今週の範馬刃牙/第285話 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

第285話/息子、父、そして・・・



父・勇次郎の猛撃を受け、バキの心が折れてしまった。

コントロールされているわけではないが脳内麻薬が出ているらしく、背中には鬼が浮かんでいることをバキは感じ取る。

先週の描写では脳内麻薬はぶっとばされている最中に出ていたものなので、攻撃の動きにはつかわれていない。鬼も、このぶんだとそういう感じかもしれない。

しかし、おそらく重要なのは、それが制御されたものとして発現したのでなく、防衛本能の反射的にいつのまにか出てしまっているというところなのだろう。

仮にバキにこれらの引き出しをとっておくようなつもりがあったのだとしても、身体は、あの攻撃に耐えるためにけっきょくそれを放出してしまったのだ。

たぶんその事実からバキは、もう出せるものはなにもない(小便含む)、できることはなにひとつないという推論をしたのだ。


ゆっくり身を起こしたバキの表情はなんだかすっきりしており、もう負ける気満々である。「続けるか」と問う父に対し、なにかドラマチックなことばでも選んでいるかのように、バキは負けを選ぼうとする。


そのとき、ぼんやり経過を見守っていたピクルがなにかに激しく反応し、恐怖する。バキは気づいていないが、彼の背後だ。勇次郎は座るバキごしに、浮かび上がる半透明のなにものかに髪を逆立てる。勇次郎も、恐れてはいないものの、驚きを隠せていない。


ふりかえるバキが見たのは、なんかもう、筋肉がたくさんついているというよりは、筋肉のかたまりのなかにひとが入っているというふうな体型の巨大な男である。



「迷ったか



範馬勇一郎ッッッ」



勇次郎の父、バキの祖父にあたる、範馬勇一郎なのだという。迷ったかといっているので、たぶん幽霊なのだろう。

ピクルはもう、かわいそうなくらいおびえている。彼は原始人なので、「想像できないもの」への耐性が現代人より弱いのかもしれない。

ふつう、幽霊じゃなくても透明なひとが出てきたらちがう反応をするかとおもうが、バキは相手の肩はばの広さに驚いている。要するに、ぜんぜん驚いていない。実際、指ではかってみると、股間からのど仏くらいまで広さだ。常人の倍くらいだろうか。



「フフ・・・・


変わらん


我が子相手に・・・


手こずる我が子・・・


刃牙ちゃんや・・・・


勝てるぜ


お前・・・」



光成にも、勇一郎は見えている。ばかりか、光成は彼のことを知っているようである。「勇次郎以前にアメリカに勝った男」だというのだ。



つづく。



こういうのを超展開というのかもしれない。もはや予想があたるとかあたらないとかそういう次元のおはなしではない。物語の根本的な条件を変えてしまうような、革命的出来事である。



勇次郎や光成のリアクションからして、勇一郎が幽霊ということはまちがいなさそうだ。では、果たしてそれは、どういった意味での「幽霊」なのか。

わからないのは、どうもこれが見えているひとと見えていないひとがいるらしいということである。

まず範馬親子は見えている。ピクルも知覚しているし、光成や、たぶん独歩も見えている。しかし光成の横にいる野多(新総理?)は見えていないっぽい。観客の全部、あるいは大半も見えていない。「誰!?」といっているのは、勇次郎の呼びかけに対するものかもしれない。いろいろ戸惑いのようなものも感じられるが、それはたぶん、ピクルや範馬親子の動きを見てのことだろう。

ひとことでいえば、パンピーには見えないらしい。範馬の親子喧嘩を解釈可能な一個の読み物と見立てたとき、観衆をツイッター的言説のたまり場となるわけだが、その文脈でいくと、勇一郎この親子喧嘩が含むある種の難解さを表象する存在といえるかもしれない。読みのベテラン、あるいは書くことの玄人にしか看取できないなにごとかなのである。


彼が物理的な意味での幽霊・・・・つまり、俗な意味でのおばけであるのかどうかというのはよくわからない。バキ世界にはリアルシャドーというものもあるし、象形拳のような技も見せたばかりだ。誰か・・・おそらく勇次郎が、バキたちが存在論的な実在物として感じ取ってしまうほど強烈な想像力で構築してしまっているのかもしれない。父の無意識という可能性もある。そこには、想像するものの参考になる動きのようなものはない。であるから、ある程度見ることに経験を積んだものしか見ることができないのかもしれない。


しかしそんなことは、つまりこれが「ホンモノ」の幽霊であるのか、それ以外の幽霊的なものであるのかということは、たいして重要ではないのかもしれない。それよりも、どんなかたちで告げられたものであるにしても、勇一郎なる存在があったということが肝心なのかもしれない。


勇一郎は耳がつぶれているので、柔道なんかの寝技がある格闘技の修練者だろう。肩幅の件から僕はすぐに、いつか作者の板垣恵介が、話題の『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を開き、本誌の巻末コメントで「木村政彦の肩幅に驚け!」みたいなことをいっていたことを思い出した。あの本に触発されて登場したキャラなのだとしたら、そうとうに即興的なものである。


出自はどうであれ、半透明の勇一郎はまず「変わらん」という。続けて、嘲るように「我が子相手に手こずる我が子」といい、最後にバキに勝てるぜという。一瞬、勇次郎の人柄が変わっていないといっているのかとおもえるが、こう見ると「我が子相手に手こずる我が子」という状況そのものについていっているのではないかとおもえる。「息子に手こずる父」という「場面」そのものがむかしから変わらず展開されてきたものであり、その結果を見るに、彼はおそらくバキに「勝てるぜ」というのである。

となると、論理的には勇一郎は勇次郎に負けていることになる。

仮に「衰え」ということを便宜的に考えないことにしたとして、そうなると範馬の息子はつねに父の全盛期を上回ることになり、進化し続けていくことになる。

物語の根本条件を揺さぶるといったのはそういうことである。この理屈では、範馬勇次郎の「最強」は暫定的なものにすぎないのである。衝撃的だ。

しかしもし、この「敗北」が死を意味し、「最強」という価値が生きているあいだにだけ通用するものだとすれば、範馬の一族は誰もがつねに最強であることにはなる。「二番目」になったとき、彼はもう死んでいるのだから、「最強」の価値が付与されるかどうかの審査にかかる存在ではなくなっているのだ。・・・というのは詭弁だろうか。


いまおもえばあれはここにつながっていくものかという感じだが、勇次郎の母は息子を産んだあと、おもうところあって仏門に入った。仮に勇一郎が勇次郎の生まれる以前までの最強者だとすれば、これは不自然におもえる。だとすれば、母は息子の個性に戦慄し、現実世界を離れたのではないことになる。つまり、彼女は、勇次郎というあとにもさきにもない個性を産み出してしまったことに恐怖を覚えたのではなく、そうした、いわば最強者の更新サイクルに与してしまったことに、罪の感覚のようなものを抱えたのだ。


そうすると勇次郎の唯一無二性は損なわれてしまうようだが、そのなかでもとりわけて大きな飛躍をしたのではないかという想像はべつに不当ではないだろう。たしかに勇次郎はバキを倒しあぐねているが、まだバキに勝ち目があるようにはおもわれない。勇一郎はあくまで「最強者の更新」のシステムについてはなしているのである。


もしこれが仮にくりかえされる範馬親子の景色だとすれば、勇次郎もバキのようには勇一郎の「最強」にふりまわされていたことになり、そのさきにやってくるのはゴキブリさえも師匠とよぶ、「師匠とは世界のことである」という哲学だ。果たしてこれを乗り越えたさき、つまり世界のすべてを塗りつぶしたさき、勇次郎のような傲慢、「世界とはわたしのことである」がやってくるものかどうかわからないが、どうもそういう、計量的な問題ではないようにおもえる。まあ、仮に幼い勇次郎が勇一郎に負けたことがあったとして、バキとはちがった彼の個性がこれを乗り越えさせ、“ゆえに”じぶんこそが最強である、という命題を定立させたという可能性はある。とすると、彼の自我は「父の強さ」を超えたということに依存した計量的なものということになる。だから、勇次郎は勇一郎の出現に対してあのようにとまどう。彼の存在を乗り越え、あるいは消し去ったことで、彼の自我は完全に世界を覆ったのだから。あまりに強すぎるこの一族では、これだけが、人生で一度きりの他者経験なのだ。となると、特別なのは、勇次郎であり、またバキであったのかもしれない。



エジプトの壁画が二枚並んでいたことも、もしかするとこの、「範馬を塗りつぶすのは範馬」の法則を見てのことなのだろうか。


とにかく、勇一郎のことばで、バキはじぶんが「その他大勢」ではないということをはっきり知るだろう。

来週以降の展開しだいだが、鬼の背中はやはり遺伝的なものであって、そうなるとここからは個性の勝負になってくる。だとすれば、光成のいう勇一郎の強さを勇次郎がどのように超えたのかがポイントになってくるのかもしれない。





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