今こそ若者たちに語り伝えたいあの(革命)戦争--千坂恭二氏の来福決定!! | 我々少数派

今こそ若者たちに語り伝えたいあの(革命)戦争--千坂恭二氏の来福決定!!

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 大変だ大変だ大変だー、と始めるのは松本哉君の告知芸だが、そう始めたくもなる。
 月イチで開催している「革命家養成塾・黒色クートベ」での公開交流会に、来月、大変な“特別豪華ゲスト”が決定した。
 開催は、8月15日(いつもの「第3月曜」ではないので注意)。云うまでもなく、ナントカ記念日である。
 毎年この日が近づくと、というかこの日をフィナーレとする、“戦争”特集がさまざまのメディアで繰り広げられる。
 そこで我々もこの風潮に便乗して……。

 今こそ若者たちに語り伝えたい、あの戦争
 あの戦争の記憶を風化させてはならない

 との強い問題意識を世間の皆様と共有し、大阪から千坂恭二氏を招いて“あの戦争=60's末の革命戦争”について思う存分、語り倒していただくのを肴に、飲み明かすことになった。

 千坂恭二(ちさか・きょうじ)……1950年生まれ。高校時代にアナキズム思想に目覚め、「アナキスト高校生連合」や「大阪浪共闘」、「アナキスト革命連合」などの中心人物として活躍。21歳から『情況』をはじめとする新左翼論壇誌に寄稿するようになり、当時の最年少イデオローグとして一部に熱く注目され、22歳で『歴史からの黙示』という著作も上梓するも、80年代半ばを境に沈黙、新左翼メディアにもまったく登場しない隠遁生活に入る。
 しかし2008年頃から、20年以上の長い沈黙を破って再び旺盛な執筆活動を開始、何よりも衝撃的だったのは、かつての最も過激なアナキズム扇動者が、なななななんとファシストに転じていたという事実だった。
 還暦を迎えてなお気力横溢、先日の阿佐ヶ谷ロフトでのイベントでは、外山の運転で大阪から東京へ向かう軽自動車の後部座席で6時間以上も喋り倒し、東京に着いてロフトの開場を待つ間の喫茶店でも2時間ほど喋り倒し、開場してからも楽屋で喋り倒し、出番ではないイベント前半も楽屋でスガ秀実氏を相手に喋り倒し、後半いよいよ登壇するなり独演モードに入り、イベント終了後の打ち上げでも朝6時すぎまで喋り倒し、「ネカフェに泊まっていただきます」という外山の老人虐待にも「これが巷で噂のネットカフェかいな、今日はいい社会勉強や」とまったく動じず、6時間後に起きてネカフェを出てからも「そろそろ解散を……」と提起されるまでやっぱり5時間ぐらい喋り倒したという、まさに超人。外山曰く「大阪弁で論理的に喋る人を初めて見た」

 という、とんでもない“特別豪華ゲスト”なのである。
 千坂センセイのケーガイに接したいという志の高い諸君は、当日19時、わが塾舎に結集するか、場所が分からないなどの場合には少なくとも前日までにメールいただければ当日18時半に西鉄大牟田線井尻駅もしくはJR南福岡駅まで送迎の車を出すこともできる。参加費は、千坂氏の大阪-福岡の交通費をこちら側で負担するために、1人3000円というつもりで、よろしく。
 大切なこの日、千坂氏の武勇伝に耳を傾けながら、「あの革命戦争」に思いを馳せようでは……あれ? そういう日じゃないんだっけ?
 まあ、千坂氏は「あの戦争」についても、そこらへんの右翼論客より千倍過激な「大東亜戦争肯定論」を開陳してくれるはずだけれども。


 あと、7月19日にはフツーに「月例交流会」をやるのでそちらもお忘れなく。