大きな勇気
数日前、すぐにセッションをしてほしいと言ってきた彼女から、もう一度連絡がきて

今度は、事前に日にちを指定しての依頼で、その指定通りの時間に彼女は、

やってきた。とっても柔らかな見た目で穏やかな声の裏に、大きな怯えを抱えた

彼女の姿が消えそうになっているのを感じていた。



最初に、今の職場の人間関係に悩み転職を考えているが、どうだろうか?と

聞かれた。彼女自身と状況をリーディングしていくと、やっぱり消えかけている

彼女の姿が見えた。そして怯えながらうずくまって下を向きながら、何度も何度も

小さな声で、違うの……違うの……と、呟く彼女がいた。
その後、彼女は長い間引きずっている彼の事を聞いてきた。
その彼といた時の彼女は、今の彼女とは信じられないくらいの別人のようだった。
生き生きと瞳を輝かせ身体中で、これが私よ!と太陽に向かい両手を広げていた。
まるで、初めて太陽の光を浴びたかのように……リーディングでその姿を見な

がら私は、ふと疑問に思った。この時の彼女は二十代なのに、どうしてこんな

初めてのような顔をしているのだろう……私は、彼女の時間を遡っていった。

そこに見えたのは、押し込められ閉じこもる彼女の姿だった。



彼女は、父に怯えていた。父子家庭だったことから、父は子供に不憫な思いを
させたくないという思いから、躾には厳しかった。そこに口下手な父の性格が
災いをして、発する言葉以上の威圧感が増していた。彼女は、恐怖を先に感じて
しまい、口答えも出来ずに従うことのみを考えるようになっていき、父の思う人生

を自動的に歩んでいった。思春期もそんなふうに過ごした彼女は、気がつけば

本当の自分を忘れ、相手の反応を満たす為に自分を殺し、カメレオンのように

姿を七変化させていく。それで、みんなが納得するのならと……



しかし、彼女は恋をした。彼が大好きで一緒にいることが楽しくて、人と純粋に
交わることの心地良さを思いきり感じていた。その心地良さが、今までの他から
押し込められていた自分を解放する大きなきっかけとなったのだ。自分の気持ちの
ままに彼を愛し、自分の感情のままに彼を感じ、ありのままの自分に戻っていった。
遠い昔の忘れ果ててしまった本当の自分。それを堪能し尽くしていた。
そして、やがてその恋が終わりを告げた時、彼女はまた元の自分に戻り始めて
しまったのだ。彼が側にいてくれたから本当の自分になれたのに……二人でいれ

たからこそ、やっと本当の自分を取り戻せたのに……彼が去ったら私には無理…

そう言って彼女は、そこで自分の人生の時計を止めてしまった。



それから長い時が流れても、彼女は忘れることが出来なかった。それを、彼女は
彼という存在だと思い込んでいたのだ。実は、彼女が忘れることが出来なかった
のは、彼自身ではなくて、在るがままに戻って過ごしたあの時の自分自身だった
のだ。自分そのものの心地良さと、自分が解放された瞬間に変化したすべての
景色。その生き生きとしたフィーリングを求めていたのだ。
私は、彼女に告げた。



あなたの今の職場を始めとする人間関係も、過去の恋の出来事も、すべてに共通
する事があります。自己の解放です。ちょっと酷かもしれませんが、彼との時間は
あなたにとってかけがえのない素晴らしい輝いた時間でした。愛する事を知り、
在るがままの自分を放射しながら、すべてと交わる歓びを知った時でした。
もちろん互いに愛し合い求めあって……ただこの恋愛というか彼は、あなたの
自己の解放と、本当の自分を取り戻し、その光を放つことによる生きる歓びを
思い出してもらう為の出来事でした。そして、その役割を完了したことによる
お別れのようです。本来なら、あなたは、やっと思い出した歓びを今度は、
自身の力で歩み始める可能性を与えられていたのですが、あの時のあなたは、
彼を失った悲しみが大きすぎて、それを自ら手放してしまった。
でも彼との輝いた時間の中で、彼がではなく、あなた自身が自己の解放への扉を
自ら開けて、経験し知ったのです。自らがその扉を解き放ったなら、もう元の
自分に……知らなかった時の自分に戻ることは出来ない。あなたは、その歓びを
知ってしまったのだから。その時の光輝いていた自分に、もう一度戻りたい!
もう一度、在るがままの自分となって、自分という光を放射しながら、この世の
すべてと戯れたい……そう、あなたの魂が叫んでいます。
どうしても分かりながらも自分で、その最初の一歩を踏み出せない。だから、
そのすべてを知りながら、知っているからこそ彼の存在を理由にしている。
本当は、ご自身が分かっているから、今日ここにいらしたように思います。
と告げると、彼女は大粒の涙を流しながら言った。



そうなんだと思います。私は、幼少期から父が怖くて言いたいことも言えずに
無意識で言われたことに従うように、顔色を窺ってました。いつも押さえつけ
られながらいて、でも彼に出逢い関わるようになって、彼に対する思いから
口論になろうが、愛してるとうことを伝えながら、私の思いを分かってほしい!
伝えたい!という純粋な気持ちから、それを出来るようになっていったんです。
彼といた時は、気付きませんでしたが、離れて時間が経てば経つほどに、あの
時の時間と、あの時の自分を思い出すのです。楽しかった……本当に生きて
いる事が、その全部が楽しかった……止まらない涙をぬぐいながら彼女は呟いた。



答えは、もう出ているようですね。転職も、彼を忘れられない気持ちも、理由は
今あなたご自身が見つけられましたね。出来事じゃなく、そのすべての根底に
あったのは、もう一度在るがままの自分を取り戻すことのようです。
もう大丈夫じゃないですか?すべては、あなたが悲しみから目を逸らす為に、
悲しみとすり替えて、自分で自分の人生の時計を止めることを選んでしまった。
でも、止めてはみたけどいくら時間が経っても、一度知った本当の自分を忘れ
られなった。やっと、ご自身でそこに向き合ったのです。




この時計これからどうしますか?というと、彼女は泣きはらした目をしながら、

もう一度スイッチを入れます。と、おっしゃった。私は静かに、ご自分でそのスイッチを入れてください。それが出来れば、この瞬間にあなたの人生の時計は、再び動き出します。そして、ツラくなった時あなたは、またその時計を自分で止めてしまう
かもしれない。でも、もう大丈夫!今ここで自分でそのスイッチを入れたなら、
今度はいつでも自分で ON!に出来るから。その勇気さえあなたが忘れなければ
この時計は何度でも、動き出すから……と言った。



全部は分からないけど、やっと終わったのを感じますと言い、彼女は飛びっきり
の笑顔で微笑んだ。苦しみを吐き出して勇気を持って決別したこれまでの自分。
自分を生きることを、もう一度選んだ彼女。





その彼女を、愛というかけがえのない光が

                 優しくしっかりと包みこんでいた……