『創面』板垣恵介/山内雪奈生 | すっぴんマスター

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別冊少年チャンピオンで連載中、バキシリーズの人気キャラクター、花山薫の高校生としての日常生活を描いた『創面(きずづら)』が発売された。


クレジットされているのは、原作が板垣恵介、作画が山内雪奈生。「原作協力」としていたがきぐみのチーフ・アシスタント、浦秀光の名前も見える。じっさいのところ、この「原作」というのがどのていどの意味をもっているのかはわからない。個人的には、キャラクターや世界観を貸しているという程度の、つまり漫画の餓狼伝における夢枕獏的な位置ではないかとおもうのだが、しかし、舞台が高校なせいだろうけれど、どことなく『謝男』に通じる空気感もあるし、花山薫を知り尽くした三人で、あーでもないこーでもないといいながらつくっているんじゃないかと、そういう感じもする。非常に先が気になるところで中断している、同じく花山薫が主人公の『疵面』も、同様にして板垣恵介原作、山内雪奈生作画だったはずだが、こちらは、あまり板垣先生はくちを出していないのではないかと、直感的にはおもえる。なんの根拠もないが。


『疵面』はヤクザとしての花山、時系列的にはたぶん死刑囚篇あたりの、19歳の花山の日常を描き、やがてグランドマスターという強敵の登場とともにひとつの流れに回収されることになっていったが、今作『創面』の花山はおそらく15歳で、高校一年になったばかりである。顔の疵から推測すると、付き人である木崎の刀が頬を貫通してできたものがないので、まだバキや勇次郎に出会う以前の花山薫である。ふつうにガクランを着ても通常の10倍の布を用いる規格外の高校生、花山薫が、どういう動機かいまのところは不明だが、かたくなに「ふつうの高校生」になろうと、クラスに溶け込もうと努力する(現実には特になにもしていないが)、そういうおはなし。山内雪奈生の描く花山は、原作のものよりわずかに男前に仕上がっているのだが、それよりも、とにかく、疵面の花山は明らかに原作より強い。印象のレベルでいえばこのまま勇次郎とたたかってもそこそこいくのではないかとおもえてくるほどだ。

ということなので、バキ読者としては実際問題かなりおもしろいこの漫画をどのように位置づければよいのか、悩みどころかもしれない。そういう読者はほぼいないとおもわれるが、仮にぜんぜんバキを知らないにんげんが本書で花山に触れたとしてもその男らしさにファンになってしまうくらいには、花山薫は自律しているのである。

また本作は、時系列が後退している、具体的にはバキシリーズに彼が登場する以前のおはなしなので、いろいろと制約、というか、疵面では可能だったさまざまなことができなくなっている。たとえば疵面にはドクター鎬が登場したが、本作の時点で彼らが知り合っているはずはないし、そもそもシリーズに登場する以前なのだから、バキの登場人物は木崎や、あるいはせいぜい柴千春以外、使用できないのである。また、スピンオフ作品の宿命というか、物語としてあんまり極端な逸脱もできない。要するに、たとえば疵面でいえば、花山にはこれ以後歌舞伎町でのピクル足止めやバキ対ピクルの解説などの仕事が残っているので、グランドマスター戦で死ぬわけにはいかないのである。あのたたかいがバキ対勇次郎よりあとだとしたらはなしはべつだが、疵面はそういう枠組みを特に設けず大胆に突っ走り、収拾がつかなくなってしまったが(個人的にはあのまま突っ走ってもよかったとおもうけど)、いずれにせよスピンオフ作品というのは、原則的にどうしても、小さなものにならざるを得ない。

しかし、それはおそらく、むしろ望まれている条件なのではないかとおもわれる。というのは、そもそも花山薫じしんが、逸脱を拒んで「ふつうの高校生」になることを望んでいるからである。なんでかは知らんが。



もちろん、あんな超人が「ふつう」の枠組みにおさまりきるはずはない。『創面』第1巻はおもっていたよりも抑え気味の収録内容だったが、それでも、行く先々で花山はトラブルを起こしている。しかし、そのどれも、花山じしんにほとんど罪はない。武器マニアの意識高い少年、体罰教師、水泳の授業というシステム、そういう外部のものが、いちいち、花山にちょっかいを出してくるのである。『謝男』に似ていると感じられるぶぶんも、こういうところにある。拝一穴も、比較的「ちょっかい」をだされるパターンが多いような感じがする。それは彼が変人だからだが、異なるのは、拝が教師として、また土下座をするものとして、主体的に、相手へのパラダイムシフトをもたらそうとしているのに対し、花山にそんな気はぜんぜんない、むしろすんなりことが運ぶよう、彼のほうでは(たぶん)願っているのである。


主人公じたいはよく知られたもの、しかしその舞台はまったくの新作のそれであり、これ以後のおはなしがすでに描かれているため、あまり突飛な展開をすることもできない、そういう小さな条件のなかに、ちょうど「ふつうの高校生活」を志向し、文字通りガクランの内側で身を縮めるのと同じ要領で、花山薫が日常生活を送っていくわけである。くりかえすように、世界はそんな花山を放っておいてくれない。何度も何度も、彼の「ふつう」の仮面を引き剥がそうと、ということは、構造レベルでいえば物語を破綻させようと、攻撃をしてくる。本来の物語、つまり本流のバキ世界であるならば、これはむしろ望むところなのであり、そこから、世界の新しい相が開拓されていくのだが、そう考えると、本作はいかに花山を制御できるかというところにすべてがかかっているのである。なにをやっても逸脱する、そんな超人を、どのように一定の枠組みのなかでオトすのか。どのように、すでに存在している事物のみで花山薫という男を描くのか。おもえば不思議な構造の作品なのである。




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