『通訳者たちの見た戦後史』鳥飼玖美子 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『通訳者たちの見た戦後史』鳥飼玖美子 新潮文庫

 

 

 

 

 

 

「日本人は開国とともにやってきた英語と、どう向き合ってきたのか? アポロの月面着陸の生中継で同時通訳者としてテレビデビューし、NHKの英会話番組に長年出演する著者が、自らの来し方と先人たちの軌跡を辿り、戦後秘史を紐解く。進駐軍との交流から英語教育論争まで、英語との付き合いは日本現代史そのものだった! 第一人者による、体験的英語論の必読書」Amazon商品説明より

 

 

 

鳥飼玖美子先生といえば、ぼくではいちに揺れ動く英語教育や大学入試にかんしてまず意見を求められるような存在である。けっきょくのところ、じぶんで好きなものを読む以外にまともに英語に向き合ったことはなかったので、特に『言語接触』を読むまで、そして仕事で専門書エリアに就くまでは教育にも無関心だったから、こういう狭い認識になるのだろう。だから、いつか読んだひつじ書房の本ではじめて書いてあるものを読んだ気がするのだが、正確なことはわからない。だが、じっさいには鳥飼先生はかなり有名なかたである。通訳者としてはあのアポロ月面着陸のときにデビューし、立教大学で新しい学部を立ち上げたり、万博のときに放映されたテレビ番組で通訳兼司会みたいなことをしたり、「百万人の英語」などテレビやラジオで英語講座をもったり、とにかくいろいろなことを精力的に行ってきたバイタリティのかたまりみたいなかただ。本書はその鳥飼先生が、じしんの英語にかかわる人生を語りながら、同時にそのまま戦後史といえるような激動の世界を見ていく、おもしろい本だった。なんだかわからないがぼくはフォレスト・ガンプを思い出してしまった。というのは冗談ではなく、鳥飼先生はとにかく行動力に優れているので、思いついたら即行動に移すようなところがある。フォレストがふわふわ羽毛が舞うごとく歴史に流されていたのとは本質的に異なるが、なにかその、もっと大きな物語と遠く一致しているようなぶぶんには、共通するものが感じられるのだ。ご本人はなんでもないようなことのように書いているが、冷静に考えるとすごい決断が行われている、というようなことがずっと続くのである。そうした人生の分岐点には、ある種の偶然が個別に働いている。ミクロ的には、その決断は別に必然というものではなかったのである。だが、ご本人も最後に書かれているように、これを戦後史的な文脈で読み直すと、必然、もっといえば「コーリング」のようなものが兆してくるのである。


いまでは通訳者と聴いてそう感じるひとも少ないのかもしれないが、それこそ月面着陸のころは、まったく言語として異なっている英語と日本語の同時通訳などということは、ちょっと不可能だろうというふうに考えられていたようである。比較的似通った言語が隣り合う欧州でも、同時通訳がはじめて認知されたのはニュールンベルク裁判だという。これが、日本ではじめて職業として存在が認識されたのが、アポロ月面着陸だった。というのは、それまでは黒子として番組の背後で情報だけを流していただけの存在だった通訳者が、このとき、番組の構成上、臨場感を出すために引っ張り出されたというのである。要するに、アポロが着陸するといっても、年がら年中「着陸」が行われているわけではないので、音声だけで映像がない場面もある。テレビ番組として見せるものがない、というところで、通訳者が日の光を浴びることになったのだった。

鳥飼先生の書いていることである、それだけで読むにあたいするすばらしい内容で、しかもやたら注が充実しているので、細部の勉強にもなる。だが本書いちばんの強みは、やはり鳥飼先生のはなつ、こちらの勉強意欲、もっといえば生存意欲を賦活するようななにか陽性のパワーである。ご本人はそういう扇情的ないわれかたは好まないかもしれないが、なんというのかな、先生はぜんぜんなまけないのである。あとがきにあるのだが、読売新聞の『時代の証言者』という連載で取材を受けた際に、記事がつくられるにあたって、執筆者が当時の女性の大学進学率を含めていて、じぶんで驚愕したというエピソードが非常に興味深い。鳥飼先生のころの女性の進学率は4.6パーセントだったというはなしなのだが、このことを本人はそのときまでまったく意識してこなかったというのだ。しかし、当たり前のことだが、こうした女性に対して日本の組織がとても快適な環境を用意するということはないわけである。こうしたはなしからしても、このひとがいかにして困難を努力ともちまえのバイタリティで打ち砕いてきたかということが想像できるのである。

鳥飼先生はテレビだと爆笑問題・太田光が出ている「太田光のつぶやき英語」でときどきお見かけすることがある。ぼくもときどき見るが、たんに英語番組として優れているだけでなく(ツイッターのつぶやきとかを拾って解説するので、口語やスラングに触れることができるのはかなりいい)、政治や思想のはなしもけっこう深く取り上げていることがあり、かなりおもしろい。単語の暗記や文法の勉強に疲れたときなど、ちょっとした刺激になる感じのいい番組だ。
 

 

 

 

 

 

 

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