金木犀が咲き乱れる頃 兄は忽然と姿を消してしまう
                      残された 弟の純や恋人の琴美は
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                  ( プロローグ )


境内に金木犀の香りが漂っている
( もう そんな季節なのか )
俺の名は 岩室 純
県立高校に通う ごく普通の高校生である 家業はと聞かれれば
我が家は代々 岩戸神社を預かる家系であり
当たり前の様に子子孫孫とこれを受け継いできた
そんな岩室家の二男坊として 生を受けて十六年
凡庸と時を重ねて来た俺だが 
ここ一年 身の回りの劇的な変化が じわじわと迫り
閉塞感を感じる今日この頃であった
それでも 休日の午後に 横笛を奏でるこのひと時に
                         安らぎを覚えるのは 血筋と言うべきか
日課として身に着いた物なのかは解らない
「 純君 上手やね~ 」
声のする方に振り向くと 拝殿の上がり口に 琴美さんが顔を覗かせていた
彼女は俺より ひとつ年上の高校三年生で
             ボーイッシュと言う表現がピッタリと当てはまり
よく日焼けした肌は 同じ高校の陸上部のエースたる面持ちを醸し出している
彼女( 菅谷琴美 )は高校一年の時から
この神社で巫女さんのアルバイトをしているのだが
いつの間にか 俺よりふたつ上の兄貴と付き合って居た
我が家の両親も 兄貴が大学を卒業したら
二人は結婚して 神社の後を継いでくれると期待していたのだが
丁度 一年前の金木犀の咲く頃に 強い花香りに紛れる様に
兄貴は突然 姿を消してしまった
家族の皆が 色々な想像と不安を巡らせど
空虚な事に失意は深まるばかりであった
「 琴美さん、何か用事が有ったんじゃ 」
「 ええ 実はおみくじの札棒の出が悪いもんだから
                        純君に相談をと思って 」
「 ああ それなら
     社務所の棚に椿油のタオルが有るから それで揉んでるよ 」
「 今行くから 少し待ってて 」
ガチャ ガチャ
「 この入れ物の裏蓋をずらして 中の札棒をいったん全部出す 」
「 出した札棒を 一本づつ
     このタオルに巻いてから引き抜いて 元に戻していくんだよ 」
「 よし これで完了 」
「 ところで純君 ひとつ確認したい事が有るんだけど 」
「 なに? 」「 うん・・・ 」
「 先っき 私が着替えてるの覗いてたでしょ 」
「 えっ、」
「 そんな事しねーよ! 」
「 本当、窓の外に純君が見えたんだけどなー 」
「 それって、自意識過剰じゃねーの 」
「 ふ~ん・・・下着付けてたし まっ、いぃか 」
「 良いことねーよ 俺の疑い晴れてねーじゃん 」
俺は確かに覗いては居ない 只、カーテンの隙間から琴美さんが見えたが
決して覗いては居ない うん、覗いてなんか居ないのだ
ドルルーン ドルルーン ドッドッドッドッ なんだか 外が騒がしい
俺は 社務所を出ると すぐさま音のする方向を伺った
すると 鳥居の横にバイクとそれに乗った見慣れた顔が
俺の目に飛び込んできた
「 圭! お前何処から入ってきたんだ 」
「 石段 」声の主はあっけらかんと答えた
「 おいおい ここは神様が鎮座する神聖な場所なんだぜ 」
「 駄目なのか? 」「 当たり前だろー 」
「 そうか わりーな 」
タンデム席から声が聞こえた「 チャオ! 純君、」
「 えっ、ナッツ( 夏子 )を乗せたまま 石段を上がって来たのか? 」
「 だな~ 」「 うん、うん けっこう簡単に登っちゃたわよ 」
「 まあ とりあえず バイクだけでも石段の下に持っていってくれよ 」
「 ああ 判った 」
圭は夏子をバイクから降ろすと 鳥居の向こうに沈み込むように
                  低いエンジン音を残して石段を降りていった
この二人について解説するならば 吉川圭は俺の高校の同級生であり
ナッツ( 小寺夏子 )は 最近、圭が付き合いだした
同い年で女子高に通う女の子である
「 ふー 」「 そんなに長くも無い石段だけど 歩くとけっこうきついなー 」
「 純 いっそ エスカレーターでも付けちゃどうだ 」
「 そんなこと しちゃあ 有難味が薄れちまうだろ 」
「 そうかなー お年寄りにはやさしいと思うんだがなー 」
「 第一 そんな費用を捻出するほど 裕福な神社でもないぜ 」
「 ハハッ そう言われれば そうだな 」
「 ところで さっきのバイクは買ったのか? 」
「 違う、違う、兄貴を拝み倒して貰った お下がりの中古品 」
「 お前 免許 持ってたっけ? 」
「 学校、バックレて、速攻で免許取っちまった 」
「 純は 免許取らねーのか? 」
「 俺は 未だ一度も バイクに乗った事が無いから解かんねー 」
「 じゃあ いっぺん練習がてら 川原で乗ってみねーか? 」
「 風を切る感覚が すんげー気持ち良いぜ 」
「 二人とも 私の事、放っぽって なに話し込んでんのよ 」
「 あっ わりー わりー 」
「 でな、今日来た用件は 明日、夏子の高校で学際が有るから
             琴美さんも誘って 来て見ちゃどうかって事なんだ 」
「 なんか言いずれーけど お前の兄貴が居なくなって
               琴美さん、少し元気が無いと思うから
                          気分転換にどうかって夏子がな 」
「 それについては俺も 気には掛かってたんだ 」
「 ケイ、ナッツ、ありがとな 琴美さんに声掛けてみるよ 」



                          ( 膝枕 )


河川敷に来ていた 今日は此処でオートバイを運転しようと言うのである
最初は オートバイに興味など 無かったのだが
親友の圭に 何度も誘われる内
やっと重い腰を上げて 乗って見る気に成っていた
「 純、ハンドルの左側に有るのがクラッチレバーで
   こいつを握れば エンジンと後輪の接続が切れる仕組みになってる 」
「 止まる時は 右ハンドルのブレーキレバーと左足の所に有る
           フットブレーキペダルを同時に掛けて減速するんだぜ 」
「 自転車と違って馬力が有るから 前輪のブレーキレバーで
          止まろうとすれば つんのめっちまうから 気を付けろよ 」
「 まあ 先ずは慣れるこった 」
「 ほれ ヘルメット 」
「 先ずは キーを回してから
         此処のキックペダルを蹴り下ろして エンジンを掛けてみろ 」
「 こうか?」
カチャン、ガシャン、ドルルルーッ ドッ ドッ ドッ
「 次に 左手のクラッチレバーを握ったまま
              右足でシフトペダルを動かして ローギヤに入れる 」
「 走り出したら クラッチを切ってシフトを上げて
               クラッチを繋ぐ操作を繰り返せばいいんだ 」
「 じゃあ ゆっくりクラッチレバーを戻してみてくれ
              エンジンが繋がれば 走り出すからな 」
ドッドッドッドッ ガクン!!
「 おっと エンストだ、わりぃ アクセルの事を言ってなかったな 」
「 クラッチを切って ギヤをニュートラルにして
                   もう一度 エンジンを掛けてみてくれ 」 
「 ああ、わかった 」
ガシャン、ドルルルーッ ドッ ドッ ドッ
「 さっき エンジンが止まっちまったのは
              エンジンの回転がギヤに負けちまったからなんだ 」
「 だから 右手で握っているハンドルのスロットルを回し
「 こうかっ? 」
ギュワーン
純を乗せた オートバイは 轟音と共に前輪を跳ね上げ 行き成り飛び出す
ズズァー、、、ギャシャーン!!
純は 勢い良く川原に放り出され
      オートバイは横倒しのまま 数メートル先まで 吹っ飛んで止まった
「 純、大丈夫かー!! 」
「 あぁ 無事みたいだ 」「 全く、人の話を最後まで聞けって~の 」
「 すまん それより オートバイは大丈夫かな~ 」
「 心配すんな 俺も二・三回は扱かしてるが けっこう丈夫に出来てんぞ 」
「 もし ぶっ潰れても 泣きは入れね~よ 」
「 だいいち 俺がお前を誘った・・・
「 純、! 血が出てるぞっ 」
「 えっ、どこから? 」
「 目尻の辺りに、メット脱いで見せてみろ 」
「 砂利でも当って 切れたみたいだな~ 」
「 べつに 痛くはね~けど 」
「 今日は もう お開きにしょうぜ 」
圭は オートバイの傍まで走りよると「 どっこらしょ 」
ズチャッ カチャ カチャ カチ ギューン ドリューン ドッドッドッ
「 じゅ~ん、大丈夫だ エンジンも掛かる 」
カッーン ギューン ドッドッドッ
「 乗れよ、早く家に帰って 消毒したほうがいいって 」
「 ああ、サンキュー 頼まー 」
オートバイが 純の自宅に着くと
純が玄関の引き戸を開けながら「 かあさーん 」
「 おばさーん、居ますかー 」
暫く待っても 誰も出て来ない
不意に後ろから「 どうしたの!? 」
二人が振り返ると はかま姿の琴美さんが立って居た
「 純君、顔から血が! いったい どうしたのよ 」
「 うん バイクで扱けちまって・・・ 」
「 こっち、いらっしゃいっ 」
琴美さんは俺の手首を握ると 拝殿に向って強引に歩き出した
拝殿横の水道で 自分の手ぬぐいを濡らすと 其れを固く絞り
「 はい 顔出してっ 」
俺の顔を手ぬぐいで拭きながら「 むちゃ するんじゃないわよ 」
「 今、薬箱とって来るから 拝殿に上がって待ってなさいねっ 」
「 あっ、圭君、後は私に任せて帰っていいわよ
              君が居ても 役に立たないから 」
「 はぁ、そんじゃ お願いします 」
圭は 琴美さんのケンマクに押され すごすごと帰って行った
タッタッタッタッ
琴美さんは小走りに拝殿に 入るや いなや
「 純君、其処に横に成って 」
「 傷口が良く見えるように 私の膝に頭を乗せて 」
( うっ、琴美さんの顔が近い・・・ )
「 今、消毒するから 目を瞑ってて 」
( 琴美さんから なんだか 金木犀のような香りが・・・ )
「 純君、男の子ならこういう事が有っても 不思議じゃないんだけど
       貴方は お兄さんが帰ってくるまで
この神社を守っていかなきゃなんないんだから 行動は慎重にねっ 」
純がぽつりと口を開く「 兄貴、帰ってくると思う? 」
 ・ ・ ・
「 今は未だ 突き詰めて考えたくは無いの 」



                          ( 学祭 )


「 琴美さん それはなんですか? 」
「 水筒よっ、見れば分かるじゃない 」
「 いや、なんで水筒なんか 持って来てるのかって事 」
「 夏子ちゃんに焼きソバ券を貰ったけど
         お茶が出るかどうかは 分んないじゃない 」
「 第一、学生のやる事なんだから
             そこまで気を配るかどうか 怪しい物だわ 」
「 もしもし そういう 貴女も 学生じゃございませんか? 」
「 あら 私は神様に使える巫女ですよ 」
「 はは~っ 左様でございましたか 」
・・・
「 琴美さん、お化け屋敷だって 入って見ない 」
「 いゃ~よ、私、オバケは苦手だから 」
「 へっ、またまた ぶりっ子ですか? 」
「 大した事無いと思うけど
          じゃあ、入ってあげるわよ 入れば良いんでしょ 」
中に入ると 暗幕に仕切られた空間は かなり暗かった
「 琴美さん、けっこう暗いから 足元に気を付けて、」
「 しばらく目を閉じれば 良く見えるように成るわよ 」
二人の目が 要約慣れて 先に進もうとした時
「 キャッ! 」 ゴン!!☆
 ・ ・ ・
「 琴美さん オバケがのびちゃってますよ 」
「 いいのよ、そいつ 私のおしりを触ったんだから 」
 ・ ・ ・
ワイワイガヤガヤ「 お~い 何か有ったのか? 」
「 なんだか、騒ぎが大きく成りそうですね~ 」
琴美は暗幕を捲り挙げると「 純君、こっち、こっち、」と手招きをする
二人は暗幕の外側の壁伝いに出口をみつけると
努めて 何食わぬ顔を作りながら 廊下を歩き 校舎を飛び出した
「 あっ、私の水筒が ・ ・ ・ 」
純が水筒を見つめながら
「 ベコベコですね~ 殴られたアイツ、大丈夫かなー 」
「 角で殴った訳じゃないから 大丈夫なんじゃない 」
「 お、おとろしや~ 」
「 外で 焼きソバを焼いてるって言ってたけど、
                夏子ちゃんは何処に居るのかしら 」
校舎の廻りを暫く歩くと 二人を見つけたのか
       やや離れたテントから顔を出して 夏子が手を振っている
「 琴美さん、どうですか 楽しんで貰えてますか? 」
二人は 一瞬、顔を合わせると 吹き出した
「 あはははっ 」「 ふふふふっ 」
「 二人とも 一体何なんですか 教えて下さいよ~ 」
「 あっ、ナッツ、今日は教えらんねーから かんべんなっ 」
「 後で 圭に聞いてくれっ、其の方が ぜってー面白いって 」
「 やだっ、今、聞きたいっ 」
「 今日は 教えね~ょ 」「 ケチ! 」







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