エージェント:ライアン / JACK RYAN: SHADOW RECRUIT (8点) | 日米映画批評 from Hollywood

エージェント:ライアン / JACK RYAN: SHADOW RECRUIT (8点)

採点:★★★★★★★★☆☆
2014年2月19日(映画館)
主演:クリス・パイン、ケヴィン・コスナー、ケネス・ブラナー、キーラ・ナイトレイ
監督:ケネス・ブラナー


 以前見た予告編の出来とアメリカでの評判を聞いて、見に行った作品。

【一口コメント】
 新たな「ボーン」シリーズの誕生を感じさせる作品です。

【ストーリー】
 ロンドンの大学を卒業し、アメリカ軍に入隊したジャック・ライアン。アフガニスタンにて作戦で搭乗していたヘリが撃墜され、何とか一命を取り留める。そのリハビリ中にCIA捜査官のハーパーに誘われ、ジャックもCIA捜査官になる。
 数年後、ウォール街にある投資銀行の社員として働いていたジャックはある日、モスクワの投資会社チェレヴィン・グループの不審な動きをキャッチし、監査を装ってモスクワへと飛ぶが出迎えたSPにホテルで襲われる―――。

【感想】
 久々に王道のハリウッド・スパイ映画を見た。
 ハリウッドのスパイ映画といえば「ミッション・インポッシブル」シリーズと「007」シリーズが二大巨頭だが、この作品はどちらかというと、「ボーン」シリーズのテイストに似ている。というのは派手なアクション・シーンやハイテク小道具はあまり登場せず、体と頭脳のみで敵に立ち向かう主人公を描いているから。バス・ルームでの肉弾戦やセキュリティの高いビルへの侵入、カーチェイスなどはまさにボーン・シリーズで見たそれだ。
 手に汗握る!という感覚を久々に思い出した。

 ただし、1つ1つの描写についてはボーン・シリーズと比べると少しずつ見劣りする。例えばバス・ルームの肉弾戦。ジェイソン・ボーンがジャッキー映画よろしく、まわりにある小道具を上手く肉弾戦に利用していたが、ジャック・ライアンはその点で少し劣る。
 またこの映画のハイライトとも言うべきビルへの侵入シーンも、「ボーン・アルティメイタム」のロンドンの駅で見せた心理的チェイス・シーンがもたらした緊迫感には遠く及ばない。
 カーチェイス・シーンはボーン・シリーズがもたらし、007シリーズも真似してしまい、完全に定着してしまった故意の手ぶれカメラ・ワークが使われてはいるものの、2番煎じ感は拭えない。

とはいえ、ボーンのあのシーンは映画史に残る傑作であり、その後のスパイ映画の歴史を変えてしまったほどの作品でもあり、比較対象があまりにもハイレベルすぎて酷かもしれない。上述したように手持ちカメラなどはその典型例だ。
 「ミッション・インポッシブル」シリーズや「007」シリーズと比べれば、それぞれの要素は決して見劣りするものではない。

 そしてこの作品が他のスパイ映画と一線を隔しているのはズバリ成長するスパイ!冒頭の大学生時代の描写では頼りなさそうに見えるジャックだが、CIAに入り、作戦を重ねるにつれてドンドン逞しくなっていく姿はスパイ映画としては新鮮。イーサン・ハントにしろ、ジェームス・ボンドにしろ、ジェイソン・ボーンにしろ、彼らは第1作目からスーパーマンで、ミッションに対して怯える描写などなかったが、このジャック・ライアンはそれがある。
 モスクワのホテルのバス・ルームで自分の身を守るために殺人を犯してしまったジャックが直後にCIAに電話をするシーンはその象徴的な描写で、パニックになりながら「初めてだから・・・教えてくれよ!」なんて台詞は今までのスパイ映画にはなかった。どんな優秀なスパイにも新人時代があるという当たり前の事実が非常にわかりやすく描かれている。
 こうしたジャックが戸惑いながらもCIA捜査官として着実に成長していく姿を描くことによって、主人公に緊張感を持たせると同時に観客にも緊張感を持たせつつ、物語に引き込んでいく。
 ちなみに初めての殺人直後、ホテルが元通りになっているあたりはさすがCIA!でもどうやって直したんだ!?とか無粋な突っ込みはしてはいけない・・・。

そしてソ連崩壊によって米露の冷戦を背景にしたスパイ映画がなくなって久しいが、この作品は経済戦争という新しい冷戦をテーマにしたことで大国同士の暗闘を描くことに成功した。そしてアメリカのシェール革命により、パイプラインによるエネルギー問題で苦境に陥ったロシアという、現実世界にも微妙にリンクしている。数年前に脚本を書いているにも関わらず、年に数本、世界情勢にマッチした映画が公開されるのはさすがハリウッド。しかもアメリカの公開日が2014年1月と、ロシアで開催されるソチ・オリンピックに合わせたように公開しているあたりの背景を考えるとさらに面白い。

 そしてハリウッドらしいと言えば、他にもたくさん要素がある。
 例えば、モスクワのホテルに突然押しかけた恋人と口論するジャックに上司であるハーパーが「これは夫婦間問題ではなく、国際問題だ!」と投げ捨てるように吐く台詞はいかにもハリウッド映画らしい。
 そしてその恋人を演じたキーラ・ナイトレイもか弱いヒロインではなく、共に戦うヒロインとして描かれているのもいかにもハリウッド!(さすがにCIAという組織の特性を考えると、捜査についてきたり、それを認める上司の設定は現実離れし過ぎているが・・・)
 また敵のアジトを暴いていく過程で携帯電話の通話記録やFacebookの更新履歴だけでなく、Instagramなんて最新のSNSの名前が出てくるのも日本の5年先を行くと言われるアメリカならでは。日本ではまだまだ無名のInstagramがハリウッド映画の会話の中に普通に登場するのはそれだけ市民権を得ている証拠だと言える。

映画のオープニングで9/11を描き、愛国心からアメリカ軍⇒CIAへとキャリアを築くジャック。アメリカ軍時代に撃墜された状況下でも、戦友の救助をするシーン。このあたり、サラッと描かれているが、アメリカ軍での経験がホテルのバス・ルームで彼を救い、モスクワに乗り込み母国を救うという彼の決意につながっている。そして恋人との出会いも描かれており、短い時間でしかっりと伏線を張っている。このあたりの脚本は本当に見事。
 それより何より9/11がもう10年以上昔のこととして映画に登場するほど時間が経ったということを改めて認識させられたことに驚いたりもした。

 欠点を挙げるとすれば、細かい部分で突っ込みどころがある点。
 例えば映画の半券を恋人に見つけられてしまうジャック。CIA捜査官がそんなミスをするのだろうか?まぁ、そこは新人捜査官ってことで愛嬌で許したとしても、恋人が口に電球を突っ込まれている状態で走行中の車を力技で強引に停めてしまうシーンはもうちょっと考えて欲しかった。

 また敵のボスについても突っ込みどころがある。
 まず女好きという設定は良いとしても、それがジャックの恋人というのが、あまりに安易。CIAなら敵ボスの好みの女性を調べて、その好みに最適な女性を派遣するはず。
 そしてCIAに2度も財布を掏られるという悪役としては情けない設定。1回目は仕方ないとしても2回目は気づくでしょ、その後の展開を面白くするためにも・・・。

そして最大の欠点がスパイ映画として王道であり、スパイ映画ヒットの方程式をきちんとなぞっている=新鮮味がない、という点。これは新しい!という要素が"成長するスパイ"という点以外にはあまりなく、ボーン・シリーズがその後のスパイ映画を変えたほどのインパクトは正直ない。とはいえ、まだボーン・シリーズも最初の1本目だけでは、歴史に名を残すような作品にはなりえなかったので、今後の続編に期待したい。