でよくわからないが、ともかくジャックの顎ははずれない。そして、投げられたからだが地面に接触するかというところで、ジャックのからだが停止する。これは、嚙みつきのパワーでしがみついているということだろうか。

同時に、バキらはそこで起こった、宿禰には致命的なことを看破する。僧帽筋を切られたというのである。僧帽筋は、背中や肩を鍛えるときに激しく働く、かなり大きい筋肉だ。ものを上げるとき、そして投げるとき、これは不可避的に機能する。ただ今回は、それがジャックの口のなかで機能した、ということだ。

 

投げに失敗した宿禰がジャックを突き放す。最初の接触で千切られた左肩と同じくらい、その右側から血が噴き出ている。ということは、左のほうも切れていると見ていいのだろうか。宿禰は汗をびっしょりかいており、けっこう追い詰められているようにも見える。まあ、もしほんとうに投げが封じられたのだとしたらかなりまずい状況ではある。

ジャックが食いちぎった肉を弾丸のように勢いよく吐き出す。本部がいうように客はドン引きだ。

 

ジャックがさらに姿勢を低くした獣の構えをとる。手をついているさまがどことなく相撲のようでもあるのが印象的だ。究極に進化した格闘技の具現としての嚙道が原始に帰っていると実況がいう。今日の彼は冴えてるな。

だが次に宿禰の前に出現したジャックがくりだすのは蹴りである。軸足の膝が接するほどの低い位置から、ほとんど直線的ですらあるハイキックだ。ゆらぐ宿禰を、今度は立ち上がったジャックが、古典的にすらみえる左ジャブで連続して殴る。意識の散ったところを、さらに追い討ちの左ハイ。嚙みつきがなくてももともとジャックは超一級の打撃ファイターなのだった。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

嚙みつきを連想させる獣の構えから古典的な打撃をくりだすという、試合開始のときからのあの揺さぶりの戦略が、まだ続いているようである。

 

宿禰目線でいえば、彼はなにかジャックから(ひょっとしたら意図せず)多くを学んでいるようなところがある。これから襲いかかるというメッセージを豊かにたくわえた獣の構えをとりながら宿禰の技をもらったり、カウンターに終始したり、そういう戦略的なジャックの行動を、宿禰はたとえばいかにもカウンターの構えである金剛力士の構えでなぞっているように見えるのだ。こういうジャックの揺さぶりに対して後手になりつつ追いつこうとする宿禰のふるまいがあると仮定して、今回のガップリ四つはどういう状況になるだろう。遠目には、そうした戦略やなにかはいちどキャンセルされて、互いに相手を手中におさめたような状況になっているように見えるかもしれない。それがそうではなかったというのが今回の話だ。宿禰はジャックの身体に指を指し込み、それが決まれば回避不可能にさえおもわれたアバラ投げを行おうとしている。そして同時に、ジャックはうえから噛み付いて、致命傷を負わせることのできるポジションを作り出したのだ。互いに相手の心臓を握ることに成功した、ように見えたわけである。ところがそうではなかった。ジャックが嚙みとっていたのは、アバラ投げを実行するのに必要な僧帽筋肉だったのである。いわば、心臓をつかんだ宿禰の身体をまるごと巨大な手でつかんだような状況だったわけだ。ここでもやはり宿禰は遅れているのである。

しかしこれは、宿禰が学んでいる身であるからこそであるとも考えられる。遅れている、もしくは劣っているということは、追いつく、また成長する余地があるということだ。

 

それにしても絶対的必殺技にもおもえたアバラ投げがおもいもよらない方法で破られたものである。といっても、これはジャックだからこそできたことで、ほかのものは僧帽筋をむしりとるなんてことは、せいぜい花山ができるかもしれないというくらいのもので、まず考えられない。この点で嚙道は宿禰を上回ったわけだが、しかし考えてみれば両者のやっていることはじっさい似てもいるのである。嚙みつきは、身体のどのぶぶんに対しても実行可能だ。多少ダメージの多寡にちがいはあっても、基本的には出血をともなう大ダメージが期待できる。そして宿禰もじつは、衣服に関わらず身体を骨格に見立ててどこでもつかむことができるという技の持ち主なのだ。とするなら、もし今回のような状況が予期できたとすれば、宿禰はジャックの嚙みつきにかかわる筋肉(どこがそうなのかはわからないが)をつかみとればよいことになる。つまり、この状況も回避じたいは可能だったのだ。やはり宿禰にかんしては「学習」と「遅れ」がテーマになっているようである。

 

引き続きとられたジャックの古典的打撃はなんだろうか。今度もやはり「いまから嚙みつきますよ」というメッセージに満ちた獣の構えからの行動だった。ここにも宿禰は揺さぶられるわけだが、それ以上のことがここからは感じられる。嚙道は基本的に分岐をはじめつつある相手の動作をこちらの「嚙む」に収束させる技術だというふうにこれまで考えてきた。だが、もちろんそれだけではなかったわけである。強い蹴り技をもっている選手が、拳を鍛え、突きの接近戦で有利に持ち込むことで得意な蹴りをよりよい条件で打ち込めるようにする、ということはよくある。嚙道においての「嚙みつき」は、「最終目的」であるとともに、北極点や赤道のようなものにもなるのだ。それがそこに「ある」ということが相手に強く意識されている状況では、もはやそれがじっさいに行使される必要もなくなる。いってみれば、刃物をもっているものが突如繰り出した打撃が、今回のジャックの攻撃だったのである。ほんとうに「嚙道」は完成しているようだ。

「嚙みつき」を背後に宿した「ただの打撃」は、しかし超一流のジャックが繰り出すものであり、強烈なものである。ここから宿禰は多くのことを学べるだろう。というか、ここではじめて、「つかんだら無敵」におもえた宿禰が、非常に限られた条件でしかちからを発揮できないファイターであることが露呈しているわけである。アバラ投げは、ただ必殺であるばかりではいけないのだ。必殺であるがゆえに生じるほころびに食い込むような、アバラ投げを背後に宿した別の技術が必要なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管理人ほしいものリスト↓

 

https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/1TR1AJMVHZPJY?ref_=wl_share

 

note(有料記事)↓

https://note.com/tsucchini2

 

お仕事の連絡はこちらまで↓ 

tsucchini3@gmail.com