今週の闇金ウシジマくん/第293話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第293話/洗脳くん21



ついに神堂のもとから逃げ出したまゆみ。しかしその動機は、神堂の手口を客観したとか、このままではまずいと気づいたとかではない。じぶんは犯罪まで犯して家族や神堂さんにまで迷惑をかけている最低の人間だ、だから神堂さんと一緒にいる資格はないと、そういう理屈で逃げ出しているのである。つまり、彼女が神堂のもとを逃げ出したのは、神堂がくりかえし仕掛けていた罠による罪悪感だとか劣等感だとかがたしかに機能していることを示しているのである。

もちろん、逃げ出さなければ逃げ出さないでそれでいいのだが、洗脳される側にもいろいろパターンがあるだろう。思考を放棄して、最初からまったく無抵抗に、いわれるがままになる人間もいるだろうし、しばらくなんの変化もないものもいるだろう。予想もしないところで、洗脳がしっかり果たされているがゆえに逃げ出すものがいても不思議ではない。神堂としては、臨機応変に、その状況さえもまた、彼女の劣等意識を強くするのにつかうだけだ。


距離は離れているが、神堂はまゆみを視認している。また自殺するのか、入居者が自殺した部屋は賃料がさがる、だから大家さんに迷惑がかかるという。まゆみが死ぬことが神堂におよぼす影響、たとえばさびしいとか悲しいとか、そういうことはいっさい語られず、ただ、彼女のしようとしていることがどれだけばかなことであり、それを計画した時点でどれだけ実際にばかであるのか、それだけを告げているのである。


しかし、神堂のどのような暴力もじぶんの責任として受け止めるように構造化されてしまっているまゆみの心理状態では、こういうふうには受け止められないにちがいない。彼女には、少なくとも神堂のことばを批評するちからは失われているのだ。


そこへ、戸惑った表情の両親とみゆき・カズヤ夫妻が到着する。神堂は彼らもつかってまゆみを捕えるつもりだ。

まゆみがまた逃げ出すと、神堂は地図をつかって四方からおいつめるよう指示する。母親はまだまゆみを心配する気持ちが残っているよう。しかし父親は、やはり世間体、一族の恥としてしかまゆみを見れていない。ただ、その直前に、「まゆみは神堂くんと付き合ってからおかしくなった」というひとことも見えるので、まだ微妙なぶぶんもある。


だがまゆみは見つからない。神堂は四人を再び集め、ポコペンのはなしをする。真鍋昌平の初期の短編のモチーフにもなっている遊びで、僕はやったことはないが、まあ鬼ごっこみたいなものか。子供は残酷だから、軽くつつくだけだったものが次第に本気のパンチになっていき、追うほうも逃げるほうも必死だった。それがなんだと問うカズヤに、あなた方の真剣さは小学生にも劣ると、神堂は激昂してみせる。そして、どういう状況か理解しているのかと問う。つまり、あなた方は理解していないというのである。そして、全員がすでに理解している状況をふたたび説明してみせる。果たして、この4人のなかに状況を理解していないものがいたとして、神堂の説明をきいて「ああそういうことですか」と納得するものがいると、本気で彼は考えているのだろうか。彼はただ、事態を復唱しているだけである。よく理解されていることを復唱されても、不安が募るばかりである。つまり、神堂の言説はただ不安を煽るためだけのものである。神堂は「娘が娘なら親も親だ」とまでいう。みゆきはあまりあたまのいい子とはいいがたいし、カズヤはお婿さんだ。現実問題、この場でまず発言可能なのは父親である。こんなことまでいわれて黙っている理由はない。「わかったから少し黙ってくれ」くらいくちにしてもおかしくない。しかしその父親が、じつはもっともこの事態に不安を覚えている。ということは、構造的には神堂のいうことに同意するものなのである。カズヤは公務員だし、みゆきもその妻、しかも新婚ということで、ことばにつまるぶぶんはあるだろう。特にカズヤは例の大麻吸引の動画にもうつっている。父親としては、「一族の恥」という点でも、カズヤ等を経由した世間体という面でいっても、もっともこういう状況を恐れていたはずだ。カズヤは義父の手前もあり、半分思考停止しているところもあるだろう。つまり父親は、「発言可能」であるという点において、この場にいる全員の「しがらみ」を背負っているのであり、そのせいで、逆に「発言不可能」になってしまっているのである。


そのときまゆみは、じつは彼らのすぐ近く、コンクリの重いふたがされた用水路のなかに横たわっていた。かなり汚くて狭い場所だろうし、カズヤはそんなところにはいないだろうというが、神堂はそこも確認する。といってものぞきこむのではなく、フラッシュで照らした写メの映像を見るだけだ。

かなりぎりぎりだった。神堂はまゆみのいるところの真上に立って、足元の石板のしたを撮影しようとしていた。しかしそのタイミングでタクシーが通りかかる。神堂としても用水路に確信があったわけではない。金がなくても遠くまで行ってしまえばどうにかなるかもしれない。神堂は両親に命令して、これを徒歩で追わせる。

そこに電話、勅使川原からだろう。なにやら「処理」が終わったという報告である。周囲にひとがいないので、神堂は素の状態ではなしを続ける。それはちょうどまゆみの真上であって、はなしはぜんぶ聞こえている。

神堂は勅使川原に、まゆみから連絡があったらぜったい引き止めろという。



「自分の意思で死ねると思っている時点で大変腹立たしい。


自殺は積極的な態度で傲慢です。


私と対等と思っている奢りの現れです。


自尊心を全て奪って抵抗できないように調教しなくては」



「神堂とともに過ごす資格がない」という判断すら、神堂からすれば主体的で能動的な選択なのであり、「傲慢」なのである。たしかに、神堂とともに過ごす資格があるかないか、そういう判定を下すためには、算術的な比較が必要になる。質の貴賎、量の多寡はあれ、少なくとも一定の規矩のもとに、相手の類似者としてみずからを同列に規定しない限り、そもそも「劣等感」というものも生れてこない。そのうえでさらに「自殺」を選択するとなれば、神堂としては洗脳はまだまだというところなのだ。

電話が終わったところで、神堂の携帯の電池が切れそうになっている。もともとそんなに確信があったわけでもないんだろう、神堂は髪が汚れるからということでのぞきこむことまではせず、その場を去っていく。


泣きながら走り出したまゆみは、やはり死のうと考えている。さきほどの神堂のことばをどう受け止めたのかは、よくわからない。今回はただ、家族への迷惑ということが前面に出ている。紅葉が綺麗だった六方沢橋で死のうと、そう決めて走り出す。


たほう、こころあたりがあるらしい母親は別行動をとり、どこかの倉庫みたいなところにきている。母親はまゆみがそこにいると確信しているようだが・・・。



つづく。



ググッてみると、六方沢橋というのは日光にあるらしい。

このまままゆみが向かったのだとしたら、もうこのへんにはいないだろう。それとも、さすがに徒歩となると何日もかかるだろうから、このあたりでいったん休息をとるだろうか。母親の考えではまゆみが家出したときに、そこをつかっていたということのようである。もし休息をとっていたとしたら、ここにいる可能性はかなり高いかもしれない。


ともかく、この状況は、父親がしっかりしないかぎり、神堂に掌握されたままである。

そもそも、父親はまゆみを捕えてなにをどうするつもりなのだろう。とりあえず「叱る」のは当然として、そのあと、彼はまゆみを自首させるだろうか。それとも、いまはただ、自殺を阻止しようとしているだけなのか。

もし自首させるつもりであるなら、彼のなかでは、「一族の恥」が露呈することは決まっているのであり、あのような態度や不安を見せることはないかもしれない。決まっていてもそれが気に入らないことであればそれは態度に出るかもしれないが、しかしあの様子では、そんなつもりはなさそうにおもえる。

そうなると、当然、彼は事件を隠匿することになる。そこが、神堂からすれば、父親を支配するにあたっておそらく決定的なのである。隠すとなれば、神堂にも黙ってもらうしかない。つまり、父親は神堂にむかって隠匿の罪の共犯になってくれと、あたまをさげざるを得ない状況になるのである。これはもう決まりだ。

この状況で痛いのは、たぶん父親でさえも、このさきどうするかということをまったく考えていないということだろう。というより、考えないようにしているというところだろうか。自首させるならさせる、隠すなら隠すと、このじてんではっきりと彼のなかで決まっていれば、こんなふうに命令されることもなかっただろう。もちろん、母親やみゆきとの縁や隠し事もあるし、スムーズにいくはずはなく、まさしくそういうときのために神堂は周到に準備をすすめてきたはずだが、ここからさきはわたしたちでなんとかする、神堂さんにはご迷惑がかかるからここは引き取ってもらえないかと、それくらいのことはいえたはずである(たぶん神堂はまた激昂して半ダースもの理由を述べ立てて居残るとおもうが)

それが、父親のなかで定まっていない、それどころか、迷うところにさえいっていないというのが、神堂の恫喝がもたらした効果のひとつだろう。あの恫喝で、彼らはただ不安になり、ぐらぐらした足場に立っているような気分になり、目前の感情しか自覚できない状態になってしまった。たしかにまゆみは「一族の恥」であり、これは不安な事態である、であるならば、どうするか、というふうに思考がすすむ前に、神堂はその恫喝で、「これは不安な事態である」というところに思考をとどまらせるのである。


あとは、神堂の本音をきいてまゆみがどうおもったかということだ。客観できた様子はないが、あれは目を覚ます最後のチャンスだったかもしれない。ここに誰かひとりでも、上原家ではない人間が介入すれば事態は好転するとおもうが・・・。




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