ようやく、新しい生活スタイルにも慣れてきました。ただ、

新しい通勤(?)経路に、桜の銘木を未だ見つけることが

できずにいます。私は、桜の花を観ないと、桜の木を見分

けることさえできない、まったく無粋な人間なのです。


 考えてみれば、私はこれまで何度も転居してきました。

京都市内の下町にあった母の実家で生まれ、その近くの

借家で幼少期を過ごしたのです。

 小学一年生の秋には京都市郊外に移りました。そして、

高校一年の時に、その近くに転居することになったのです。

そこまでは、すべて両親の都合であり、私は付属品のよう

に付いて回っていただけでした。

 就職してから二年目に東京へ転勤しました。その時は、

まだ独身でしたから、大岡山にあった寮に入れてもらいま

した。それから結婚をして、恵比寿の社宅で暮らすように

なったのです。

 関西に戻ってからも、今度のマンションで三つ目の住居

になります。また、その間に、東京に二年、香川に2か月

の単身赴任がありました。


 よくよく私は、「居」が定まらない定めの下に生まれてき

ような気がします。生涯を、一つの棲家で住まうことの

できる人も少なくないのに、私の放浪癖は、棲家に安住

することを許さないのかもしれません。


 その、いかにも漠然とした不安感を補おうとして、私の、

とんでもない狂気が目覚めます。誇大妄想が膨れ上がり、

妖しげな白昼夢が浮かび上がるのです。それは、まことに

妙な憂慮です。

 それは、私が去った懐かしい家々が、ほとんど解体され

てしまっていることへの想いです。私が棲んでいたという

痕跡が、もう、私の想い出だけになってしまいました。

 つまり、万一、私が大成できた暁に記念すべき館がない

のです。それだけのことを、まるでベートーヴェンハウス

消えてしまったかのように、ただただ、私は哀しんでいるの

です。