夫婦と言えば、一般的には男と女の物語だろうと思うの
が普通だろう。ところが、この物語は男女の細やかな情感
を謳い上げるものではない。二人の心の動きは、もっぱら
自分個人のエゴイズムに絡んでいる。
だから厳密に言えば、ここで描かれるのは、人間と人間
の物語なのかもしれない。ただ、二人が三十数年に亘って
結婚生活を送ったことは事実である。お互いに想いの違い
があるのは、人間社会の哀しい習癖だ。
結婚と言えば、何でもありの現代においても、ほとんどの
場合、男女が家庭生活を営む出発点だと考えられている。
そこで便宜上、主人公たちを夫婦としておかねば、読み手
だけでなく、書き手も戸惑ってしまうことになるのだ。
それで、一応この物語の主人公として、一人の男と一人
の女を描くことにする。男を先にするのは、「夫婦」や「男女」
という熟語と同じように、古くから続く男尊女卑の時代背景
を、反映させようと思うからだ。
それは、この物語の舞台が、二十世初頭から始まることと
無関係ではない。当時は女性の参政権もなく、社会の仕組
そのものが、男尊女卑を前提としていた。
誤解されないように言っておかなければならないのだが、
私自身は男尊女卑の思いを毫も持っていない。そのことは、
この物語を読み進めさえすれば、容易にわかることなので、
ここではこれ以上の弁明を控えることとする。
さて、物語を始めるに当たり、主人公となる夫婦それぞれ
の生い立ちから語らなければなるまい。そのことが、二人の
結婚に至る必然性を物語り、また、別れることになる要因を
示唆してくれるからだ。