「きゅあぅん」
子猫の弱々しい声が聞こえました。私は本当に驚きました。
背中の妙な感触に、血の気が引いてしまったのです。三匹
とも私の正面にいたはずなのです。どうして私の背中にもぐり
こんでしまったのか、それは今でもわかりません。
哀れな子猫は、もう、動こうともしません。辛うじて、お腹を
動かしているので、呼吸をしていることだけはわかりました。
「どうしたの?」
母が様子を見に来ました。そして、瀕死の子猫を箱の中に
入れてくれました。私は、ただ心配そうに覗き込むだけです。
近くに獣医もなく、私たちは見守るしかありませんでした。
親のチロも、子猫を舐めてやるだけです。子猫を傷つけた
私には、恨めしい表情も見せません。ただ、運命を受け容れ
ている様子でした。
「この子に生命力があれば元に戻るわよ。」
慰めにもならない母の言葉に、私は子猫の生命力を祈る
しかありません。それからは、私の修行僧のような生活が
始まったのです。もっとも、それは心の中だけのことで、滝
に打たれたり、断食をしたわけではありません。
夜寝る時も、学校への道すがらも、私はひたすら子猫が
快癒するように祈り続けました。その甲斐あって、子猫は
見事に復活したのです。
これが、私が真剣に祈り続けた原体験です。特定の宗教
に頼るのではありませんでした。もちろん、神様か仏様かの
区別もありません。
それでも、この時の私ほど真剣な信者はいなかったと思い
ます。何とか、子猫が元気になってほしいと念じ続けました。
それなのに、私は無宗教の人間に育ってしまったのです。
裏切り者のユダでしょう。ですから私は、縋るように宗教を
信じる人の、気持ちだけは理解できるつもりなのです。
了